第25話 In the night -library-
「へぇ、彼はきみのお弟子さんなのか」
赤毛の男は、背の低い本棚の上を椅子のように使っている、美麗に美麗を重ねても足りない、恐怖さえ覚えるような神々しさの男性に身振りで伝える。
美麗な男性は、彼の神々しさに拍車をかける白銀の髪を揺らし、紅玉の瞳を細めてひとつ頷いた――ミシェル=アンダーグラウンドと同じ、銀髪と、紅い瞳で。
再び、赤毛の男は身振りする。どうやら、声を出していてもはっきりと伝えられるほどの大きさを持っていないようだ。
だが、銀髪の男性はまるで赤毛の男の声がよくよく聞こえているかのように言葉を返す。
「彼なら、今日ここへ来ていたよ。会おうかな、と思ったんだけれどね。気紛れが勝ってしまって、引き離してしまった」
赤毛の男は肩を落とす。
「おいおい、そんなにがっかりしないでくれよ。わたしは今から、彼にたくさん関らないといけないんだよ。それも、きみのために」
それでも、と反抗するように赤毛の男は身振りする。
「ふふふ、きみはあの子が本当に可愛いんだね。いいことじゃないか」
そう銀髪の男性はにっこりと笑い、赤毛の男も嬉しそうに笑った。
ここは、深夜の図書館の中――利用者のいない、暗く、広く、虚ろな帝都図書館の中だ。
二人はその中で、あたかもひだまりの中で談笑をするような楽し気な雰囲気で、身振りと言葉を交わしている。
その他の暗闇はしんと静まり返り、日が昇っている最中に人が行きかっていたとは思えないほどだ。
もとより音を吸収しやすい内壁と、音を通さない外壁とで、物音というものにあまり縁のない建物ではあるのだが、それを加味しても静かだ。
まるで――この世界に、たった二人しかいなくなったみたいに。
外からの音もまるで聞こえない。暗闇の中に、たったひとつ。銀髪の男性の無邪気で楽しそうな笑い声だけが響く。
「それでか、きみがこんなところにいる理由」
赤毛の男は頷く。
「きみは待っていたんだ。この場所で。ここで会えることを知っていたから、待っていた」
もうひとつ、赤毛の男は頷く。しかし、直後に少し悲しそうな顔をした。
「会えなかったのかい?」
首を振り、少し身振りをする赤毛の男。否定と、付け加えがあるらしい。
「そうか……ふむ、やっぱり、彼と僕はつながりがあるのに、ないんだねえ。面白いや」
大きくため息をついて、銀髪の男性は傍らに置いてあった小型の竪琴の弦を弾いた。
張り詰めた弦が透き通った音を立てる。でたらめに鳴らしたように見えたのに、実際は非常に燦然とした和音を奏でた。
「いいだろう」
銀髪の男性は、赤毛の男に向き直り、宣言する。
「必ず彼とわたしの縁を繋いで、きみの
その言葉に、赤毛の男はにわかに顔を明るくした。
「でもね」
今にもはしゃぎだしそうな赤毛の男を制し、銀髪の男性は言う。
「彼は、自分で――あるいは、自分や他の誰かと一緒に〈自分の役目〉に気が付かないといけない」
じぶんの、やくめ。
赤毛の男は、口の中で繰り返した。
「あの子はね、まだ自分の力だけで立てるほどの力を持っていない。あの子はまだ君に甘えているんだ。だから、自分とは何なのか、何が自分なのか、まず理解しないといけないんだ」
赤毛の男は、ゆっくりと、噛み締めるように頷いた。
「うん。わかってくれたみたいで嬉しいよ。それじゃあ……今日は、ここまでだ」
燦――
街の頭を、太陽が薄く超える。
途端に街に光りが差し、虚ろな図書館にも明かりが入ってきた。
「ばいばい、またね」
そう、銀髪の男性は言って、手を振った。
*****
「あれ、おいおい、司書さんやぁ」
老齢の男性が、眼鏡をかけた女性司書に声をかける。
「はい、何か」
「あの竪琴! ちゃんと角度、直しておかなくちゃあ。せっかくの聖遺物なんだからねえ」
「ああ、すみません。何かあったのかしら? またずれるなんて……」
「はっはっは、〈レーグルの主〉でも現れたんじゃないかあ」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか」
老齢の男性と女性司書は笑い合う。
そこに、誰がいたともしれずに。
【図書館――fin.】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます