鉄砲問答・前編
「なるほど。私が不在の間に、そんなことがあったのか……」
妹の
三郎と名乗る少年とその母親は、多賀大社参りのために尾張国からやって来たという。しかし、この近くの街道で盗賊に襲われてしまい、従者の一人が負傷して身動きが取れなくなってしまった。そのため、
「多賀参りが無事済んだ後、義賢様が『領内の者が貴殿たちに危害を加えたお詫びにこれを進ぜよう』とこの鉄砲を三郎様に贈ってくださったそうです。それで、従者の方をお世話していた礼に、珍しい南蛮鉄砲の試し撃ちを私と母上に見せてくださることになって……」
「ほほう。では、あの雷鳴のごとき音は鉄砲だったのだな」
単純な性格の
(ちょっとおかしな話だな)
と、思っていた。
近江守護・六角
彦太郎は、父の
(かなりの人数の従者たちに
彦太郎は、三郎――つまり信長――の一行が武士にしてはずいぶんと華美な服装をしているため、そんなふうに想像した。熱田と津島の両港を支配しているあの織田信秀の嫡男だとまでは、さすがに考えついていない。
「彦太郎よ。国友村に行っていたそうだな。鉄砲を見ることはできたか?」
三郎が親しげに彦太郎に話しかけてきた。甲高く、かなり遠くまで響きそうな力強い声である。
(……商人の子にしてはやたらと殿様口調だな。私の勘は外れたか? いったい何者だ?)
彦太郎はあれこれ考えつつ、「いえ、残念ながら……」と三郎に答えた。
三郎は、彦太郎が若干警戒していることを知ってか知らずか、「デアルカ」と言って彦太郎の頭をポンポンと撫でる。
三郎――信長には、好意を持った人間に対してはとことん優しくなる傾向が強く、人に惚れっぽい。彦太郎のことを「鉄砲好きで面白そうな奴」と気に入り、会う前から好感を抱いていたのであった。
そんなことを知らない彦太郎は、(この人は、初対面の私になんでこんなにも親しげなのだ?)と少し戸惑っている。
「尾張に帰る前に、そなたと会ってみたいと思っていたのだ。実物も見ずに、噂話を聞きかじっただけで南蛮鉄砲の見事な絵図を描くとは、まことに天晴れじゃ。鉄砲を撃つところを見せてやるから、しっかりとその目に焼き付けるがいい」
「鉄砲を撃つところを見せてくださるのは嬉しいですが……。もう二発も撃っているのに、よろしいのですか? 火薬は非常に高価で貴重なものだと聞きましたが」
「無くなったら、また買えばよいではないか」
三郎はニヤリと笑うと、「藤吉郎、
まず
次に
次の瞬間、火挟に付けていた火縄がバネ仕掛けで火皿に落ち、口薬に引火。薬室内に込められていた胴薬にも引火し、薬室内で爆発が起きた。
ズダァーーーーーーン‼
天を裂き、地を割らんばかりの凄まじい音に、彦太郎の全身はビリビリと震える。
銃口から吐き出された弾丸は、
「おお! すごい! すごいぞ!」
「これが南蛮の鉄砲かぁ! 凄まじい威力ではないか! なあ、彦太郎⁉」
「え……ええ……」
彦太郎は興奮しつつも、目まぐるしく頭を働かせていた。
三郎が行った鉄砲の実演を見て、この新兵器の長所や短所を大急ぎで分析していたのだ。
「ふぅ……。今日初めて撃ったが、今のところ全て命中しているな」
「なんと! あの見事な腕前で、鉄砲を撃つのは初めてですと⁉ それはすごい! この多賀新左衛門、感服いたしました!」
「それほどたいしたことではない。火薬を用いた兵器の扱いは、明国式の鉄放で慣れていたのだ。明の鉄放よりも使い勝手が良いゆえ、上手く撃てたのだろう」
三郎は、射撃の腕を特に誇ることなく淡々とそう言うと、
「……どうだ、彦太郎。鉄砲はそなたが思っていたような良き武器であったか」
三郎は微笑を浮かべ、手に持っていた鉄砲をぐいっと彦太郎の胸に押しつけた。触ってよいぞ、ということらしい。
これが南蛮渡来の鉄砲――と彦太郎は内心感激したが、喜んでいる場合ではない。貴重な異国の武器の試し撃ちを見せてくれた三郎に「この兵器の価値やいかに」と問われているのだから、即答せねば失礼である。
彦太郎は、鉄砲を愛おしそうにひと撫でふた撫でした後、横で触りたそうにそわそわしていた新左衛門と六左衛門に鉄砲を預け、三郎の前で片膝をついた。どう考えてもこの人は商家の
「試し撃ちを一度見ただけなので、この兵器について全て理解したわけではありませぬが……。今のところ、鉄砲の運用には利点と欠点がそれぞれ三つずつあると私は愚考します」
いつもの癖で、彦太郎は右手の人差し指を天に掲げて語り出した。
「撃ち方の手順さえ覚えれば、武芸の心得無き足軽たちでもすぐに使えるようになる。利点これひとーつ。
命中すれば恐るべき破壊力を発揮し、一騎当千の勇将ですらも一瞬で討ち取ることができる。利点これひとーつ。
たとえ当たらなくても、あの凄まじい発砲音。鉄砲の
(変わった話し方をする奴だなぁ……)
三郎はちょっと面食らったが、言っている内容は
三郎のそばに
「次に、欠点です。
手順が多いため、発射までに時間がかかりすぎる。一発撃って次の玉の準備をするまでに三十数えるほどの時を要していたら、敵兵の矢がビュンビュンと飛んで来ます。欠点これひとーつ。
火薬の材料の
火薬の扱いには、もう一つ困ったことがあります。雨が降れば火がつきません。つまり、鉄砲は雨の日は無能。欠点これひとーつ」
「デアルカ……」
三郎は感心したように頷き、「そなたは鋭い観察眼を持っておる。将来、良き武将になりそうじゃ」と彦太郎を褒めた。
「だが、その三つの欠点とやらは、俺にはあまり大きな問題には思えぬがな」
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