183 進言
いままで黙していたアリスの一言により、不穏な空気がホフマンの私室を包む。
「あ、あああ、アリスちゃん!?」
アリスの、真也に対する『居てはいけない』という発言に最初に反応したのは、同じハイエンドである美咲。
剣呑な空気を霧散させようとしているのか、手をぶんぶんと振りながら、アリスへと詰め寄った。
アリスは、焦りからわたわたと伸ばされた美咲の手を優しく受け止め、子供に言い聞かせるような口調で諭す。
「ミサキ、ごめんね、黙ってて?」
「うぅ……でもぉ……」
アリスに真っ直ぐ見つめられた美咲は言い澱み、ちらちらと真也の方を窺うのみ。
美咲だけでなく、室内からの複数の視線に晒された真也は、なんと言っていいのか分からないながら、口を動かす。
「その……俺は……」
真也は正面から彼女の気迫を受けて額からじわりと汗が噴き出る。
どう弁解すべきかと悩む真也の視界に、銀色の髪が映り込んだ。
「どういうおつもりかしら? 准尉」
真也とアリスの間に割って入ったのは、ソフィア。
真也からはソフィアの表情は見えないが、彼女の顔を見た美咲は「ひっ」と恐怖から体を竦めた。
「どう、も何もないわ。そのままの意味よ」
しかし、アリスはそんなソフィアに対して「ふん」鼻を鳴らした。
「中将。彼の異能は危険です。対オーバードの異能。そのようなものは、これまでの『異能』とかけ離れすぎています」
アリスの言葉に、ホフマンは顎髭を撫でる。
「ふむ。オルコット准尉、それは分からんでもない。しかし、今回の作戦には最適ではないかね?」
完全に場の空気は凍っていたが、ホフマンはソファに座ったまま、アリスからの視線をただどっしりと受け止めた。
「具申させていただきますが、この隊には、私と、そしてミサキも居ます。二人がかりであれば、『突然死』など取るに足りません」
「あなた、何様ですの?」
真也が——『葬儀屋』が不要だという言葉に再度ソフィアが噛み付くが、アリスは無視して言葉を続ける。
「昨今発生した『人型殻獣』、それらの異能と、彼は同一なのではないですか。
奴らの『集合的無意識』による異能であれば、『対オーバード』も頷けます。彼は——」
「オルコット准尉。いま、貴女は『何を言っている』のか、理解されていますか」
アリスの言葉を遮ったのは、光一だった。
急に割り込まれたことにアリスは驚き、怒りからリスの尻尾をぼん、と膨らませて光一を睨みつける。
「九重兵長。私は、私が言っていることを十分理解しているわ」
光一はアリスの言わんとすることを否定するため、彼女の論に対抗する。
「進言いたします、中将。こうは考えられませんか。間宮特務官の異能は、人型殻獣が発生することによって誕生した、『対人型殻獣の異能』である、とは——」
「そうだとして……五分五分の確立にかけろ、と?」
光一の言葉が場に馴染む前に、アリスは言葉を遮り返した。
「アンノウン300人の命が……それ以上の、人類の生命がかかった作戦で?
今のままでも戦力は十分。私とミサキで『突然死』を無力化し、残りの異能者たちで地域を解放する。可能よ。五分五分よりも、もっと確率は高い」
「あ、アリスちゃん……ご、五分五分って、なな、なにがですかぁ……?」
アリスの不穏な言葉に、美咲が質問する。
それに対して、アリスは毅然とした表情で言い放った。
「彼が本当に、『人間側』なのか、よ」
真也は、真っ直ぐにぶつけられる『疑惑の目』に衝撃を受ける。
『お前は味方なのか?』
そんなことを言われるとは思わなかった真也は、アリスの言葉に怯み、何も言い返すことができなかった。
何も言い返さない真也を一瞥したアリスは、頭の上の耳をピクリと動かし、ホフマンへと向き直す。
「中将、重ねて進言いたします。彼は今すぐ拘束すべきです」
アリスの重ねての説得に対し、ホフマンは静かに首を振った。
「出来かねる」
ホフマンの返答を聞き、アリスは一瞬だけ表情を歪めたが、すぐに冷静を纏い直した。
「中将のご判断なら、私は従うのみです」
アリスは口では納得したように返したが、彼女の尻尾は依然大きく膨らんだままだった。
納得していない様子に、ホフマンは言葉を繋ぐ。
「オルコット准尉。その考えに達する点、冷静な点は評価する。しかし、他の多角的な情報を併せて、私は判断を下した。
発生した『人型殻獣』は異能を使うということもある。人型殻獣に対して有効かどうかも不明だが……それでも、全てを利用せねば、今回の作戦は厳しいものになるだろう。
私は今作戦を、今回分かった彼の異能を鍵として組み直す予定だ」
ホフマンは座ったままであるがソファの上で姿勢を正し、上官として命令する。
「オルコット准尉、君の進言は却下する」
「……そうですか。具申をお聞きいただき、ありがとうございました」
アリスはくるりと振り返ると、ドアへと歩き出す。
「……作戦内容への口出しだけして、勝手に帰るおつもり?
まずは、疑ったことに対する謝罪をしてはいかがかな、と私は思うのですけど?」
ソフィアは光を返さない暗い瞳で、アリスへと言葉を放つ。
ソフィアの暗い瞳を、アリスは怒りのこもった瞳で睨み返した。
「一等兵、黙りなさい。意見具申は提案と仮説であって、謝罪などいらないわ。
それに、この場に否定派の私が居ない方が、話が進むでしょう。……中将、退室の許可を頂けますか」
睨み合う二人に対し、ホフマンはゆっくりと頷いた。
「認める」
「では、失礼します」
ホフマンの言葉が終わるか終わらぬかに返事をしたアリスは、ドアを押し開け、ホフマンの私室から退出する。
「……愚図ばかりね」
ドアが閉まる直前に、アリスは誰にも聞こえぬ小さな声で呟いた。
アリスが退出してもなお、部屋の中には剣呑な雰囲気の残り香が漂い、部屋の主であるホフマンは、こほん、小さく咳払いをし、全員を見渡す。
「……まあ、命令とあれば彼女も飲み込むだろう。
では、この後の間宮特務官の予定は、すべてミス津野崎に任せる。『i』の施設、作戦会議予定の各隊長と担当官以外の人員は全て自由にして構わん。今日中にある程度の結果を示してくれ」
「ハイ。必ず」
「では、全員、退出していいぞ」
「ほ、ほほぅ……しつれいしますです」
目の前でハイエンド3人が不穏な空気を出すという状況は、鈴玉にとっては恐怖でしかなかった。
誰よりも早く返事をし、喋り方すらぎこちなくなった鈴玉を筆頭に、それぞれが静かに退出を始めた。
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