極東人民共和国空軍の落ちこぼれ

@Reuter

第1話

休日の朝、いつものように昼頃まで寝坊しようとベッドの中でぬくぬくしていた俺だが、呼び鈴の音で目を覚ました。時計を見ると9時半である。うるさいので居留守を決め込むことにしたが、いつまで経ってもしつこく呼び鈴を鳴らし続けている。近所の変人の嫌がらせか?無視しておけばいずれ帰るだろう。俺は再び眠りに落ちた。

もう一度目を覚ました俺は、時計が10時を過ぎていることを確認した。相変わらず呼び鈴がリンリン鳴っている。なんてしつこい奴だろう。


仕方なくドアを開けると、そこには空軍の制服を着た20代中頃と思われる若い女性が立っていた。起きたばかりのオッサンの顔を見た彼女は不快そうに眉をひそめながら言った。

「セルゲイ・ヴァシリエフさん?」

「あ、はあ、そうですが」

「空軍から指令が届いています」

「は?指令?…私は兵役の時に空軍に配属されましたが、今は単なる民間人なんで『指令』とか言われましてもねぇ…」

彼女は不快さに失望の表情が加わった。

「えーと、同志ヴァシリエフ、この国では兵役を終えた男性は50歳まで予備役なのは当然ご存知ですよね?我が国の政府と空軍は貴方の協力を求めています。この命令書を受け取りなさい」

そう言うと彼女は封筒を差し出した。

「まさか、戦争が始まるんですか?」

「戦争というより、むしろ戦争を止めるための特殊な任務です」

「何で私が?」

「さあ、知りません。上が決めたことです。任務の重要性、特殊性から郵送ではなくこうしてわざわざ直接出向いたのです」




茹でた中央アジア製のパスタに粉チーズをかけて質素な昼食を済ませた後、俺はようやくベッドの上に放り投げたままの忌まわしいこの茶色の封筒を開封した。

「親愛なる同志セルゲイ・ヴァシリエフ!

我が国の人民評議会は国家の存亡を賭けた偉大なる作戦を進めることを決定した。

そして、この計画の適任者として、君が選ばれた。

早急にオモロスク空軍基地へ出頭せよ。

空軍大将 イヴァン・スミルノフ

国家主席 オレグ・ゲハーリン」


俺が生まれた頃、この国は巨大な社会主義連邦共和国の一部だった。だが大学に進学する前にこの連邦共和国は分裂。この地方は「極東人民共和国」になった。

俺はとりあえずこの国の首都にある中程度の大学を卒業し、一年の空軍での兵役を済ませた後、首都の企業に就職したが、陸軍出身の異常に威張りくさる上司に辟易して退社。地元の田舎に戻って清掃業をしている。この清掃業の給料はとてつもなく安いんだが、この国は今も建前上「社会主義」を標榜しているので、とりあえず誰にでも最低限の棲家は用意され、生活できるようになっている。

今俺が住んでいる国営住宅は小屋みたいな平屋が7件ほど並んでいるところだが、端っこの一件の老父婦と俺の家以外の5件は空き家だ。

国営のテレビとラジオは毒にも薬にもならないような番組が多くてやや退屈だが、多少の暇潰しにはなる。インターネットは国外の「退廃的」とされる情報は見られないようになっている、という真偽不明の噂があるが、とりあえずはこれもそれなりの話題や情報や娯楽を提供してくれる。

中年になった俺の暮らしは確かに夢やロマンはもう過去の思い出になって少々退屈だが、地元の田舎の景色はそれなりに愛すべき自然を見せてくれるし、平安そのものだ。

今さら軍なんかと関わるのは御免である。

だが仕方ない。これは今まで安逸な生活をしてきた罰なのかもしれない…運という奴は気まぐれで残酷だ。



子供の頃から見慣れている重々しいディーゼル機関車が引っ張る古ぼけた客車に4時間乗って、俺はオモロスク空軍基地へ行った。入り口で名を告げると、とある部屋に案内され、椅子に座っているように指示された。紅茶が運ばれて来た。


40分ほどして初老の男が部屋にやって来た。それなりの地位の人物らしい。とりあえず起立して敬礼すると、男は話を始めた。

「私はこの作戦の指揮官となるウドンスキー中佐である。

今回の作戦は、我が国にとって非常に重要なものだ。これに選ばれたのは大変名誉なことだぞ。勿論、引き受けてくれるね?」

「はあ、…あ、あの、具体的にはどのような作戦なのでしょうか」

「そうだな、大まかに説明しよう。

近年、ポンニチ帝国がアジア大陸を侵略しようとしていることは知っているな?

我が国と緩い友好関係にある中華人民共和国やロシアだけでなく、アメリカ合衆国や欧州諸国、そして勿論他のアジア諸国もこのことを快く思ってはいない。そこで我が国に秘密裏に依頼が来た。」

「??なんで我が国に?」

「もし実際にこの地域で戦争となれば、人的被害が大きいだけでなく、世界経済に及ぼす影響は計り知れない。そこで、速やかにポンニチ帝国を無力化する計画が世界先進各国によって承認されたのだ」

「…はあ」

「我が国が生んだ天才科学者、ゲロノフスキー博士によって驚異的な生物兵器が開発された。彼が開発した強力なウィルスにより、ポンニチ帝国は完全に攻撃能力を失い無力化されるだろう。しかし、我が国には戦略ミサイルの技術はない。よって、この計画に特化した高速戦闘爆撃機で爆撃を行う。その爆撃手に選ばれたのが、君だ」



予想を上回るとんでもない話を聞いて俺は頭がクラクラした。

「あ、あのですね、まだ実際に我が国が攻撃を受けたわけでもないのに、いきなり戦略爆撃などして大丈夫なんでしょうか??」

「気持ちはよくわかるが、上が決めたことに疑念を挟む資格は君にはない。これは大変名誉なことだ。疑問は捨てて使命を果たしなさい。」

「あ、あの、あのですね」

「何だ!」

「重要な計画であれば長年軍に所属している優秀な人を登用すべきではないですか?」

「兵役中の君は大変優秀だったと聞いているが」

「いえ、そのような事実は全くございません」

「いい加減にしたまえ。これは国家の命令だ。逆らえば逮捕、投獄される。疑問は捨ててただ使命を果たせ」


せっかく平安に暮らして来たというのに、俺の人生は暗黒に覆われてしまった。この国の空軍の力から考えても、この無茶な計画が成功するとは思えない。俺はポンニチ帝国航空自衛軍のミサイルに撃墜されて死ぬだろう。また仮に爆撃に成功したとすれば、大量殺戮をすることになる。最低の面で歴史に名を残すことは間違いない。地獄というものがあるなら、間違い無く地獄行きだろう。

自分が死ぬか、大量殺戮をするか、あるいはその両方か。


中佐は再び口を開いた。

「なあに、悪いことばかりではないぞ。大変重要な任務につくのだ。軍に戻ると、君は少尉に昇進する」


そんなことはどうでも良い…


要するにこれはあれか、無謀な計画が奇妙な経緯で実行されることが決まってしまい、失敗確実な以上、死んでも困らないような適当なヤツを捨て駒として使うことになり、たまたま俺が選ばれたんじゃないだろうか。

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