第8話
「そうだよ。おばあちゃんが、褒めてるんだよ。天乃くんにしっかり実力あるってことじゃん。」
「ありがとう暮太さん。でもまあ、そんなことで俺は主人公の一郎役になったってわけだ。」
暮太には申し訳ないが、俺は自分に演技の才能があるなんて思っていない。でも、今俺の目の前で泣きそうになっている暮太を可哀想だと思う。どうにかしてやりたいと思う。
「で、俺が自販機で飲み物買ってる間に二人は何の話してたんだよ。」
高嶋の目はもう眠たそうではなかった。このタイミングで切り出したということは、ずっと気になっていたらしい。
「暮太さんの怒ってた理由だよ。」
俺は、喫煙所で話していたことを高嶋に伝えた。
「へー。それで一郎の演技が見たいって言ってたのね。」
高嶋は頷いて、それから少し考え込んだ。なにか嫌な予感がする。
「じゃあさ、竜也が暮太さんの劇団に入ってあげたら?」
ほら、やっぱり。最悪だ。俺には演技なんてできない。否定しようと椅子に座り直すと、
「本当に?嬉しい!」
暮太は目をきらきらさせて俺の顔を覗き込んだ。高嶋の野郎め、
「じゃあ、雅が劇団のメンバーになるんだったらいいよ。」
目立つのが大嫌いな高嶋のことだ。こう言えば前言を撤回するだろうという確信があった。
「いいよ。やってやるよ、劇団。竜也の演技が見れるんならな。」
予想を大きくハズレた高嶋の返事に、俺は口をあんぐり開けて何も言えない。横目で暮太の方を見ると、暮太も同じように口を開けていたので不意すぎて笑ってしまた。でも、俺と暮太の違いは目の色にあったと思う。暮太の目は、変わらず嬉しそうにきらきら輝いていた。
「そんなに目を輝かせたって、俺には演技なんてできないぞ。」
きらきらした暮太に高嶋が言った。
「え?だって高校で演劇部だったんでしょ?一年間とはいえさ。」
「その一年間だって、俺は一度だって演技したことはないよ。」
え?俺と暮太はわざとらしいほどに驚いている。高嶋は、お前らなんだかんだ気が合うんじゃないの?と笑った後、それでも話始めない俺たちに押され仕方なさげに語りだした。
それは、中学二年生の高嶋のお話だった。YOUTUBER兼劇団のチャンネルに出会う。そのチャンネルの作るドラマに見入った。しかし、彼を震わせたのは暮太のように『演技』ではなかった。彼を動かしたのは、その物語だった。散りばめられた伏線は、最後に回収されて笑顔も涙もあふれるようなエンディングが訪れる。高嶋は、いつの間にか涙を流して画面に何が写っているかさえわからなくなった。
それから、チャンネルに載っているドラマを一日のうちにすべて見尽くした高嶋は、決意した。
「俺は、作家になるんだ。作家になって、いつか誰かを泣かすんだ。」
それからの高嶋の努力は凄まじかった。演劇部のある高校が近場では超のつく進学校しかないと知ると、そこに入学すると言って誰の話も聞かず毎日勉強に勤しんだ。その勢いといったらものすごく、勉強のやりすぎで親どころか担任にまで心配されたのだという。
見事志望校に受かった高嶋は、すぐさま演劇部に入部した。しかし、そこで高嶋は挫折を味わうことになる。
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