第15話【僕はコミュ障だから……】

 生徒会室。


「よしっ、さっそく申請書類作っちゃおう」そう言って生徒会長自ら申請用紙を取るため立ち上がっていた。そして書類棚から用紙を一枚引き抜くと「まず部長から書いて」と口にした。


「尾久先輩、一年のわたしが部長で本当に構わないんですか?」にっこーちゃんが件の用紙を受け取りながら確認するように訊いた。確かに生徒会長は〝それでいい〟とは言ったがこの人については確認などとっていない。


「あなたはわたしが部長をしたがっているように見えるんですか?」と副会長。

「なんとなく見えませんけど」

「〝なんとなく〟はまったく余計です。それから——」副会長は眉根を寄せる。「先輩とは言わないでくれます?」

「でも同じ部活の先輩になるんですよね?」

「〝先輩〟についてはハッキリ遠慮いたします」

「じゃあ……さん付けで、『おくさん』かな?」

「『おくさん』はやめてもらえます? 『いおりさん』でお願いできますか」と副会長は極めて真顔で言った。

「はぁ……分かりました」さすがのにっこーちゃんもそう言うしかなかった。この〝部活〟に入りたいのか入りたくないのか……



 全ての上級生の了解を取り付けたということでまずにっこーちゃんが自分の名前を書いた。

 そしてにっこーちゃんはよりにもよって用紙を僕に手渡した。

 上級生を差し置いて僕が二番目でいいんだろうか……


「お先にどうぞ」と言って僕は生徒会長に用紙を手渡してしまった。特に何かを言うでもなく生徒会長は用紙を受け取り自分の名を書く。


 生徒会長は次に副会長……いや、惟織さんっていうのか、に用紙を手渡した。惟織さんも特段何かを言うでもなく自分の名前を書いた。


 一番最後に僕が惟織さんから用紙を受け取った。それに自分の名を書く。



  鐵道写真部 部長 宮原 日光

        部員 早岐 貴弥

           尾久 惟織

           品川 富士彦



 僕の名前が一番最後になってしまったのはまあご愛敬だ。ただの平部員で学年も一年だし、しょうがない。


 ともあれ、これであと一人なんだよな。まあこうしてもう自分の名前を書いてしまったわけだし一番最後の名前は〝五人目の入部希望者〟ということにになるだろう。もし最後の一人が見つかれば、の話しだが……



「新入生オリエンテーションはとっくに終わってますよ。あとの一人はどうするんです?」尾久さん……じゃなかった、惟織さんが言った。

「ポスターでも作って掲示板に貼っときゃいいだろ。なあ宮原部長」生徒会長が提案する。

「みやはらぶちょう?」とにっこーちゃんがおうむ返しする。

「だって部長のところに名前を書いたろう?」と生徒会長が訊く。

「あっ。そうでした。そうでした」とにっこーちゃんは思い出したように言った。


「ちなみに僕のことだが——」と生徒会長が口を開き、「早岐会長と呼んでくれ」と言った。

 そっちが『部長』ならこっちは『会長』ですか……。やっぱり一年に仕切られたくないんだろうか。まぁ上級生だし『早岐会長』と呼ぶことにしよう。


「それは『部長』より偉いんですか? 社長の上が会長的な」

 うわっ。にっこーちゃんがとんでもないこと言ってる!

 ハハハハハハハハッ、と生徒会長、いや早岐会長が不自然に朗らかに笑っていた。

「僕の言う『会長』はあくまで生徒会の会長だ。鐵道写真部においては部長が一番偉い!」

 早岐会長のその言を受けにっこーちゃんが続けざま言った。

「人数五人は努力目標ということにしておいていまは四人で部を発足させて欲しいんですっ!」

 間髪入れず「ダメです」との声。それは副会長の惟織さんだった。

「えー」とにっこーちゃんは言ったが、「ダメなものはダメです」とにべもないお返事。



 ————ともあれ部員がなんと四人まで集まってしまった。本来ならここは喜ぶべきところだ。しかし僕はどこか一歩引いていた。


 というのもこの展開はただの偶然。奇跡に過ぎない。生徒会長の『鐵道写真部』に対する〝異様な押し〟のたまもので、僕が何をしたかというと……

 ダメだ。生徒会長、いや、早岐会長のようにはしゃげない。にっこーちゃんの方をチラと見てみる。この展開だ、当然顔には笑みが浮かんでいる。これはいけない。僕の活躍で笑顔になっていてくれたら嬉しいけどそんなんじゃないのは確実だ。いっしょになって喜べないというこの感覚はなんなんだ。


 にっこーちゃんと何か話しをしたい。話しをしなければ、と思った。


 幸いなことに惟織さんはあまりはしゃいではおらず、

「生徒会のお仕事もあるんですからね」と早岐会長に苦言を呈し『鐵道写真部』的にはこの場は解散となった。



 今だ。今日のうちにどうしても話しをしておきたい。あまり役に立てなかったことについて〝謝る〟ってのも少し変だけど、その事を気にしてるってことをにっこーちゃんに伝えたい。



 僕とにっこーちゃんは生徒会室を出た。

「にっこーちゃんっ」

 にっこーちゃんは振り向いた。声をかけておいてなんだけど振り向かれるとなんと言っていいか混乱する。

 えーと、えーと。

「ちょっ、ちょっとだけ今日の反省会をしたいんだ」

 かなりヘンなことを言ったと自覚してしまう。しかしにっこーちゃんは、

「事後ミーティング? いいよ」と口にした。


 二人並んで廊下を歩いていく。

「そう言えば富士彦くんは自転車通学だったよね?」とにっこーちゃん。

「知ってたの?」

「まあ見かけたから」

 そうなんだ……

「にっこーちゃんは?」

「普段は自転車なんだけど〝この写真〟があるからね。徒歩四十分かかっちゃった」

 小脇にあの全紙大のパネル。


 いや、なんでこんな話しをしてる? 話しがズレていくぞ。


「そうだ。踏切近くの〝あの場所〟に行かない?」にっこーちゃんに提案された。〝あの場所〟とは校舎の屋上から列車が見える〝あの場所〟だ。帰る方向としては正反対になってしまうけど断る理由になどもちろんならない。



 遂に僕はにっこーちゃんと並んで下校。校門の外に出た。


 さっきから黙ったまま。押している自転車がとてつもなく重く感じる。このまま歩いていたんじゃ埒が明かない。


「ごめん、今日のこと」


 とてつもなく重いことを言ってしまったと自分で自分が嫌になる。でもろくに活躍もしないで『ドヤ顔』で喜べないのが僕の性分だからしょうがない。


「なんで謝ってるの?」と、にっこーちゃんから返事が戻ってきた。


 なんて言えば上手い返答になるのかが分からない。


「……今日のこと……偶然上手くいっただけだから」そう口から出た。

「あっ、そうか、そうか。反省会って言ってたよね」とにっこーちゃんが言った。

「うん……」


 次の瞬間絶対に聞きたくないことばが耳に刺さった。

「『結果良ければ全て良し』じゃ反省にならないけど、コミュ障なりによく頑張ったと思うよ」


 それはまぎれもなくにっこーちゃんの口から飛び出したことばだった。


 コミュ障……、やっぱりにっこーちゃんは僕をそう見ていたのか……

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