189 『異能』(下)


「『集合的無意識』って、知ってるかしら? 東雲学園ともなれば、授業で教えてると思うけど?」


 アリスの言葉に、真也は息を飲む。

 『集合的無意識』。その言葉は、真也も授業で聞いていた。しかし、それ以上のことは何もわからない。


「な、名前だけは」

「意味も覚えなさいよ」

「すいません……」


 アリスのじとりとした視線に真也は顔を赤くする。

 正直な話、東雲学園では『集合的無意識』を既に知っているものとして授業が進んでおり、そこからの応用の説明のみだった。

 アリスの質問は、真也にとって『インターネット』の意味を問われているようなものだった。


 深く勉強せずに異能を使っていたことに恥じる真也へ、アリスは大きなため息をつく。


「いい? 集合的無意識は、学会で異能の根源だと言われているものよ。私もその論を支持してる。

 私と同じイギリス人の異能学者、グラントマンの『殻獣ト其レニ対スル超常的進化ノ考察』という論文は、流石に知ってるわよね」


 アリスはこの世界のオーバードであれば……オーバードでなくても、その道に興味のあるものなら誰でも知っているであろう、有名な論文を引き合いに出す。


 しかし、真也からはすぐに回答が帰ってこなかった。


「知・っ・て・る・わ・よ・ね?」

「な、名前は……」


 どんどんと萎縮していく真也に、アリスは腕を組んで唇を尖らせた。


「中身も読みなさいよ。

 貴方は『ハイエンド』。私やミサキと同じ、異能者たちのトップなんだから。貴方が愚図だと、オーバード全体が下に見られることになるの」

「はい……」


 しょんぼりとしていく真也に、アリスは小さく咳払いをして、言葉を続ける。


「まあ、貴方も私の隊の隊員だから……今回は、特別に教えてあげるわ。

 論文の中では、このように言われているの。異能とは、『人類の集合的無意識から発生した、地球規模の免疫能力である』。

 どうせ難しいことを言っても仕方がないから……。今のところは、『人類全員が生まれつきぼんやり考えていることが、地球を守る力になった』……みたいな、乱暴な考え方でいいわ」

「ぼんやり考えていることが……力に?」


 真也にとって、その説明は意味はわかるが、理解するには難しいものだった。

 人の考えていることが、実際に物理的な力になるというのは、あまりに非科学的に思われた。

 だからといって、ではなぜ『異能』というものが生まれたのか、真也にはまるでわからないが。


「私たちの『力』は、私たちを含めた『大衆のイメージ』が元になってるの。殻獣が恐ろしい、危険である。死にたくない。そんな想いから異能は生まれた、ってこと。

 意匠は、炎や氷だけじゃない。剣、金槌、それに……『棺』。これらは人工物でしょ? 異能は、間違いなく人類のイメージから生まれたものなのよ」

「なるほど……」


 アリスは真也が頷き、ベースとなる知識が共有されたことを確認すると、本題に入る。


「その集合的無意識を根元にして考えれば分かるわ。私が、貴方の異能を信用できない理由がね」

「……えっと」

「もういい。全部説明するから。理由は、ふたつね」


 未だ釈然としない真也に、アリスは先行して指を一つ立てる。


「ひとつ。『殻獣』に対しての異能なのに、異能を消す能力なんて、必要かしら?」

「……異能に対する異能だから、ですか。でも……人型殻獣も、異能を使いますよ。それに対する力じゃ……」


 真也が口にしたのは、昨日光一が進言した言葉だ。しかし、その仮説に対し、アリスはため息をついた。


「それ本気で言ってる? 『映画監督』すら、苦し紛れで言っている自覚あったでしょうに」

「え」

「最初に言ったでしょ。『集合的無意識』。人型殻獣の情報は、ごく最近知られるようになったのよ?

 一般人相手には、『人型殻獣が異能を使う』ということすら、伏せられてる。なのに、人型殻獣向けの能力が生まれているわけないでしょ」

「たしかに……」


 真也はアリスの説明に頷く。しかし同時に、昨夜のアリスの言葉を思い出した。

 今の話を聞くに、真也の異能は、たしかに『人類』が思い浮かべられる能力ではない。しかし昨日、アリスは『五分五分』だと言っていた。


「……オルコット准尉、五分五分だって言っていませんでしたか?」


 真也の指摘に、アリスはぴくりと眉を動かす。


「……まあ、もしかしたら、なんらかの別の知覚情報があれば、その可能性もなくはない。そういう考え方もできるからよ」

「ち、知覚情報?」


 アリスは頷き、大きな尻尾を膝の上に乗せて撫でながら言葉を続ける。


「そう。人類の集合的無意識にアクセスする別ルート。それこそオカルティックなアカシックレコードの存在があれば話は別よ? もしくは、観測者の数は重要ではないのか。

 ただ、集合的無意識のインプット元は未だ不明だし、学会でも有力な文献は出ていない。私は『好意的に』五分五分と言ったわけだけど、実際は、ほぼあり得ない話だと思ってる。

 なにせ、大きな意識プールに、小さな色水を垂らしたってそう簡単に色は変わらないし」

「あ、あかしっく……? ぷーる……?」


 早口で捲し立てたアリスは、真也がついてきていないことに気がつくと少し顔を赤くしてひとつ咳払いをした。


「もういい。この分野の話は、もう少し頭が良くなってからにしなさい。とりあえず、『おかしい』ってことだけわかればそれでいいわ。今はね」

「はい……」


 あまりにも大きな知識の差に、真也は肩を落とす。

 アリスは自分の一つ上ではあるが、たった一つしか変わらないこの少女は、間違いなく自分よりも『異能』を理解している。

 ハイエンドとして異能を使う身であれば、彼女ほど学んでいなければいけないに違いない。

 そう思わせる、堂々とした喋り方だった。


 アリスは畳み掛けるように、今度は指を二本立てる。


「そして二つ目は、あなたが『13人目』だってこと」

「13人目、ですか」

「異能者たちが現れてからの100年、ハイエンドはいつも12人だった。

 ハイエンドの誰かが死に、12人以下になった時に新たなハイエンドが生まれた。それくらいは知ってるわよね」

「はい」


 真也も、その話は知っていた。

 ハイエンドは、12人。それはこの世界での常識だった。


「公式に認められている事ではないけど、一般的にみんながそう認知するくらいには常識よね?」

「そうか、集合的無意識……」

「ふん、ちゃんと気付けるじゃない。Bマイナスってとこね」


 初めて真也が正解を導き出し、アリスはほんの少し、満足そうに微笑む。


「じゃあ……13という数字に対して、どう思う?」

「ど、どう、って……その、13日の金曜日?」

「なにそれ? 先月とかの話?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 真也のいた世界では有名な映画だったが、この世界では、そのような映画ないようだった。

 しかし、13という数字に関するイメージは、変わらない。


「13。一般的なイメージは、不吉。違う?」

「……はい」

「一つ前の『12』は、『完全なる数』と言われているわ。それに1を足した数字、『13』を忌避する神話や信仰は、発生時期も、場所もバラバラ。でも様々な場所で『忌まわしきもの』として避けられてきた。

 それは、『集合的無意識』の中に、13に対しての忌避感があるからよ」


 説明を受ける真也の顔色が、徐々に悪くなる。


「裏切り者、招かれざるもの。それが、『13番目』。ハイエンドの13番目は……『世間一般的』に言えば、貴方のことよね?」


 アリスは、彼が自分の話を理解していると確信したが、それでも、『結論』を伝えた。

 他でもない真也自身が聞いてきたこと。それなのに最終的な結論をぼかすのは、彼にとって失礼なようにも思えたからだ。


「忌まわしき……裏切り……もの……」


 顔を青くさせ、ボソリと呟く真也の姿に、アリスはゆっくりとため息をつく。


「以上の2点が、私が貴方の『異能』を信用しない理由よ。

 ……でも、そうね。同じ隊になったんだもの。せいぜい、努力しなさい」

「努力って……」

「元はどうあれ、使うのは貴方。なら、貴方が信頼されるように努力をする以外、何かある?

 以上よ。私は一度部屋に戻るわ」


 アリスはそう言い放つと、立ち上がって会議室のドアを開く。


 アリスは、真也の異能を信用しない。


 ただ、説明をされた上で、見ていられないほど思い悩み、それでも向き合おうとする彼自身に関しての評価は、白紙に戻してもいいかもしれないと、心の隅でアリスは思った。

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