3-5
ち、よ、こ、れ、い、と!
何度目かのチョキ一人勝ちを堪能する頃には、グリコで階段を往復していて、もう帰ろうか、なんて千紗たちは話していた。すっかり心は小学生に戻っていた。なんだか千紗は廊下を走りたくなった。夏でもないのに、夏のにおいがする。昔の思い出はいつだって夏の香りをまとっていて、つまり汗くさい。
隣で話していた椎名に「じゃね」って言ったら3人に「おう」って言われる。とにかく今は汗を拭きたい、この場を一刻も早く離れて。と思っていたら、階段を駆け上がってくる見覚えのある顔。真文であった。
「忘れ物した……」
「アホだー」って3人で笑う。30分くらい経ってたから一回帰ったでしょ、まじか、アホだー。真文はちょっと嬉しそうに笑って、それが千紗にはよく分からなかった。嬉しくはなかろうに。ハッと思いついて、千紗は「私もついていく、音楽室」
音楽室は夜の冷たいにおいが詰まっていた。真文が忘れ物を探しているうち、千紗はカーテンをめくって夜空を眺めた。北斗七星はどれだろ、あれか。いやに綺麗で、田舎だなぁ、なんて呟く。あった……と小さく呟いた真文の声で我に返って、バッグをあさって、汗のにおいを消した。音楽室のにおいが変わってしまって申し訳ない。おててを合わせる。椎名くんたち、帰ったかな、気持ちが盛り上がって急いで鍵を閉めようとして、気づいた。
金の鶴がいない。
「まふっちゃん、金の鶴が忘れ物?」
「え? 違うけど……え、なんで、ない」
真文も気づいて絶句する。
ちゃんと施錠はしてたはずなのに。風で飛ばされたかも、と二人で音楽室をくまなく探したけれど、ない。どこにもない。
金の鶴は真文が想いを込めた折り鶴で、よりによってそっちかー、と千紗は嘆いた。このまじないの開発者は真文らしいし、知ってる人は世界に私と真文だけだと思うけど、もし知ってたら情報や弱みを握ろうとしているのかも。それは嫌だけど、好きな人をばら撒かれるのは構わない、と千紗は思っていた。しかし隣の真文は違う。本当に鶴が飛べば困る。そうだ、鶴が飛んだのかも、と真文に言いかけて千紗はやめた。そんなわけない、の声のほうが強い。しかし、真文のほうから
「つ、鶴が飛んだのかも」
なんて幻想を抱きはじめて
「そんなわけないでしょ」
と、強く否定してしまった。まずいなぁ、これは。
「六鈴さん、香月さん」
椎名の声にいち早く反応した千紗は、流石に抱きつきはしなかったし、とっさに笑えなかった自分を後悔した。椎名から「どうしたの?」と言われてしまった。話すしかないのでは、と真文に視線で送ったら、小さく首を縦に動かしたので、大丈夫。真文に気を遣って、好きな人の名前が書いてある件は伏せて、折り鶴が大切なものだということ、音楽室から折り鶴が消えたことを話した。
椎名は開口一番、
「ごめん、この手の話はやっぱり面白いし、わくわくするんだよね」
と口元を緩ませていた。少年の顔つきだった。真文がちょっぴり嫌悪感を抱いた気がして、千紗はぎゅっと自分の袖をつかんだ。
「僕はこういうのを仕掛ける側なんだけど、逆になっちゃったか。とりあえず二人以外にここの鍵を借りた生徒がいないか、職員室に行って聞くのがいいかもね」
なぜ柄の鶴を選んでくれなかったのかと、千紗は思う。しかし親友の焦りのまじった横顔を見たら引き締まった。まず、好きな人が書かれているのを知っていたのなら、何も盗むことないじゃない。それに、あのまじないは私たちが考えたものだから知ってる人なんかいない。どこかで盗み聞き? そんなバカな。なんなのだろう。誰が何の目的でやったのか、全く見当もつかないのは、千紗も真文も同じだった。
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