2-4
「石井センパイの演技早く見たい」
「アタシは三角センパイ推し」
「つーか、はよ戻ってこいよな羽賀とかいう人」
「わたし探してくる」
作り物のような会話だと、彼女は思った。口調も度々変わるし、棒読みだし、彼ら、一体どうしたっていうんだろ。
……ハガちゃんはどこだろう。どこへ行ったんだろう。
彼女は役者としての羽賀を知っていても、それ以外の羽賀さくらを深くは知らない。少し歯がゆくて、初めて全て理解したいと心から思った。彼女は脚本家としての羽賀を探しはじめる。パンフレットをまた見つめる。やろうとしている演劇は何だろう? こんな紙切れ一枚で分かろうとする。
もう一度キャッチコピーを読み返す。
『夜の桜を前にして、五人は何を思う――』
言葉が巡る。
彼女は一度耳に、あるいは目にした言葉や仕草を心中で繰り返す癖があった。それが群を抜いた記憶力、想像力の源なのだが、当然のごとく無意識なのが彼女という人間である。
だが、彼女に限る話でもない。天性のものはどれも無意識が動かす。意識した才能はもろい。無意識は鋭く、無邪気なもので、ダレカをころすこともあるくらい危険なものだ。彼女は今からあたたまった頭脳でひらめく。羽賀の居場所も理解する。そして、猛威をふるい続けた無意識に彼女は気付くことになる。
彼女の新たな幕が上がる。
――分かった。
椅子をうるさく鳴らし立ち上がる。室内の視線を一気に受け取った彼女は、強烈な高揚感を覚える。
「ハガちゃんの居場所、分かった」
彼女は演技をしていた頃の自分を思い出す。
言葉を待つ観客の視線。視線に抱えた期待、恐怖、動揺……に突き刺される舞台上の緊張感。照明の熱。心臓の鼓動。どれも彼女は愛おしく思っていた。
彼女は、久しぶりにその高揚感を味わっている。
パンフレットを掲げた彼女は、「これ作ったの誰?」と、武田に視線をやる。
「羽賀さんが作った」
「演出も担当してるもんね。随分凝った演出だった」
と、はにかむ彼女。
「なんで表と裏にスタッフの名前を分けたのか。それは、舞台裏にいるスタッフか、今この場にいるスタッフか、じゃない?」
コキュン、と誰かの喉が鳴る。
「つまり裏に書かれているハガちゃんは舞台裏にいる」
武田が呆れた顔で「それ、ただの当てつけじゃないの? 確かに表に書かれたスタッフが今、周りの照明担当してるけど」
彼女は桜色の光を見つめている。
「聞いてる? おれの話」
「じゃあ、聞こうかな、原くんに」
原は、青色の照明近くに立っているスタッフだ。
「なに?」
「緊急事態のはずなのに、どうして電気じゃなくて演出用の照明を付けてるの?」
「それは……」
「夜桜みたいな色、だよね。ピンクと青。私、一年前くらいに桜みたいな女の子の役、やってたの思い出した」
誰かが息を吞む。
彼女は見渡す。やっぱりクジラさんはいない。いるわけがない。観客、観客、観客。妙にぎこちない観客。喋り方も何もかも、偽物のすがた。
誰かが息をひそめる。
「ここにいる観客、みんな『サクラ』なんでしょう?」
みんな固まる。サクラも、役者も、スタッフも。彼女はお構いなしに続ける。
「サクラ、つまり偽物の客。劇のタイトル『夜桜鑑賞会』、そういうことねって分かった。ピンクと青の照明は、夜ザクラの強調。そういう演出」
誰かが息を吸う。
「それからキャッチコピー。夜のサクラを前に五人は何を思う――。舞台にいる役者は四人。みんな探している。あと一人足りないから」
誰かが息を吐く。
彼女はパンフレットを裏にして掲げる。
「舞台裏にいるハガちゃんが五人目、だよね」
……お前、すげーな。武田の声が彼女には遠く聞こえる。
――下手から羽賀が出てきた。瞳に相変わらず覚悟の色を携えて。
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