鐵道写真部始めました‼

齋藤 龍彦

第1話【名門写真部】

 四月、とある高校に入学した主人公には絶対入部希望な部活があった。それは写真部。

 通常は入部に当たり特別な技能は必要としない部活動であるが主人公が入学した高校の写真部は〝名門写真部〟だった。

 主人公はオリエンテーションの場でコミュ力の無さを指摘され『ろくな写真が撮れない』と写真部部長に宣告されやんわりと入部を拒否されてしまう。一方でその写真部部長は顔の良い女子にはやけに親切、憮然とするしかない主人公。


 が、主人公と思いを同じくする者がいた。この写真部の部風に違和感を感じ入部を拒否した女子がいたのだ。その女子は考えた。『第二の写真部を造ってしまおう!』と。

 そんな彼女には策があった。そのアイディアは〝鉄道写真〟。主人公達の通う高校の屋上から列車が見えることを利用し『鉄道写真部』という新たな部を作ろうとする。主人公はその計画に誘われ乗ることにする。


 とは言え『鉄道写真』はあくまで表向きの名目、ふたりは撮り鉄などやったこともない。そこで〝らしく見せるため〟から始めることにした。新部活旗揚げのプレゼンテーションのため女子はデモ写真を撮り、主人公は鉄道と鉄道写真について情報収集を担当する。


 関門は『鉄道写真部』を公認のものとするための対生徒会交渉である。

 どれほど苦労するかと思いきやラッキーに次ぐラッキー、部員5人ルールすらもクリアし、あっという間に『鉄道写真部』の体裁が整ってしまう。

 

 しかし、一番最後に入部を決めた女子が問題だった。彼女は既に写真部に入部届を出してしまった後だった。そしてあのオリエンテーションの日のことを覚えていた写真部部長。遺恨の芽は既に存在していた。

 遂にその一人の女子部員の帰属を巡り写真部と鉄道写真部の対立が決定的となり、最終的に鉄道写真で雌雄を決することになった。どちらが撮る写真が上手いか、という勝負である。

 この奇妙な勝負をどうしたら制せるか、主人公とヒロインは協力し勝負に立ち向かっていく——



               (第27回スニーカー大賞 応募用あらすじ)






【以下、本編】


「良い写真を撮るには被写体とコミュニケーションがとれなくちゃね」

「ハァ……」

「キミとちょっと話して解っちゃったんだけど、キミさー、あまりコミュ力ある方じゃないよねー?」

 なんて言い草だ。面と向かってそこまで言うか普通。いま目の前にスッゲー気に食わない人間がいる。当然男だ。ただし上級生だけどな。さらにこの人間は言った。


「君はろくな写真が撮れないね」


 反論できなくなっている、じぶん……


「コミュ力無いと、この部活に入ってもきっついんじゃないかなー」


 男にしてはやけに端正な顔にへらへらと薄笑いを浮かべながら上から目線で追い討ちをかけるように見下ろしてくる。

 だが僕は何一つ言い返せないでいる。コイツに言い返せるなら僕はこんなにも苦労していない。すごく腹立たしいけどコイツの言うことはあまりにも正論になってる。

 被写体が人間ならコミュニケーション能力は必須だ。そして僕はその能力が、認めたくはないけど、やや、やや欠けている……

 僕はうつむき気味になり黙りこくってしまう。


 いま僕は『写真部オリエンテーション』なる催しに参加している。部活動の紹介は『オリエンテーション』でするもんだが、写真部による写真部のためのオリエンテーションである、とわざわざ銘打って開いている。とんだ意識タカイ系だ。

 意識タカイ系——そう思いたくもなる。まぁ僕が入りたくて仕方がない『部』ではあるけれど。

 『写真部』、それは日本全国、どの高校にも割とある部活動のハズだ。そしてそれは平均的に『イケてない部』というのが普通だろう。だがこの普通がこの高校では通じない。


 自然体の高校生を撮るには撮影者も高校生であった方が良く撮れる。これは真理だ。どんなに名声高きプロカメラマンだろうと高校生には戻れない。仲間には入れないのだ。このアドバンテージを最大限生かした写真をここの部員には撮れるウデがある。

 その証明が写真雑誌に何年にも渡り入賞者を輩出し続けているというこの部の実績だ。野球で言うなら甲子園常連校。入部志望者を選別しているのはまず間違いない。『写真部オリエンテーション』は入部のための面接だとも言える。

 これは事実上の入部試験だ。


「ああ、悪いねー、キミ。他のコにも応対しないといけないからね。向いてる部活があるといいね」

 なんだい、『来るな』って言ってるのかい。ことばをオブラートにもくるまずここまで堂々と。こっちはわざわざカメラを持ってきているのに。持って来いと言うから持ってきているのに。

 仮にも入部希望者にそういう扱いをするのか⁉ わなわなと手が震えてくるような、実際には震えてなどいないけど、そういう気分だ。

 明らかにこの僕を放り出し露骨なほどに他のオリエンテーション参加生徒の方へ行きたがっている。


「じゃこれで」と遂に音声でダメを押し僕を残し目の前から立ち去っていく。これでもう帰宅部決定なのか……


 僕にぞんざいな態度をとり続けたその上級生こそはこの名門写真部の部長、写真部長だった。

 そのイケメン写真部長は他の写真部員とひと言ふた言、それも女子と言葉を交わす。みんなでわざわざ僕の方を一瞥しなにやら笑いながら他の入部希望者の方へと行ってしまった。

 なんだよその態度は。

 くそっ、惨めだ。『イケメン』なんて形容詞などつけてたまるか!

 その写真部長が行った先はやっぱり女子のところだった。写真部長が女子の入部希望者に話しかけている。

 僕と話していた時と違ってやけに愛想がよくなったその写真部長の調子の良い喋りがなんとも言えない感情を呼び起こす。女が相手だと態度を百八十度変えやがる。

 なんなんだよこの写真部は。ここはおかしい。女子ばっかじゃないか! 現役の部員も、入部希望者も女子の方が男子より多い。

 これはあの写真部長の好みでそうなってるんじゃないのか。いつから写真部ってのはテニスサークルになったんだよ⁉ このテニサー写真部が!

 僕の視線は自然、写真部長と話しをしているその女子の入部希望者の方へと向いていた。入部希望者だから僕と学年は同じで一年のはずだ。

 髪の長さはさほどではない。肩に届くか届かないといったところか。しかしさらさらと真っ直ぐな髪。カチューシャとピンで耳を全開にしてある。しかし僕の視線は無意識にカメラストラップに、さらにその女子が首からさげている一眼に行ってしまっていた。


 いったいどういうカメラを使っているんだろう?


「確かにこの部の名声は全国レベルだと思いますけど、写真が一方向に偏って写っているのは不自然だと思うんです」


 なんだかよく意味の分からないことをその女子は言っていた。やけにハキハキと意見を言うな、僕と違って。声もよく通る。そのせいで聞き耳を立てなくても会話の中身を知ることができた。


「良く分からないな。偏っているってどういうこと?」その気に食わない写真部長も僕と同じ感想を持ったようだった。しかし写真部長氏は後輩の女子に異議を唱えられたにもかかわらず朗らかなもんだ。

「高校って誰にとってもそんなに楽しいところでしょうか? わたしは違うと思うんです。だけどこの写真部の撮る写真は……上手く言えないけど、キラキラし過ぎているというのか誰も彼もが爽やかそうに写真に収まってる。これは不自然だと思うんです。これが本当の高校生だっていうのもなにか違うっていうか」

「なに、そのリアリズム?」

 写真部長は茶化すように軽ーく言った。その態度に怒ってしまったのかその女子は、

「もういいです」と強い調子で返事をしていた。

「でもさあ、高校の中でいろいろ写真撮りたかったら写真部に所属しないと撮れないんだよね」

 これは殺し文句だった。写真部でもない限り本物のカメラを校内でなど振り回せない。この学校、写真部以外の者はカメラの校内持ち込みは禁止されているのだ。

「じゃあ考えさせてもらいます」

 そう言ってその女子はくるりとその場でターンした。後ろ姿しか見えていなかったその女子の顔を初めて見ることができた。っていうか目が一瞬合ってしまった。

 あの『女にはやけに馴れ馴れしい写真部長』がわざわざ足を運んだだけのことはある。そんな顔だった。

 少し気が強そうでだけどどこか不思議な雰囲気をまとっていてそして顔は端正。綺麗なんだけどどう掴んでいいか分からないような女子。でもって彼女のカメラはN社のD三桁、しかも下二桁はゼロゼロだった。顔より先にカメラのチェックが終わっていた。

 これはレフ機(光学ファインダー)だったはず。出た当時〝APS—Cフォーマット〟では最高級機だったような。親からもらったか中古で買ったか、今これを使うのは少し変わっているといえば言える。もうレフ機の新型はどの社からも発売されないだろうと云われているから——あっ、他人のカメラの品定め。僕の悪い癖だ。

「いい返事待ってるから」そう写真部長はその女子の背後から声を掛けていた。僕には決して言わないセリフ。そして今度は別の女子入部希望者のところへともう足を向けていた。やけにハイテンションな会話がさっそく始まってる。

 『いい返事を待ってるから』と写真部長直々に言われたその女子は、この部室から出て行こうとしていて僕のすぐ横を早足で通り過ぎて行く——


 意外なことが起こった。その刹那、

「行こ」

 そうその女子が言ったように聞こえた。素早く周りの人間配置を確認する。この女子が声をかけた人間はこの僕以外にはいなさそうだ。

 僕は反射的にその女子の後に着いて写真部部室から出てしまった。

 いったい僕はなにをしてるんだ?


 廊下へ出て一歩二歩三歩四歩、その女子は女子に似合わぬ大股でどんどん進んでいく。このまま後を追っていったらさすがに変だろう。僕は立ち止まってしまった。

 そうしたらその女子は突然停まりくるりとその場で一回転、僕の方を見た。

「F社のXシリーズ——」と開口一番こう言った。

「え?」

 意表を衝かれた。ついさっきテニサー写真部の虫の好かない写真部長と真っ正面からやり合っていた女子。いきなりの他人のカメラの品定めかよ。僕と同類かよ!

「まぁそっちのカメラの方が高いとは思うけど……」思わずそんなことを言っていた。僕のカメラは普及機で、たぶん〝新品時〟の値段なら、という話しだが。で、何を話しているんだ? 僕は。

「OVFじゃなくてEVFを選ぶんだね」その女子は言った。

 思ってた事までいっしょかいっ。そう、[オー・ブイ・エフ]はレフ機、確か光学ファインダーって意味で……[イー・ブイ・エフ]は電子ファインダーのことだったよな。でもEVFを使うってのは〝選ぶ〟と言うより今新品を買おうとすると自然とそうなるというか——

「使ってみてそんなに悪くないとは思うけど。まあ電池が切れたらブラックアウトするけど。どっちにしろ撮れなくなるなら同じだし」そう僕は言っていた。

「タイムラグは気にならない?」

 むしろ敢えて〝この時代〟にレフ機(光学ファインダー)を選んでいるのはこの女の子のような……

「さあ、動くもの撮らないからなんとも。ただ無視できないほどのタイムラグがあったらミラーレス一眼なんてカメラはここまで流行らないとは思うけど……」

 ミラーレスだとフルサイズ・5000千万画素・秒三十コマ連写なんてバケモノ一眼もあるけど4000千万画素・秒二十コマでも十二分に凄い。それに比べレフ機の秒最高連写は十六コマくらいが最高ではなかったか。しかし60万、70万、80万円の世界など僕には高すぎて無縁だ。

「——なにか光学ファインダーにこだわりでもあるの?」女子になんか〝話しかけない〟のが僕なのに、気づけばそう訊いてしまった後だった。

「ミラーレスってスマホの画面をずーっと見ているようなもんでしょ? 長時間使うなら鏡の方が目が疲れないんじゃないかって思って」と〝向こう〟から返事が戻ってきた。

 それは言えるのかもしれない——とぼんやり考え始めていると、

「あっ、ゴメン。そんな話しをするつもりじゃなかったんだ」その女子はここでカメラの話しを止めた。ひょっとしてたった今僕は女子と会話を成立させたのか。

「え、と——僕に何か?」

「ね、いまの話しどう思った?」

「どうとは?」

「写真部よ。どう思った?」

「テニサー写真部」

 思ったことが直感的に口から出た。深く考えちゃいない。あの写真部長にそういうイメージを持ってしまった。きっと『気に食わん』という感情が言わせたんだ。

「テニスサークル系ってこと?」

「そんな感じ」

「鋭い」その女子はひと言言い、「ね、向こうでちょっと話しをしない? ここまだ部室が近すぎるし」と続けた。

 ハァ?

 しかし僕はついて行く。なぜならこれは、少し嬉しいからだ。

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