170 発着場は混沌として(上)


 真也たちデイブレイクのメンバーは、日本支部の礼装軍服に袖を通し、発着場へと進む。


 日本支部の礼装軍服は紺色を基調にしたシックなもの。

 肩口に縫い付けられた細い金の布は肩章けんしょうといい、士官候補生である特練兵の証だ。


「お兄ちゃん、礼装似合ってるよ」

「ありがと、まひる……ふぁ……」

「あれ? 寝不足?」

「まぁ、ね」


 真也はまひるからの指摘に苦笑いを作った。


「まひるも似合ってるよ」

「ありがとー。えへへ」


 真也に礼装を見せるように、まひるは歩きながらくるりと一回転する。


 男性も女性もパンツスタイルだが、まひるは成長を見越して大きめの礼装を用意しており、スプリングコートか短いワンピースのようだった。


 デイブレイク全員が同じ装いであるが、違うのは胸元に光る勲章の数。


 隊長の光一や、修斗、複数の支部で活躍したレイラの胸には複数の勲章が並ぶ。


 真也の胸元には勲章がひとつ。ロシア支部から贈られた、女王捕獲『補佐』による勲章だけだった。

 レイラからもらった勲章は、襟の裏にこっそりとつけている。


 軍人として活動の少ない『真也』の持つ勲章はこれだけだ。

 といっても、一年生でひとつあれば良い方である。本来であれば特別訓令兵でありながら叙勲されること自体がほぼ無い。

 実際、まひると美咲の胸元には勲章が付いていなかった。


 そんな中、真也は一人の少年の胸元に目線をやる。


「……友枝、意外とすごいね」

「え? 何がっスか?」


 ぽかんと口を開けて疑問の声を上げる透の胸元には、4つの勲章が光っている。


「いや、その……勲章」

「あー、これっスか。俺、『四つ葉』なんで、いっぱい貰えるんス」


 『四つ葉』の異能だから、勲章が貰える。


 その言葉の意味は真也に理解出来なかったが、後輩の前だからと真也は納得した『ように』首を縦に振る。


「へ、へぇ。そっかぁ」


 そんな真也の強がりを見抜いた光一が、補足の説明を入れる。


「四つ葉を含め、治癒オーバードは稀少だ。友枝の7という強度は特練兵の中で『四つ葉』最高位だからな。

 中等部であれ、様々な現場に呼ばれるだろう」


 光一の言葉に、透はバツが悪そうに頭を掻いた。


「ま、まあ、そうっスね。後方支援、っス」

「だから勲章が多いのかぁ……友枝、凄いんだね」


 真也の純粋な言葉に、透は首をブンブンと振る。


「い、いえ! 別にそんな凄くはないっス。

 むしろ先輩の方が凄いっスよ! なにせ……『アレでアレ』っスから!」


 『ハイエンドであり、特務官である』

 部外秘とされている内容を、透は身振り手振りで伝え、真也はそんな透の言葉に、静かに首を振った。


「……異能の強さなんてたまたまだよ。

 いろんな現場で、勲章をもらえるほどちゃんと仕事してるのは、凄いよ」


 異能の強さが決まるのは、生まれた時か覚醒した時か……いずれにせよ、運である。

 真也にとっては、異能が強力であるということよりも、中学生にして多くの現場で活躍していることの方が、素晴らしく思えた。


 しかし、そんな真也の褒め言葉に、透は視線を落とす。


「なら俺もっスよ。……俺の方が異能だけっス」


 透は自分の勲章を隠すように、少し体を傾けた。

 そんな不自然な様子に真也は首を傾げたが、話がそれ以上進む前に光一が全体に言葉を発する。


「さ、気合を入れろ。発着場に入るぞ」


 いよいよこの時がきたか、と真也は頬に力を込めた。




 光一を先頭に、デイブレイクメンバーは発着場——式典会場へと足を踏み入れる。


「おお……」


 自分たちがついた時とは雰囲気の違う発着場の様子に、真也は感嘆の声を上げた。


 結成式の行われる発着場には、大勢の特練兵たちが集っていた。

 式典だからと特に装飾はなされておらず、赤いカバーのかかった台と、大きなスクリーンが一つだけ。


 しかし、その場に集っている面々こそが、ここが特別な場であることを示していた。


「これが、アンノウンのメンバー……」


 真也は辺りを見回し、感慨深げに呟く。

 いまだ手には資料が握られているが、真也は昨夜、遅くまで隊員表と軍規を読んでいた。


 隊員表には、所属支部、部隊名、意匠、異能カテゴリーと強度、そして二つ名が記されている。

 光一が『範囲攻撃や、特殊な異能持ち』であると覚えておくべき隊員に赤線を引いてくれていたが、その部分だけでも30人はあり、真也は久々の『純粋な暗記』に知恵熱が上がりそうになった。


 真也と美咲は『特練二等兵』として表記されており、『葬儀屋アンダーテイカー』と『おもちゃ箱トイボックス 』の名前はなかった。

 しかし、同時にリストの中に二つ名をもつ隊員は多く、『殻獣使いテイマー』や『死の雨スコール』など力強い名前に、真也は他の隊員たちがまるでテレビで見る人たちかのようなイメージを受けた。


 そして、その人たちが目の前にいる。


「えーっと……」


 目の前にいる。

 しかし、真也は見た目で誰がどれかを把握することができなかった。

 肌の差や、フワッとした顔の雰囲気の違いは分かるものの、普段同じ民族ばかりの日本に暮らす真也には『みんな外国人』としか区別ができなかったのだった。


 そして、彼の思考を鈍らせるもう一つの理由。


「ふわぁぁ……」


 夜遅くまで起きていたせいで、真也の身体は『睡眠不足』を訴えかける。

 頭を必死に動かそうとしたり、気を抜くと、口からは欠伸あくびが漏れ続けてしまうのだった。


 今日何度目かの欠伸に、少し下から声が上がる。


「ちょっとお兄ちゃん、さっきから欠伸あくびばっかり!

 もうすぐ式が始まるんだから気合入れてよぅ!」

「ご、ごめん、まひる」


 身内の痴態に顔を赤くしながら、キョロキョロと周りを気にする妹の様子に、真也は恥ずかしげに首を縮めた。

 そんな真也に、レイラが質問する。


「真也、昨日、寝れなかった、の?」

「まあ、うん……ちょっとね」

「間宮くん、頼むでー? 我が隊の誇る『ねぼすけクイーン』すら、こんだけシャキッとしとるねんぞ」

「ね、ねぼすけ、クイーン……!?」

「あはは……ふぁ……すいません」

「なんでそんな寝不足なのさ。ずっと資料読んでたの?」

「いやまあ、うん……読んではいたけどさ」


 伊織の指摘に、真也ははっきりとしない答えを返した。

 そんなやりとりに、美咲が申し訳なさそうに声をあげる。


「あっ、あの、わわわ、私のせいでしょうかぁ……? ね、寝言とか、な、何かうるさかったですかぁ?」

「……いや、喜多見さんは悪くないよ」


 気にしないで、と真也は手を振って笑顔を返す。

 が、伊織は真也の言葉に、嘘を聞き取った。


「何があったんだ……ぐぬぬ……!」


 艦内に入る際に電子機器一式は取り上げられており、伊織は真也の身に何があったのか把握できず、不機嫌そうに耳をばたつかせた。


「まあ、慣れぬ環境で体調を崩すこともあるだろう。何かあったらすぐに相談しろよ、間宮」

「は、はい。分かりました」


 欠伸が止まらないせいで隊長の光一にまで心配され、真也は萎縮する。


 昨日の夜、『美咲女子が下にいる』というだけで緊張して眠れなかったとは口が裂けても言えなかった。


 昨夜一晩中、自分の下から、もぞもぞと動く衣擦れの音が続き、どこか色っぽい吐息が聞こえるたびに、真也は眠気が飛んでいった。

 そのたびに資料に目を通して美咲の存在を気にしない様にし、結果、最大の目標である『寝ること』を見失って朝まで資料を読み続けてしまったのである。


「私も、お力になりますよ? 昨日何があったのか、詳しくお聞きしても……?」

「な、苗先輩……」


 苗にまで心配され、いよいよ『お荷物』感が強くなってきた真也はたじろぐ。

 これ以降は、何がなんでも欠伸をするわけにはいかなくなってしまった。


 少しでも得点を取り返すべく、真也は再度資料へと視線を落とす。


「うーん……」


 せめて、この場にいる隊員たちとリストとのすり合わせをしたかったが、やはり目が滑る。


 そんな真也に、ルイスが微笑みかける。


「そんなに緊張されなくても大丈夫。今日は結成式。逆にいえば、まだまだ作戦は先です。先日も話し合いましたが、『心』こそがオーバードの支柱ですからね。

 そういえば……あの中国支部の方、大丈夫でしょうか?」


 ルイスが視線を向けた先は、発着場の壁際の一角。

 一人の少女が座り込み、それを男女が介抱している様に、真也の目に映る。


「本当だ、座り込んでる……ちょっと様子見てくるよ」

「ちょっと!」

「ごめんまひる、すぐ戻ってくるから。先輩、いいですか?」


 真也の、純粋に少女を心配している様子に、光一は頷く。


「ああ、構わん。行ってこい。他国と交流を持つのは悪いことではないからな」

「はい!」


 光一から許可をもらった真也は笑顔を浮かべて頷き、座り込んだ少女に向かって、小走りで駆けていく。


「もう……お兄ちゃん」

「仕方、ない。真也、困ってそうな人、誰彼、構わず」

「間宮、迷子とかでも親めっちゃ探すしね」

「それが間宮さんのいいところですけど……」


 普段の彼を知る彼女たちは、『女の子へ駆け寄る』真也を複雑な表情で見送った。




 真也は中国支部の3人の元へと歩み寄り、うずくまる少女へとハンカチを差し出す。


「大丈夫ですか? よかったら、ハンカチを」

「あ、ありがとうございますー……ほぅー……」


 ハンカチを受け取った鈴玉は、差し出した相手を確認すると元々大きな瞳をさらに大きく広げる。


「ほぅっ!?」

「お気遣い、ありがと……え?」


 鈴玉につられて真也の姿を認めた万姫も、驚愕から言葉が詰まった。


「『化け物グァイゥー』……」


 あまりに急な接触に、紫釉の口から本音がポロリとこぼれ落ちた。

 紫釉の言葉を聞き取れなかった真也は、疑問から視線を向ける。


「え? 何か言いました?」

「なんでも、いや、何も言っていない。気にしないでくれ」


 キョトンとした真也に、紫釉は笑顔を作る。

 彼の人生でも久しぶりの笑顔は、全力の『作り笑い』だった。

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