第9話「聖地巡礼4心の底」
ゲームをプレイする人間なら誰でも、いかに効率良く敵を倒し、採取物を収穫し、スキル値を上げ、お金を稼ぐかということを考えるもの。でも、なぜそこまでして効率を追求するのか?と聞かれ、答えられる人は少ないのかもしれないわね。
エリコの村の教会で、司祭NPCからエグザの試練の話を聞いた私は、嫌な予感と言うか、心に引っかかるものを感じていたが、心機一転して次の目的地、ゲネブ沙漠に向かうことにした。
「どうせゲネブ沙漠に行くのなら、聖カトリアナ修道院から行った方が近かったのにー」
間に試練の山の麓にあるエリコの村を挟んだせいで、かなりの遠回りである。
「まぁ順番だからしょうがないじゃーん。それに、犬も歩けば棒に当たるって言うワン」
今のところ、棒に当たって痛い思いしかしてないのは気のせいだろうか。まぁ文句を言っても始まらないので、とにかく私達は馬車でエリコの村から、まずはゲネブ沙漠の入り口であるベエル・シェバの村に向かうことにした。次の目的地はゲネブ沙漠という地域名しか言われてないが、廃村以外の村はここしか無いからだ。
ゲネブ沙漠はここ西部地域の南側、シナイ山の東側に広がる沙漠エリアであり、試練の山と並ぶ、中央部地域に行ける国境越えルートの1つだ。目的地、ベエル・シェバの村はゲネブ沙漠の丁度入り口に位置しており、沙漠越えを目指すプレイヤーの補給及び沙漠特産品仕入れの拠点となっている。到着後、辺りを見回してみたが沙漠地帯なだけあって、村の周辺にはヤシの木が数本あるだけで後は岩と砂と言う感じの場所だ。
初めて来た村なので、巡礼クエストNPCのいる教会を探すついでに見学がてら歩き回っていたら、もうストレス値が溜まってるのに気が付いた。
「おかしいなぁ、なんで移動してるだけでこんなにストレス値が溜まるんだろ」
確かにストレス値は移動でも溜まるが、基本的には戦闘や採集、生産に関する行動が主に溜まる原因のはずだ。
「うひっマグりん、さっきまで潤喉度と空腹度は同じくらいあったのに、よく見ると潤喉度だけがもう0になってるよん」
マジか。彼の発言でステータス画面を見ると、確かにいつのまにか潤喉度が0になっている。まさか、沙漠地帯というだけあって喉がすぐ乾くということなのか。これでは手持ちの飲み物だけでは足りなくなるのは必須だ。
「どうするマグりん、どっかで飲み物買う?」
うーむ……しかしこれでは、幾ら買ってもすぐ無くなりそうだしなぁ。
「話聞くだけなら、ストレス値高くても関係無いから我慢しよう」
ストレス値が高まっても、HPMPスタミナの上限値が下がり、攻撃モーションが遅くなるだけ、なら戦闘さえしなければ問題無いはずだ。
しかし、その目論見はすぐに崩れることになった。教会を見つけ、中のNPCに話を聞いたが、いつもの話だけで巡礼クエストの話をしてくれない。行き詰まった私達は、酒場にいるプレイヤーに巡礼クエストの次の目的地を尋ねることにした。
「あぁそれなら、ここの教会じゃなくて沙漠の中央にある廃村の教会だよ」
「廃村ですか……」
マジか2。廃村復興は前の野良PTでもやったが、2人でなんて到底無理だ。私達の旅もここまでか……
「廃村と言っても、イベント期間中は常に復興されてるらしいよ。行ったこと無いから詳しくは知らないけど」
マジかマジか!
「本当ですか!教えてくれてありがとうございます!」
復興しているのなら、後は行くだけだ。
「それじゃあ早速行こうか!」
「飲み物無いけどどうするん」
そうだった……見ればストレス値は既に満タンとなり、HPMPスタミナの上限は普段の半分まで下がってる。これではMobが湧く沙漠には行けない。
「仕方ないから露店で買うか……」
そして露店を見回って驚愕というか絶望した。どの露店も、飲み物に他の拠点の10倍以上の値段が付けられているのだ。他で買って来るなんてしていたら、明日になってしまう……背に腹はかえられないので、本当に仕方なく、私達は銀行から引き出したお金で買うことにした。なんて商売上手な露天商共なんだ……
結局大金を叩いた私は、浴場の代わりにオアシスがストレス値を下げる施設となっている珍しさにも心は癒されないまま、沙漠の中央部にある廃村・アガバの村に向かうことになった。道中の砂地や岩場ばかりの乾ききった荒涼とした大地には、蛇と山羊そしてレギオンという、甲殻類とサソリを掛け合わせたようなMobが湧いていた。レギオンを見て、\アリだー!/とはしゃぐ彼に、わずかながらも殺意が湧いた私の心は、この沙漠のように荒んでしまったのだろうか。
なんとか沙漠の中央、アガバの村に辿り着いた私達は、早速村に入ろうとして驚いた。なんと村の中にまでレギオンがいるのだ。しかも一体に感知されただけで、周囲のレギオンも一斉に襲いかかって来るという群れっぷり。
「\アリだぁぁあ!/」
「それはもういいから逃げるよ!」
這々の体で逃げ出した私達は、なんとか村の外れの一本のヤシの木まで辿り着くことができた。どうやらこの群れのレギオンは、村から大きくは離れない設定らしい。
「こんなの聞いてないんだけど……」
これもイベントの一環なんだろうか……
「群れ群れしてたね。でもレギオンコマンダーってのが居たから、そいつを倒せば一掃できるのかも」
よく見てたな彼は。しかし2人じゃどうしようもないのは変わりない。
周囲を見渡してみると、側には私達以外にも、レギオンから逃れて来たらしきプレイヤーが何人かいるのが目に入った。
「皆さんもアガバの村に用があって来られたのですか?」
彼が周囲のプレイヤーに話しかけ始めた。なるほどまずは情報収集という事か。
話を聞いたところ、他のプレイヤーもやはりアガバの村を目指して来たようだ。しかし目的は皆それぞれ違い、内訳は
レギオンの巣窟であるゲネブ遺跡ダンジョンに、強化回復薬の材料となる蜜を取りに来た攻城職2人組み
アガバの村周辺のヤシの木畑からナツメヤシの実を収穫しに来た生産職1人
私達と同じく、巡礼イベント参加者の近接職1人
沙漠を抜けて、西部地域の特産品を中央部地域に売りに行こうとしている行商人1人
であった。行商人に、1人で国境越えなんて可能なのか聞いてみたが、沙漠は広いので大量の飲み物とタゲ切り技があればギリギリ行けるらしい。
さて……回復魔法が揃う水魔法持ちもいない以上、PTを組んでも戦力はあまり変わらない。これは本格的に困ったな……と思っていたら、彼がとんでもない提案をみんなにしだした。
「私達はこれから2人で村のレギオンに攻撃を仕掛けますね。もちろん上手くいく勝算もない、採算取れる利益もない、こんな効率全く無視な事、打算なら普通は絶対やらない。でもどうせ戻るなら干からびながら歩くよりも、戦っての死に戻りのがスカッとしますしね。皆さんも一発どうです?」
今日一番のマジかがリアルで出た。これでは自殺に誘っているようなものだ。ところが……
「ここで立っててもしょうがないしな、俺らも行くよ」
まずは遺跡に行く2人組みが賛同。
「収穫醸造料理持ちの半端近接だけど、今日の仕入れはナツメヤシからレギオン素材に変更だな」
続いてナツメヤシの実を収穫に来た生産職……いや半生産半戦闘職の人も賛同。
「おいおい、殉教者が2人だけじゃあ寂しいだろ?」
そして、巡礼イベントに来た近接職も賛同。
「皆さん飲み物は足りてますか?擬態スキル以外は戦闘スキル無いですが、お役に立てることもあるかもしれません」
最後には行商人まで賛同。みんな正気か。
私達はそれぞれ回復薬や包帯、飲み物などを不足している人に無料で融通し合い、PTを組んだ。それにしても、なんだろうかこの気持ちは?不思議な一体感から、デスペナやら金稼ぎやらが段々とどうでも良くなっていく気持ちは。そして皆一斉に叫んだ。
「突撃ー!!」
村のレギオンに攻撃を仕掛ける時には皆もうノリノリであった。そしてノリノリで戦った。そして信じられない事に、1人の犠牲者も出すこともなく、レギオンコマンダーを討ち取ったのだ。これも行商の人が、敵を叩き、タゲを取ったら離れたところに連れて行き、擬態スキルのタゲ切り技を使うという方法で上手く敵を分散してくれたお陰だ。
共闘の後、私達はお礼を言い合い、それぞれの目的を果たすため別れた。教会のNPCの話は、
エグザが、異様な行動で人々に害をなす群れる悪霊を遺跡に封印した的な内容であった。正直私はその話よりも、なぜデメリットしか無い誘いに皆が参加し、一体感とも言える不思議な雰囲気が作り出されたのかが気になり、彼に尋ねた。
「みんな心の底では、効率とか時給とかそういうものに縛られず、自由に楽しくゲームをプレイしたいと、本当は思ってるもんなのよ」
心の底では……か……
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