第24話「寝マクロ」

 教えられたものの1つに、仁に過ぎれば弱くなるという言葉がある。仲間への労りが過ぎれば、情に溺れ正しい判断が出来なくなるという意味らしい。意味は難しく無いが、もし仲間が過ちを犯した時、断固とした処分なんて出来るだろうか。


 砦を所有する旅団の特権はいくつかあるが、その中でもマイハウスという自らの部屋を持つ事は、ある種のステータスになる。砦内の建物から入れる部屋を個人でカスタマイズできるこのシステム、調度品を置いたり床や壁紙を変えたりとやれる事が沢山あり、一応実用性もあるのだが、専ら各々の趣味空間となっているのが常だ。


 私達<聖霊騎士団>はメンバーも少なく、全員が部屋を持てるため、今日はお互いの趣味空間を訪問し合っていた。

「すごいねFetyさん、高級そうな調度品ばかり。これ全部自分で作ったの?」

椅子やテーブル、棚に留まらず絨毯や暖炉まであるFetyさんの部屋は一見してとても手が込んでいるのが分かる。

「ええ、棚やテーブル、暖炉などの資材加工スキルで作れるものは自作ですね。絨毯などは裁縫スキルなので、買ってきたものですが」

暖炉の前の椅子にキャラを座らせてみたが、何だろうこの安らぎ。私もリアルでこういう部屋が欲しい……

「Fetyさんすごいね^^私の部屋なんてまだまだだなぁ^^;」

「いえ、メジロさんのぬいぐるみ部屋もとても可愛いらしかったですよ」

確かに、壁紙の色に合わせた各種ぬいぐるみを置いたメジロさんの部屋はとてもファンシーだった。

「次はゴッディの部屋ね。まさか本当に豚小屋みたいにして無いでしょうね」

ジョークばかり飛ばす彼だ、きっと出落ち感丸出しの部屋に決まってる。

「ぶひぃ!おいの部屋は禅と心の平穏の空間だよ!」

なんじゃそりゃ。彼の部屋に行ってみると、鎧や剣が飾れている、こじんまりとしているが整った、思いの外まともな部屋だ。なーんだつまんない。見回していると、壁に2枚の絵画が大事そうに飾られているのが目に入った。これは、SS(スクリーンショット)を資材加工スキルで調度品化したものだな。

「これ、1枚は硫海に旅団狩に行った時の集合SSだよね^^もう一枚は?」

「マグりんとマロさんとシナイ山に行った時に撮ったSSだよん。頼んで作って貰ったんだけど、どちらもおいの宝物だねん」

シナイ山って、聖地巡礼の時のか。私も今度SSを調度品化してもらおうかな。さて、今度は私の部屋の番だな。自慢のアレを見せないと。

「マグさんの部屋はなんと言いますか……無駄な物がありませんね」

確かにテーブルと椅子しか無い私の部屋は、Fetyさんのに比べたら、多少殺風景に見えるかもしれない。だが、私の部屋の真髄は奥にあるのだ。

「見てよこの石造りの温泉。はじめ木造やタイル貼りと迷ったんだけど、やっぱり試練の山の露天風呂が忘れられなくてね、石造りにしたのよ」

折角だし、この温泉の詳しい解説をみんなにしてあげるとするか。


 解説をしていると、マキシがインした事を知らせるメッセージが流れた。

「おぉ救世主マキシ、マグの温泉語りを止めてよぉぉ」

なんだとこの豚、温泉の素晴らしさが分からないか。

「とりあえず、マグさんが温泉大好きなのは分かった^^;」

「何かの参考にさせてもらいます……」

貴様ら……!

「いやいやそれどころじゃ無いって!みんな情報サイト見てないの!?」

マキシは一体何をそんなに慌ててるのか。

「何かあったの?大規模アップデートでも来る?」

だとしたら楽しみだなぁ。

「そんなんじゃないよ!あのぽららの寝マクロ使用が発覚したんだよ!」

マジか……ぽららそこまで堕ちていたか。


 プレイヤー本人がいなくても、キャラを外部ツールで自動運転する行為、通称寝マクロ。他にもチートやBOTとも言われる。完全スキル制のこのゲームでは、格下のMobを倒しても特に旨味は無いし、同等以上のMobは自動運転なんかでは倒せないバランスなので、主にノンタゲの技や術使用によるスキル上げに使われるが、あまり同じ場所で同じ行為ばかり繰り返すとアンチマクロに引っかかり、効率は良く無いのは最早半ば常識と化している。のだが、未だにバカが後を絶たない。もちろん不正行為として、最もプレイヤーから嫌われるのは、言うまでも無い。

「ぽららの寝マクロ使用……それは確かなのですか?」

Fetyさんの言うとおり、煽り中傷か蔓延るこの世界、いくらぽららとは言え、証拠もなく疑うのは良く無いな。

「北方で殺されてメギドの村に死に戻りしてるのに、延々とその場で暗黒魔法の術を使い続ける動画がうpされてるから、確実でしょうね」

マキシの話が本当なら、有罪確定すぎる。ぽららと言えば、現軍団長ポーラの所属する旅団<コーラ団>の副旅団長の役職に就いているが、ポーラは一体どう対処するんだろうか。


 その後、北方黒の国首脳部の1人とも言えるぽららのスキャンダルは瞬く間にゲーム内を駆け巡り、知らない人はいない状態となるのに、そう長い時間は掛からなかった。そんな状況で迎えた、今週のCT。作戦会議から帰って来た彼とみずぽんさんによると、素知らぬ顔で会議に参加したぽららは、寝マクロ使用を他旅団長に指摘されても、「そんな事は知りません><言い掛かりは通報しますよ><」と開き直ったせいで会議は大荒れ、本体戦の方針どころではなかったらしい。肝心のポーラからも、ぽらら本人が使用を否定している事から、軍団長としても旅団としても潔白として扱うという発言があったらしい。あんな確定的な証拠動画が上がっているのに……ぽららとポーラの神経を疑う。

「仁に過ぎれば弱くなる、信賞必罰が失われた組織はお終いだねん」

彼の言う事は相変わらず分からないが、こんな軍団長の下では、纏まるものも纏まらないのは容易に想像できる。


 その後、CT開始時間までポーラお得意の根こそぎ動員令が出され続けたが、プレイヤーの集まりは激減し、特に砦持ち旅団は一様に本隊不参加を決めた。唯一オジン率いる<1stSSF>のみが、軍団長としてポーラが役割を果たすことが重要と言い参加していたが、それでも普段の半分も集まらなかった。私達<聖霊騎士団>も参加するかどうか意見が割れたが結局、師団長の彼に、私、ファリス、みずぽんさんが本隊に参加、残りは砦の守備を固めることになった。

「寝マクロしても今までと同じようにプレイが出来るんだから、ぽららは上手くやったよ」

ファリスはそう言うが、このプレイヤーの集結具合では、ポーラ達の支持率ガタ落ちなのは目に見えて分かる。

『自分達の砦の保有しか頭に無い自分勝手な人達は置いて、本隊は赤C3F3に進軍開始!』

果たしてみんなが本隊に参加しない理由は、そんなものなのだろうか。


 国境森に到達したところで、偵察から付近に赤本隊発見との報告があった。

『それでは皆さん!赤本隊に突撃!』

マジか。明らかに人数で負けてるのに、正面から当たると言うのか。

『ちょっと待ってください。こちらは本隊人数が少ないので、何か作戦を立てるべきでは無いですか』

Tokiさんの言うとおりだ。これでは自殺だ。

『今までこの軍団長ポーラ指揮の本隊戦で、赤に負けた事はありません!黒の国の方が優れているのは確かです!』

『軍団長の指揮に水を差さないで下さい><』

もうダメだなこの本隊は。

「方々からの批判を、本隊戦での大勝利で黙らせようと必死のようだけど……周りからの支援も無い今、そう上手くいくとは思えん」

彼の言うとおりだ。戦は1人でするものじゃ無いはずだ。


 そして始まった赤本隊との戦闘。ポーラの指示通り、正面から突撃を仕掛けた黒本隊は敢え無く壊滅。当然の結果だ。そもそも、これまで数の力で押し潰す戦いしかして来なかったポーラに、少数での戦いが出来るわけが無い。それなのに、ポーラ達は今まで勝てたのは自分達の指揮が優れているからと本気で思い込んでいたのだから、もはや救いようも無い。そのまま赤本隊は黒の国の砦攻略に取り掛かったが、砦の守備を優先した旅団が多かったため、陥落には至らなかったのは、不幸中の幸いだった。


 その後もCT、平日に関わらずポーラの指示に従うプレイヤーはいなくなり、次回軍団長投票でのポーラの落選は最早確実となった。仁に過ぎれば弱くなる……情に溺れ、軍団長としての立場を忘れた者の末路は、私の心に強く印象付けられた。







 

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