188 『異能』(上)
食事休憩の時間はまだ残っていたが、真也は急ぎアルファ小隊の会議室へと早足で向かう。
途中すれ違う隊員たちは一様に尊敬を含んだ笑顔で敬礼を向けてくるが、真也は気もそぞろに短く敬礼を返し、足早に艦内を進んだ。
真也がドアを開けると、部屋の中はスコーンとティーセットを小さなクロスの上に置き、優雅にティータイムを楽しむアリスのみだった。
この状態でアリスが真也の入室に気付かぬとは考えにくいが、彼女は真也の方を一瞥もしなかった。
真也は緊張から少し多めに息を吸い込むと、アリスへ一歩近づく。
「オルコット准尉。昼食中に失礼します」
「……なに? 間宮特務官」
真也から声をかけられたアリスは、彼が部屋の中に入ってきた時から変わらず視線をやらぬまま、リスの耳をピクリと動かすのみ。
その様子は、『拒絶』のように真也には思われた。
しかし、拒絶されたからと言って、引き下がるわけにはいかない。
真也は気合を入れ直し、口を開く。
「あの、俺……オルコット准尉に俺の異能の事を指摘されて、それで、なにも言い返せませんでした」
「不勉強ね」
アリスはふん、と鼻を鳴らし、スコーンをかじる。
真也には、アリスとの距離は実際のものよりも、もっと遠く感じられた。
「すいません……言葉も、ないです。
あの、准尉。俺の異能は殻獣のものではないか、って言ってましたよね」
真也の言葉に、アリスは彼の言わんとすることを察する。
「……他ならぬ司令官の中将が、あなたのことを信じると言った。
であれば私の考えなんて、この作戦中はどうでも良いわ。あなたの事を信用するから。それでいいでしょ」
気弱そうで従順に見える真也も、『その手』の人間だったかとアリスは眉をぴくりと動かした。
ハイエンドは、自分の力に誇りを持っている人間が多い。アリス本人もそうだ。
それを否定され、彼は文句を言いにきたのだろうとアリスは断じた。
(めんどくさいことになったわね……)
先日は、まさか真也が自分の隊のメンバーになるとは思っていなかったため、不安点として進言した。
言い方含め、私情を挟まなかったかと言われれば嘘になるが、それでもアリスにとって真也の異能はあり得ないものであることに変わりはない。
しかし、彼との関係性が変わった今、アリスがすべきことは、不服ながら一つだ。
「謝罪を求めているなら、謝るわ」
謝ることに抵抗がないかと言われれば間違いなくある。が、しかし彼女は『隊長』に任命された。
本来、隊長は謝罪を避けるべきではある。
しかし隊員である真也は『ハイエンド』であり、今作戦の隊長は、通常の意味での隊長とは違い、『仮そめ』といった印象が強い。
そんな隊長のアリスがすべきことは、『隊員』がヘソを曲げない程度に気遣ってやることだ。
「貴方の異能をおかしいと発言したことを謝罪するわ。ごめんなさい。
謝罪は、あまりしたことがないのだけど……これでいいかしら?」
尻尾がぞわぞわと膨らむ感覚を抑えながら、アリスは真也に謝罪する。
しかしアリスの思惑とは違い、謝罪を受け取った真也は首を振った。
「いえ。あの、そうじゃなくて……。良かったら……教えてもらえませんか? その、『異能』について」
「……は?」
「その、なんで俺の異能が『おかしい』のか、って話なんですけど……」
「だから、その点は謝罪したじゃない。それでも不十分だったかしら?」
アリスは、謝罪したというのに同じ話を蒸し返され、ただでさえ大きなしっぽをさらに膨らませる。
口では冷静に繕っているが、それでもアリスの怒りは真也に伝わった。
「いえ、そういう事ではなくて……な、なんて言えばいいのか……」
「上官が信に足るといった。なら、『おかしくない』んじゃないの? どうでもいいじゃない、そんな事」
ふい、と視線を逸らし、会話を終わらせようとするアリスに対し、真也は表情を固めた。
「いえ、どうでも良く、ないです」
真剣な声に、アリスは目を細め、再度真也の方へ向き直す。
アリスの瞳に映る真也は、銀髪の少女に言い寄られてデレデレしている『少年』の顔ではなかった。
つまらなさそうに模擬戦で戦う『ただの異能者』とも、昨日の、ただおどおどするだけの『13番目』とも違う。
アリスのよく知る『国疫軍人』の顔だった。
「俺は、この力で、一人でも多くの人を守りたいんです。今まで俺は、自分の能力について深く考えたことなんて、なかった。
でも、もしこの力が……急に俺のことを裏切ったら……そのせいで、誰かを失うことになったら……そしたら……」
真也はアリスから瞳を逸らさず、宣言する。
「そしたら、俺は俺の異能を許せない」
真也の異能は、他の人のものとは違う。津野崎や学園の同級生たちと話し、真也はそう感じていた。
自動防御と、自動攻撃。
攻撃に関しては強敵相手には真也自身が操らなければいけないし、真也の意思で『攻撃する』と思わなければ一切動かない。
しかし、自動防御については違う。真也の意思がなくとも、真也の『棺』は自分や、仲間まで守る。
それは、本当に『防御』のみに適用されるものなのだろうか。
勝手に、誰かを傷つけたり、しないだろうか。
アリスに詰め寄られ、一晩考えた末に気付き、真也の頭を悩ませていたのは、その点だった。
「だから、この力がおかしい、というなら、その理由を知りたいんです。知らぬまま、万が一にも『その時』が来てしまったら……俺は、俺も許せなくなってしまうんです」
真也の、心から出たであろう言葉に対し、アリスは静かに息を吐き出した。
「あなた、変ね」
「そ、そうですか?」
「普通、異能ってのは自分の存在定義と同義なのよ? それを……自分で信じないって……。
というか、異能は自分の意思で使うものでしょうに……」
アリスはしっぽを膝の上に乗せると、無意識に撫で、毛繕いをする。
この真也の反応は、アリスから見て余りにも特異だった。
自分の『意志』がまず有り、そして、異能を『手段』として考えている。
まず『異能』があり、それを如何に『活用』するかを考える、普通の異能者とは違う。
「……やっぱり、あなた『変』よ」
アリスは、ぼそりと呟く。
アリスにとって真也の異能は、今でも絶対的に『信用できない』。
その考えは今でも変わらないが、まさかその当人が、『同じく』信用していないとは思わなかった。
(こいつ……日本の『センニン』とかいう奴か何か? ああ、それは中国の妖怪だっけ)
アリスの頭を意味不明な考えが過ぎる。
あまりにも無欲で、過去見てきた異能者たちとは違う、異能者の『誇り』、もしくは『驕り』のない真也の態度は、アリスを『苛立たせる』。
(これじゃ、私……こいつよりも、周りが見えていなかったみたいじゃない)
否定され、怒ることもなく、ただ前を向く。そんな、ほぼ同い年の『
アリスは、作戦前に真也と多少の衝突があるだろうと考えていた。何せ、『異能を否定』したのである。それに対し、怒る可能性はあった。
それは、『アリスの感覚』として当然だったし、自分の異能を否定されて激昂するようなら、論破してやろうと思っていた。
尻尾を出したなら、ホフマンになんと言われようと息の根を止めるつもりでさえいた。
しかし、まさか『教授して欲しい』と、真剣な顔で言われるとは予想できなかった。
未だ混乱はしているが、毛繕いで少し気分が落ち着いたところで、アリスは大きくため息をつく。
「まあ、いいわ。なら、教えてあげる。なぜ私が、貴方の異能を『ありえない』と言ったのか」
ここからの話は、長くなりそうだと気合を入れ、アリスは温くなった紅茶を一気に飲み干す。
口の中に残る渋みはあまり好きではないが、今の状況の中では、まだアリスの心を落ち着けてくれる味だった。
アリスは真也に対して向き直し、視線で椅子を勧める。
真也が着席したことを確認すると、静かに語り出した。
「『集合的無意識』って、知ってるかしら?」
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