第9話

 上には上がいるってことだよな。高嶋は暮太に向けて言った。俺は一瞬意味がわからなかったけれど、暮太が申し訳なさそうに俺をちらりと見た時に理解した。暮太は、俺の存在によって挫折を味わっているんだ。俺が言うのも何だけど、すごく可愛そうだと思った。

「その高校には、それはもうすげえ話を書く作家志望がついてたんだよ。挫折も挫折の大挫折よ。演劇部に殴り込んで、話書かせてくれって言ったらそのままそいつが書いた劇見せられたよ。」

高嶋は何故か、大切な思い出を語るような口調でそう言った。

「泣いたわ。その作家志望が作った劇で、泣かされた。それでも作家の夢は諦められなくて一年もがいたけど、俺の書いた話が使われることは一回もなかったよ。」

苦虫を潰したまま笑ったような、そんな笑顔で高嶋は話し終えた。

「その、作家志望さんは今何をしてるの?」

暮太は、単純な興味からかそう聞いた。正直俺もその作家志望がどんなやつかは気になった。一年弱高嶋とつるんできたが、こいつが泣いている顔なんて想像もできない。

「今俺は話書くどころか本も読んでない。挫折の大元の今なんて、知らないし知りたくもねえわ。」

同じく挫折を味わった存在。それでも、俺を探し出して見当違いの怒りをぶつける暮太と挫折の大元どころか物語の世界から身を離した高嶋の間には、大きな差があるように感じた。この差から、暮太がエライとか高嶋は情けないとかは俺にはわからない。

「まあ、そうだよなあ。」

「竜也になにがわかんだよ。なあ?暮太さん。」

「ほんとですよ。」

「お前ら挫折者どうし仲間意識持ってんじゃねえぞ?」


 高嶋は、脚本としてなら暮太の劇団に入ってもいいと言った。以前、話は書けないと言っていた暮太は二つ返事でその申し出をOKしてしまった。俺は、逃げ場を失った形で暮太の劇団に入ることになってしまった。

「よし!この劇団の初期メンバーはこの三人だね!」

ん?初期メンバー?

「もしかして、劇団ってこれから作るの?」

「そうだよ!名前、何にしよっか!」

うきうきした暮太は劇団の名前を考えている様子で、うーん。とうなりながら顎に手を当てた。

「劇団主宰は馬鹿ですでいいんじゃねーの?」

高嶋は茶化したように笑う。

「それいいね!」

暮太は予想以上に馬鹿だった。俺は頭を抱えてしまった。その姿を見た暮太は、

「天乃くん、そんなに考え込まなくても…。」

と、見当違いの心配をしてくれた。

「ありがとう。」

俺は、もう何もかもの気力をなくしてそう答えた。

「じゃあ、また明日ここに集まろうよ。その時までに一人一単語好きなの持ってきて。それを組み合わせて劇団の名前にしよう!きょうは解散!私電車あるし!」

暮太は一方的にそう告げると、カフェの伝票を持ってレジにずんずん進んでいった。

「あ、あと。私の呼び方、『ナツ』でいいからね!」

とても大切なことを思い出したというように手を打った暮太は、こちらにくるりと振り返ってそう言った。大きな瞳に映る冬の空が、妙に暑かった。


 「これは、負け犬三人の復讐の物語なのだ。」

ずいぶん本も何も読んでなかったからか、俺に才能がないのかはわからねえけど、ありきたりなことしか言えないな。と高嶋は言う。俺は、早くもこの劇団の今後を危ぶんだ。

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