三好長慶の挙兵
政略結婚によって、織田信秀は斎藤道三と盟約を結んだ。これで、今川義元との抗争中に美濃軍に背後を衝かれる心配は無い。
だが、信秀にはもう一つの懸念があった。天下の執権の
――武家秩序を乱す斎藤道三を協力して討ち果たし、美濃守護の
という約束のもと同盟関係を築いていた。それが、織田側の一方的な都合で、その約束を破るかたちになってしまったのである。この報を聞き、定頼は激怒しているかも知れない。
(俺の志は、室町将軍を助けて天下に
そう考えた信秀は、信長と
氏兼は、前にも説明したが、近江六角氏の流れをくむ武士である。六角織田同盟が成立した場にも立ち会っていた。仮に定頼が信秀に対して怒っていたとしても、感情に任せて同族の氏兼を斬り捨てることはないだろうと踏んだのである。
ところが――氏兼を接見した定頼の態度は、信秀が予想していたよりもずいぶんと淡白なものだった。
「まあ、こうなるであろうことは、おおかた分かっていた。信秀殿も、主家である織田
信秀の書状を読み終えると、定頼は氏兼に柔和な眼差しを向け、そう言った。どうやら怒ってはいないらしい。氏兼は内心ホッとしながら「ハハッ」と頭を下げた。
伊賀・甲賀の忍びを多数召し抱えている六角家の諜報能力は、群雄たちの中でもずば抜けている。信秀がこうやってわざわざ報告するまでもなく、織田家が斎藤家と同盟の交渉を密かに行っていたことぐらい承知していたのだろう。特に驚くふうもなく、定頼は「良き判断なり」と静かにもう一度呟いた。
「六角様のお言葉を伝えれば、我が主・信秀も胸を撫で下ろすことでしょう。されど、織田家は道三の悪行をけっして許したわけではございませぬ。尾張国内の内紛を収め、今川軍の西進を退けた後には、必ずや道三を討つと信秀は申しておりまする。
「うむ。そのことは重々承知じゃ。信秀殿の
「と言いますと?」
氏兼がそうたずねると、定頼は眉間に皺をよせ、物憂そうにため息をついた。
「あれじゃよ、あれ。尻
「は? 尻拭い……でござるか?」
「娘婿である
「三好長慶の挙兵は、尾張にも風聞として伝わっていましたが、いよいよ
「昨年、ようやく畿内の乱が鎮まって将軍父子が京に帰還されたばかりだというのに、一年足らずでこのざまよ。晴元殿が使者を寄越して『助けてくれ』と泣きついてきたゆえ、息子の
「では、将軍父子が再び都落ちなされる可能性も――」
氏兼がそう言いかけたところで、定頼はつと立ち上がった。
裸足のまま城館の庭に下り、西のかた沈みゆく夕陽を険しい表情で睨む。
その視線のはるか先――
「まだまだ世は乱れる。平安楽土の夢は遠いのぉ……」
* * *
天下の
だが、その前に、近年の歴史研究で「信長に先んじた天下人」として評価されつつある三好長慶の前半生について語っておきたい。
長慶はなぜ主君の細川晴元に背いたのか――。この主従の因縁については、物語内で何度か触れてきた。
長慶の亡父・三好
しかし、同族である三好
「そんなにもこの俺が憎いのならば、自ら手を下せばよいものを。一向一揆ごときに俺の不意を襲わせるとは、何たる卑怯。何たる臆病。仕える主を誤ったわッ!」
かくして長慶とその一門は没落した。彼らはこのまま歴史の闇に消えていくかに思われた。
ところが、どういう運命の悪戯か、父の死からわずか一年後に長慶は奇跡の返り咲きを果たすことになる。
晴元は本願寺教団を使って家来の元長を粛清したが、一向一揆の大軍勢は法主の本願寺
――元服前の子供が和平交渉をやってのけるとは。三好元長の遺児はただ者ではないようだ。我が教団の生き残りのためにも、過去の因縁を捨てて、彼とは今のうちに
長慶に大器の片鱗を見た本願寺証如は、以降、三好家と友好関係を結んでいくことになる。
父の仇である晴元も、次々と将才を発揮していく長慶を認めざるを得なかったようだ。その後も
先年に将軍家と細川晴元が対立した際にも、長慶は晴元方として活躍し、
この戦いに長慶が勝利したおかげで、将軍家側は戦意を失い、晴元との和睦に応じるべきであるという六角定頼の言葉に
だが、晴元には、せっかく訪れた平和を数年保つだけの器量すら無かった。和睦成立直後に、将軍方だった
讒言したのは、またもや三好政長である。政長は娘婿の信正を死なせ、池田家の家財を横領したのである。
「
政長の悪事を知った長慶は、主君晴元にすかさず進言した。
三好政長は同族であっても、父・元長を陥れた張本人。そして、天下の平穏を乱した悪臣である。父の無念を晴らし、天下静謐を実現するためにも、彼を討たねばならない。そう考え、政長を粛清するように主張したのだ。
さすがの暗君晴元も、先の戦の功労者である自分の諫言を無視することはできないだろう。長慶はそう思っていたのだが――。
「馬鹿なことを申すな。宗三(政長の法号)を殺すなどあり得ぬ。そなたは、まだ父を殺されたことを根に持っているのか。つまらぬ過去はさっさと忘れろ」
と、晴元はすげなく長慶の
この小心者の管領は、天下に武名を
(晴元、愚鈍なり。このありさまでは、私もいつか父のように主君に殺される)
粛清されるのををじっと待つぐらいなら、戦うべきだ。そう決意した長慶は、昨年の天文十七年(一五四八)に挙兵した。「主君を惑わす三好政長を成敗する」という大義名分のもと、政長との戦を開始したのだ。
「長慶が兵を挙げただと? 父子二代に渡って儂に盾突くつもりか!」
長慶挙兵の報を聞いても、晴元は目を覚まそうとしない。三好家の内紛を仲裁するべきところを、あろうことか政長の肩を持ち、彼に援軍を送ってしまった。
晴元が政長を応援する態度を明確にしたのだから、長慶側も
五月に晴元軍の部隊が
「決戦の時は来たれり。父を討たれて十七年目にして、ようやく我が家の汚名を雪ぐことができる」
仇討ちの成就を目前に控えた長慶は、堺のある若い茶人の屋敷を密かに訪ねていた。
その茶人というのが、
<連載再開のあいさつ>
お待たせしました! 『天の道を翔る』連載再開です!
(みんな……待っててくれたよね……?)
夏に予告した通り、「三好松永登場編」をしばらく描いていきたいと思います。
後に信長は上洛して三好三人衆と戦うことになるのですが、そもそも三好家とはどんな勢力だったのか? 戦国ドラマではほとんど描かれず、ようやく『麒麟がくる』で少し光が当てられた三好長慶とその一族をなるべく個性モリモリで描写していきたいと思います。もちろん松永久秀は超重要人物なので、要チェックです!!
今後の連載ペースですが、またもや三国志の小説を書き始めることになったため、申し訳ありませんがしばらくは「毎週日曜日の夜8時に1エピソードを投稿」とさせてください……(^_^;)
どうかこれからも応援よろしくお願いいたします!!m(__)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます