3-6

「借りて行ったのは多分吹奏楽部の男子生徒だけど誰だったかなー、なんで?」

と職員室の先生に言われたけれど、3人は適当に流しておいた。流石に夜遅くなってきたので、鍵は返さないとまずい。これでもう彼ら3人、今日は音楽室に戻れない。

分かったことは、折り鶴を盗んだ人は王道に……いや、盗人としては邪道だけど、普通に、奇をてらうでもなく鍵を開けて盗んだわけだ。しかし、それだと困った。

「参ったね。階段では僕や六鈴さんがグリコをしていたんだけど……」

そう、階段を誰も通らなかったから思いきり楽しめた。楽しめたはいいけど、結果として謎が深まってしまった。階段を通らずにどうやって四階の音楽室まで? ちょっと瞳の水分が多くなってきた真文にハラハラしながら、冷静に冷静に、と千紗は言い聞かせ、脳内で校内の地図を作った。

「来賓用エレベーターなら……」

と言ってみてすぐに気づいた。あれはカードキー必須でした、ごめんなさい。

そもそも誰がどんな目的で、ばかりが頭に浮かんでは消える千紗と真文は突破口を生み出せるだけの柔軟性が今は欠けている。対して椎名はフラットに、真正面から物事を見れている。知らないことが、知り尽くさないことが、解決することもある。彼ら思春期にとっては特に。こんな謎に限る話ではなく。

しかし椎名は椎名で折り鶴の在り処を突き止めるべき理由がないでもなかった。

岸蔦がこの前、あることを話してからというものの頭がもやもや煙いのだ。あることとは、プレミアムなソース焼きそばの件で、後々になって岸蔦は「ひょっとして、自分、天才なのでは」と思い立って、これを武勇伝として一部の友達に語っている。「見事に当たってたんだ」「探偵の才能あるかも」大抵は聞き流すか相手にしないが、面白いこと不思議なこと大好きな生徒会の面々には大ウケ、すげーなお前の賞賛が止まらなかった。

椎名はちょっと羨ましくて、そのもやもやが今回の体育祭でのアイデアが思いつかない要因でもあった。

職員室前でコソコソ話す3人の前を、漫研部員が通る。一応椎名は呼び止めて、

「今日、誰か廊下の前を通らなかった?」

会長、怪談にでもハマってるんですか、と笑う漫研部員。違いますー、階段にハマってるんですー、千紗は心の中であっかんべー。するつもりが本当に舌が出そうになって、焦った。漫研部員は誰も来ませんよ、と笑っていた。つまり詰んでいる。エレベーターも階段も使わず4階にどうやって行くというのだ。犯人が飛んだとでも? 冗談じゃない、折り鶴ですら飛ばない世界で、つばさのない我々人類がどうやって宙に浮くだろう。ましてやただの吹奏楽部、もとい雑談部だ。あっかんべー。

混乱してきた千紗、最初から混乱している真文はあたふた、その横でじっくり考察を練り続ける生徒会長。

そんな3人に、職員室から出てきた先生は

「夜遅いから。早く帰りなさい」

はーい、としか言えないじゃないか。今度は思いきり舌を出してやったら、なんだその態度はって怒られたけど、怒鳴られなかった。夜だからかな、夜って最高。今度から悪態は夜につこう。

さて、椎名はある言葉を反芻していた。

先ほど千紗が言った『来賓用エレベーターなら……』である。もし階段グリコ組の見逃しがなければ、間違いなくこのルートしかないのである。バレないように漫研前を通ったか? ほぼ使われない来賓用エレベーターを使ったのなら、気づく確率も高いんじゃないだろうか。犯人はかなり用意周到に計画しているのか、しかし、折り鶴である。物好きにしても程があるのでは、ただ椎名は六鈴たちがなぜ折り鶴をあそこまで追い求めるのか、については知らされていなかったし、今更少しだけ気になったが、それが要因で盗まれたのなら慎重になったのも分かる気がする。ただそれなら鍵を開けるとき、返すとき、先生に見られないよう職員室に忍び込んで鍵を入手するだろう。鍵は職員室に入ってすぐにあるので、簡単なことである。

椎名はやはり動機を切って考えていく。来賓用エレベーター……来賓なんて来ていたか? 流石に生徒会長という立場であっても学校の来賓者を把握しているわけではない。


ーーいや待てよ。一人、可能性はあるか。

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