3-3
「千紗、遅い……。また野球部見てたの?」
「椎名会長たちとボードゲームしてた! ごめん! まあギリ間に合ったじゃん、ね?」
ジト目の香月真文。その真文が支えるフルートも一緒になってにらんでいるように千紗は感じて、ちょっとたじろぐ。何よ、フルートのくせして生き物みたいに、とフルートをにらみ返す。
「もう少し早く来て。千紗以外あんまり話したい人いないんだから」
「あー愛の告白はありがたい! でもまふっちゃん、一年生と話したらいいじゃん」
真文は答えず、せっせとフルートのパートを確認しはじめた。時計の短針は5に触れはじめていて、もう少しで吹奏楽部が始まる。今はただの雑談部。吹奏楽部に進化するまでは、千紗は極力ここに来たくない。いつもわざとギリギリで来ているのだ。
いわゆるグループのようなものが千紗は嫌いで、しかし吹奏楽部ともなると、グループ化は顕著でもはや必須事項ではあるが、それにしたってひどかった。陰口悪口は週一か週ニでどこかのグループで飛び交うし、嫌なルーティンだ、感じが悪い。空気中にまぎれた棘にちくちく刺され続けるのが、雑談部形態の吹奏楽部、と千紗は思っていた。
しかし、千紗と真文も例外なくこういう話題になることはあった。
千紗いわく「思春期のこの時期、言われっぱなしで黙ってるような人間はそうそう高校生なんかやってない。悟りを開いた聖人か本物のにぶちんか、だよ」真文はこれを聞いて呆れるどころか、少し共感してしまう素直さ。何ともかわいい二人である。
千紗は、この世全ての女の子の日を一定にするシステムを作ってください、と日々どこかの研究者や物好きに祈っている。アーメン。周期がバラバラだからこうなるんだ。
そんなくだらないことを考えながらホルンを撫でていたら先生が到着。雑談部の集合体は、楽器ごとの集合体にみるみる変化していく。みんな目の色変えちゃって。一年生は、やっぱりまだどこかキョトンとして、まばらに座りはじめた。当然だ、「相棒」の楽器も決まっていないのだし。
今日は一年生に楽曲披露の日。この楽曲は体育祭でもやるので、ここ最近ずっと練習してきた。全員でやるのはまだ3回目だけど、多分、なんとかなる。先生が指揮棒を構えた瞬間、集合体は吹奏楽部という完全体になる。思ってたら今、構えた。完全体になった。
千紗のホルンが西日を受け、ギラギラ光っている。
ホルン、いくよ。
って私以外もこんなこと思うのかな、思ってそう。実際、真文は近いことをフルートに唱えていた。
たよりにしてますから。
もっと言えば全員が各々の言葉で相棒に声をかけていた。こうして相棒への愛を伝えた彼ら、吹奏楽部完全体は、演奏形態へ。
こうなったら止められない。
からだの中心に酸素を集めて、千紗はホルンに、真文はフルートに、部員はめいめいありったけの生命力を相棒に吹き注いでいく。
あふれんばかりの生命力をおびた音はまとまり、音楽になり、一年生のかわいいお耳を抜けて抜けて、音楽室を飛び回る、つばさが生えたように。床を、壁を何十、何百、何千バウンドも音楽が叩きつけ、彼ら色に染まったつよい音楽は教室を包んでいく。この景色を、部員の誰彼もが気に入っていたから、何とか部として形を保っている。今日だってそう。彼らは最高の吹奏楽部になる、音楽が止まるまでは。
窓際、二羽の折り鶴がこれを眺めている。金の鶴と柄の鶴。二羽とも音楽をつばさにこめて今にも飛び立ちそうな凛々しさで佇んでいた。
二羽は千紗と真文の折った鶴である。
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