第16話「ノリと勢い2逆侵攻」

 大規模戦で勝利するのに必要なものは何だろうか?みんなから信頼される指揮官、入念な事前準備、臨機応変な判断……考え出したらキリが無い。でも時にはノリと勢いがその全てに勝る事があるなんて、今でも信じられないわね。


 中央山脈の山道には敗残兵や本隊に合流しようと後から来た出遅れ組みが集まり、ざっと見ても数十人の集団になっていた。


 しかし数だけは一見いるがその実、内情は混乱しきっている。赤の国の攻略目標が分からず、指揮官をはじめ全員が次に行くべき所、すべき事が分からないからだ。

『現在中央山脈に黒待機中』

『赤の国本隊が未だ国境森近くにいて危ないので後退して下さい』

『いや赤の本隊はどうせ前線近くの砦に来るんだからC1F1F2F3どれかの守備に回って』

『それ全部O-JINさんの旅団所有砦じゃないですか』

『は?だから?守れる可能性のあるところを固めた方が良いに決まってんじゃん』

『中央山脈寄りのC2F1F2に行った方が移動時間のロスも少ないのでは…』

『C1F3とC2F1の中間辺りに赤1偵察と思われます』

『何でもいいから早く次の指示出して指揮官でしょ』

こんな感じで勢力チャンネルは、指揮官の指示とは別の指示を出すプレイヤー(O-JIN)、指揮官をせっつくプレイヤー(PolaBear)、そして刻々と敵が迫って来てることを感じさせる報告で混迷を極めていた。果たしてただ後退指示を出すだけの指揮官の指示に従うべきか?正直勘に触る発言のO-J……オジンに従うべきか?敵がそこまで迫ってきてる中、何故私達はこんな選択肢を突き付けられなければならないのだろうか。


 もちろんどちらが正解かなんて分からない以上、私達はただ立ち往生して貴重なCTを消費するだけだった。

「あー、もう我慢できない!」

このまま突っ立ってるだけでCTの終わりを迎えるなんて、間違いなく最悪の結末だ。

「おいももう我慢出来ない!」

お気楽な彼も、この状況には流石に我慢出来ないようだ。

「ゴッティどうする?とりあえずPT未加入のプレイヤーが結構いるから誘う?」

この先、後退するにしても砦の守備に回るにしてもPT枠は埋めておいた方が戦えるはずだ。

「お願い。おいはもう我慢できないから弁当温めてくる!」

ガクゥッ!我慢できないってそっちかよ!

「この豚!今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

ここだって今はまだ赤の国に見つかって無いが、安全地帯では無いんだぞ。

「ピギィィ!お休み前の楽しみをしてくる!すぐ戻ってくるから!」

なんて豚だ……私の冒険はこれで終わりのようだ。


 彼……いや、あの豚を待つ間、仕方ないので私はPT未加入者を勧誘することにした。結果、加入したのは、近接職っぽい「Fety」さんに、魔法職っぽい「ノワール」さんと「めじろ」さんだ。

「はじめまして、マグです。遠隔職やってます」

「Fetyです。資材加工持ちの半端近接ですがよろしくお願いします」

「ノワールです。みんなよろしくw」

「はじめまして^ ^めじろです」

女キャラばかりだと豚がまたブヒブヒうるさいが、ノワールさんという男キャラもいるのでバランスも良いだろう。魔法職2人に近接職2人遠隔職1人は戦闘面でもバランスが良いし。

「ごめん、もう1人いるんだけど今ちょっと離席してて……」

まあ、その「もう1人」は戻ってき次第、私が角煮にするけど。

「了解です^ ^それにしても、この先どうなるんだろう^ ^;」

それはめじろさんだけでなく、多分みんな知りたいと思う。と言うか私も知りたい。

「それにしても、オジンさんてすごいオレオレ系だよねw」

確かに。もしかしなくても、この人いない方が指揮も上手くいったのでは?PolaBearさんって方は随分肩を持ってたけど。

「オジンは北方最大手旅団<1stSSF>の旅団長で、自分は指揮とかは絶対しないけど文句だけは言いますから。ポーラ率いる<コーラ団>とも仲良いですし」

Fetyさんの言う<1stSSF>……どこかで聞いた旅団名だな。うっ……頭が……

「旅団と言えば、今私達の旅団<聖霊騎士団>もメンバー募集してるんだけど、どうかな?」


 丁度その時ようやく彼が帰って来た。それも、想像の斜め上の状態で。

「ゲフゥ、マグりんお待たせ!何かシチュエーションにチェンジはあったかな!かなかな!」

なんだこの豚。屠殺されると分かって気が狂ったか。

「特に状況に変化は無いけど、もしかして何かしてきた?」

弁当温めに行っただけで、このテンションの変わりようは何。

「ちょっと安酒飲んできただけよ!ほんの一杯……いや五杯くらいかな?わかんにゃい!」

マジかこの豚……離席してたのはほんの10分かそこらだぞ……


 突然のノリに、呆気に取られるPTメンバーを置いて、もはや彼は暴走状態だった。

「何?みんなまだどうするか決まってないの?こういうのはさ、勢いよ勢い!」

もうやだこの酔っ払っい。置いて逃げようかな。などと思ってる内はまだましな方だった。次の彼の行動を見るまでは。

『作戦会議はもういいだろ!敵の攻略目標が分からない?ならわからしてやろうぜ!』

勢力チャンネルに響き渡る彼のメッセージ。血の気が引いていくのを感じる。

『赤の連中はそこまで来てるんだろ!だったらこっちから奴らの背後に突っ込んでかき回してやるんだよ!』

何言ってやがるこの豚……赤の国本隊が黒の国砦まで来るのは確実な中、逆に攻め込むなんてそんな……前もこんな事あった気がするが、今回のは単なる酔っ払いの妄言だ。

『神な自由を見せてやるぜぇぇえー!』

もはや支離滅裂……呆気に取られたのか、静止する勢力チャンネル。と思っていたら、なんと彼は1人で飛び出して行ってしまったのだ。それも一度も振り返らずに、全速力で。

「あんた何考えてんのよー!」

慌てて追いかけたが、全く止まる気配が無い。

「マグさん待って〜」

PTメンバーも後ろから追いかけて来てくれたが、早く彼を連れ戻さないとこりゃ後で怒られるぞ。


 ようやく彼に追いついたのは、彼が赤C4F2……山道の出口に最も近い砦の柵に対して、狂ったように攻撃を加えている時だった。

「ゴッティ!守備隊が戻ってくるよ!」

防御施設に攻撃を加えると、砦が攻撃されている旨のシステムメッセージが流れるので、彼の凶行はもうバレてるはずだ。

「だったら全部ファックしてやる!」

これはヤバイな。会話が成り立たない。

「マグさん危ない!」

Fetyさんの発言を見て、辺りを見回すと赤の国プレイヤーが何人か砦内から出てくるのが見えた。どうやらこの砦の守備隊が慌てて戻ってきたようだ。

「ああもう!砦にワープできるのは砦所有旅団メンバーだけだ!やってやる!」

とは言ってみたが、それでも敵は10人ほど。こりゃ死んだな。


 そう思った時だった。後から味方が駆け付けてきたのは。

『山道待機組C4F2を攻撃中』

『攻城職前へ!遠隔職は援護を!』

『敵本隊が戻って来るまで時間がある!いけるぞ!』

みんな来たの!?へべれけ豚の戯言に付き合って死ぬのなんて、私だけで充分なんだぞ。


 砦外に出てきた守備隊を蹴散らした私達は、柵を突破し、堀を埋め、城壁に取り掛かった。

『ガッデム!C4F2本当に行ったんですか……死に戻り組は黒C2F1まで全速前進!敵本隊にもう一度ぶつかって時間を稼ぐぞ!』

これは……Tokiさんだ。

『……みんなトッキーの指示通りに。軍団長としての指示です』

『はぁ?こんな時に敵の砦攻めてるバカ達に人取られて数減ってるし、ここは砦の守備に……』

『戦闘時の指示は師団長以上でお願いします』

マジか。今まで発言してなかったが、Tokiさんがこんなにイケイケな人だったとは。


 そして遂に城壁を突破。砦内部に突入したが、守備隊は既に全滅していたため、中はもぬけの殻。先を競うように旗を攻撃した結果、C4F2、赤の国第4都市付き第2砦の占領に成功してしまったのだった。しかも最もダメージを与え、専有権を獲得したのはFetyさんだ。結局、赤本隊は黒本隊に退路を塞がれ戻れないまま、この日のCTは終了。


 1人の酔っ払いの突然の思い付きにより、大逆転勝利に終わった今回のCT。私には未だに何が起こったのか、信じられないでいた。

「ゴッティ、今回のって本当に思い付き?それとも作戦?」

こない返事。ピクリとも動かない彼のキャラ。


 この豚、酔ったまま寝落ちしやがったな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る