吸血鬼のお冠


 その日の晩。私は久々に枕を高くして寝ることができました。

 大きな心配事が一つ片づいたのです。今日ぐらいはゆっくりしてもいいはず。

 すぅ、と眠りに落ちたはずの私は、気がつくと金縛りに遭っていました。

 体が重い。

 瞼を開ければ、お腹の上に正座するお婆さん。

 ――――ではなく、銀髪の美少女が馬乗りになっていました。


「おはよう、照子」

 セリフに反してお外はまだ真っ暗。

 窓ガラスは開いていて、吹き込む風でカーテンが揺れています。

 ちゃんと閉めたはずなのにどうして、と思う私の心を読んで、アナさんが言いました。

「開けてもらったんだ、照子に」

 アナさんが虚空を向いて呟きます。

 よくよく見れば黒い影。

 私の形をしたもう一人の私が、私の片腕を押さえつけています。もう片方も、両足も同じように。計四人の影法師によって、ベッドに磔にされている格好。



 状況を理解して眠気が一気に吹き飛びました。

 一抹の希望に縋るように、アナさんを見上げて訪ねます。

「あの、それで、本日はどういったご用件で……?」

「なんだと思う?」

 嗜虐的な笑みを浮かべる彼女。……嫌な予感をビンビンに感じます。

「遊びに来るなら、事前に言ってくださいね。こちらにも準備が……」

「準備ならできてるじゃないか。そんなエッチィ寝間着で待ってるとは。……布団を捲って、私も少々驚いた」

「う、うるさいですねっ」

「脱がす手間が省けたな」

「……い、一般人を傷付けないって、お約束しましたよね?」

「お前はもう一般人じゃない。……それに、これは傷つける内に入らないっ!!」


 アナさんと影法師の手が殺到しました。

 首筋に腋、脇腹、お腹、膝の裏、足の裏――――。

 冷たい指先がこちょこちょこちょっと蠢きます。

 それを見下ろして無反応の私。アナさんの大きな期待に反して、身動ぎ一つ致しません。


「おや……?」

 必死に指を動かしていた彼女が、怪訝そうに片眉をあげました。

「照子、お前、効かないのか?」

「……えぇ。効きませんよ? 少し触られたぐらいで身悶えちゃうエッチィ体はしてないのです。誰かさんと違って」

「ほーう?」

 舌戦をやり返され、口の端をヒクつかせるアナさん。瞳の奥に苛立ちを滲ませ、尚も体中を弄ってきます。

 しかしどこをくすぐられようと、笑わない自信が私にはありました。


 ――――ただ一点、ある場所さえ責められなければ。


「ほらほら、諦めてお引き取りください?」

 平静を装ってそう言います。

 実のところ彼女の指先は幾度となく弱点を掠めていて、その度、強張りそうになる体から、必死に力を抜いています。

 絶対にバレちゃいけない秘密の場所。

 それとは全く見当違いな場所をこちょぐりながら、アナさんは熱い息を吐きました。


「少々手が疲れたな」

「言わんこっちゃないですね」

「休憩にしよう」

 そう言ってスクラップ帳が持ち出されます。珍しいピンクのハードカバー。魔窟ベッドしたの奥深くに隠されていた私物が、なぜそこに!? 私は目を白黒させました。

 どんなに暴れても手足の拘束はビクともしません。

 アナさんはのしかかったまま、それを紐解きました。


「何が出るかはお楽しみ……おっと、ポエムか」

「こらぁぁっ! 読むな! 読んじゃダメです! 読んだら絶交です!」

「なになに――――『背の高いあなたは、いつも遠くばかり照らしてる。たまにはしゃがんでくれないと、私は枯れてしまいます』」

「ぎゃああああああ!?」

「『淡い期待の裏表。私は今日も卓に付く。いかさま師と分かっていながら』」

「あああああああ!! やめて! もうやめてぇぇぇ!」

「おや、写真も入ってるな。寝顔に、横顔……? おいおい、どれも隠し撮りじゃないか……。悪い子だ」

「わわわっ?! そりぇ、ぐーぜん……! ぐんぜん、ね? 偶然撮れてしまったんです……!」

「『耕太郎さん、どうしてあなたは耕太郎さんなの?』――――くくくっ。なんて頭の緩さだ。新聞部員とは思えない」

「ぶっこぉすぞ!?」


 アナさんは一頻り私を辱めた後、スクラップ帳を閉じました。

 すっかりのぼせ上がった私に目だけで笑いかけてきます。


「まさか照子にこんな趣味があったなんてなー」

「も、もういいでしょ!? 返してください!」

「ふふふ。こんなに楽しめる本は滅多にない。私の蔵書に加えたいところだが」

「なぁ!? ――――この、えっち! すけべ! 変態!」

「吠えるじゃないか、むっつりめ」

「くぅ……っ」

「何も無理やり奪おうって訳じゃない。一つゲームをしよう」

「……ゲーム?」

「そう、簡単なゲームだ。――――お前はこれから三分間、声を出さなければいい。お前が勝ったら本は返してやるし、色んな事も全て水に流そう」

「三分? ホントにそれだけで?」

「だがもし負けたら、この本は貰っていくし、朝まで好きにさせて貰うぞ」


 三分。たったそれだけで解放されるなら楽勝です。

 アナさん、こちょこちょ下手くそですし。

 私は勝利を確信してほくそ笑みました。

 ――――吠え面かかせてやります。


「いいですよ。延長はなしですからね」

「よーし。よく言った。絶対に声出すなよ? 何をされても・・・・・・


 牙を見せるように笑うアナさんの手元に、コケシ状の何かが握られています。影で形作られた、何か。スイッチを入れる動作で、頭部がヴヴヴヴヴッと凶悪に振動を始めます。


「えっ?! ……あのっ、あのっ、それはあまりにも……っ! 大人げないのでは!?」

「よーいスタート!」

 私の反論は封殺されました。

 開始と同時に、コケシヘッドが突き立てられます。私の弱点へ、真っ直ぐに。

「んんぅ……っ」


 肌に食い込むゴムの質感。イボイボが布越しに肉を捕まえてブルブルと。

 奥の奥まで響く振動が、きゅんとした気持よさを激しく呼び覚ますのです。

 弱い場所をピンポイントに責めたれられ、頭の中がスパークしたみたい。

 思わず背中を反ってしまいました。

 アナさんは更にグリグリと、愉しげに弱点を抉ってきます。

 私はぐっと息を止め、止めて、止め続けて――――。


「――――ぅあああっ♡ そこ、なんでぇ……っ?! んぁぁぁっ♡」

「はいアウトー♡」

「なんでぇっ?! なんでそこっ、知って……! 秘密っ、だったはずなのにぃっ! はぐぅぅぅっ♡ それぇ、やめぇぇぇぇっ♡」

「いいことを教えてやろう。女の魔宝使いはな、全員紋章ここが弱いんだ。――――六百年生きてる私が知らんはずなかろう?」

「んぎゅぅぅぅ♡ ぃぃぃぃ♡ し、知っててわざと、わざと知らないフリをっ!?」

「ふふふ。ちなみにこんな責め方もあるぞ?」

「やぁぁぁっ?! やめっ! 壊れちゃうっ!! お、おかしくなりゅっ♡」

「絶ッ対許さんっ! そらそらっ、参ったかっ!」

「ん゛んん――――ッ♡」


 弱点を弄られると、もうダメ。

 感度のスイッチが入ってしまうのです。

 ゾクソクと痺れる素肌に這う数十本の指先。

 先程まで何ともなかったものが滅茶苦茶にくすぐったい。

 私は私の意思に関係なく喉を振わせ、まな板の上の鯉のように跳ねまくりました。


「ふひひひひっ♡ いししししっ♡ ごめんなしゃっ! ちょっ、調子に、乗ってました! だははははっ♡ や、やりすぎましたって! 謝りましゅっ! 許してぇっ♡」

 涙の向こう側、彼女は意地悪く笑って。

「ほーぅ? 悪かったと認めるんだな? ならば仕置きをしてやろう」


 無慈悲な宣告の後、私は夜通し鳴かされました。

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