150 真也の数少ない夏休みの予定 2/3


 真也の数少ない夏休みの予定。その一つは『東異研』からの呼び出しだった。


 津野崎との話し合いを経た真也は、何度か顔を出しているクーの元へと向かう。

 過去自分の異能検査を受けた体育館のような多目的室は、今や完全に『彼女の部屋』となっていた。


 慣れた様子で多目的室へと入ると、クーは既に真也の来訪に気がついていたのだろう、ドアの近くで待機していた。


「しんやー!」

「クー、ちゃんといい子にしてた?」

「うん! してた! ちゃんとやくそくしたから!」

「でも、ドアに近づいちゃダメでしょ? この前約束したよね」

「あっ……ごめんなさい。うれしくてー、えへへ……あれ?」


 満面の笑みで真也に抱きつくクーは、彼以外の人影を認める。

 その視線の先にいたのは伊織。

 和気藹々とした雰囲気に、脱力気味に表情を歪ませていた。


「……めっちゃ懐いてるじゃん」

「え? ああ、まあ、そうかも……」


 真也は頭を掻きながら、伊織の指摘に気まずそうに笑った。


「うさぎのひと」

「よお。命の恩人様だぞ」

「へー……」

「……反応うす」


 伊織は文化祭でキャタリーナとの戦闘を終わらせて命を救ったというのに、クーの反応はあまりにも淡白だった。

 クーは心底不思議、といった様子で口を開く。


「きょうはなんのよう?」

「いつもと変わらないよ。様子を見にね」

「ううん。しんやじゃなくて、うさぎのひと」

「は?」

「なんできたの?」


 クーの無体な言葉に、伊織の頬がひくつく。


「ボクが間宮と一緒にいても何の問題もないだろうが。

 今日は間宮が別の用事で来るって言うからボクもついてきただけだよ。お前から話を聞きにきたんだ」

「それ、しんやだけでもいいよね? なんできたの?」

「てめぇ……」

「まあまあ。子供相手なんだから……」

「間宮! こいつを甘やかすなよ!」


 伊織の再度の指摘にも、真也は困ったように笑うのが精一杯だった。

 最初は『人型殻獣の情報を得るため』とクーと何度も面会しているうちに、少しずつ『情』が湧いてきているのを彼自身感じていた。


 殻獣である彼女の生来は危険な生物かもしれないが、彼女は真也の言うことをきちんと聞き、あどけない表情で真也を慕ってくる。

 つい先日プロスペローへのトドメを躊躇してしまった様な、『人型殻獣を人間と同様に認識してしまう』という自分の甘さを助長するような触れ合いだとも思えたが、それでも彼はクーに対して冷酷な態度を取ることができなかった。


「まあ、うん……あまり甘やかさないよう、気をつけるよ」

「ほんとかよ? まあ、そういう性格は間宮のいいところでもあるのかもしれないけどさぁ……」


 彼の美点であり、同時に最大の弱点でもある『優しさ』。それは『甘さ』でもあった。


 声を上げる伊織に、クーは首を傾げる。


「あれ、うさぎのひと……」

「んだよ」

「しんやのこと、まみや、ってよんでるの?」

「……そうだけど?」

「ぷぷぷー」

「お前ほんと殺す!」


 きゃーきゃーと騒がしくなった多目的室で、真也は脱力から肩を落とした。




 伊織の怒りを嗜めるのにしばし時間を要した後、多目的室の中央で3人は腰を下ろして本題へと入る。 

 いまだ釈然としない様子の伊織は、それでも今日確認したかった内容を語り始めた。


「人型殻獣の名前なんだけどさ。『プロスペロー』、『ぺトルーキオ』と『キャタリーナ』。それから、前に話してたお前の母親『ハーミア』。

 お前の言ってた『ウィル』は、周りから『ウィリアム』とか言われてなかったか?」

「あー、そうかも」

「相手のこと、分かったの!?」


 人型殻獣のボスと思しき『人間』。ウィルと呼ばれていた存在の詳細が分かったのか、と真也は色めき立つ。

 そんな真也に、伊織は申し訳なさそうに肩を竦めた。


「名前だけだよ。『ウィリアム・シェイクスピア』。イングランドの作家の名前だ。

 本人はとっくの昔に死んでるから、間違いなく偽名だろうね。人型殻獣どもの名前は、シェイクスピアの作品の登場人物たちの名前なんだよ」


 ウィリアム・シェイクスピア。それは真也が元いた世界とこの世界の相違、『100年前の殻獣の襲来』前にいた人物であり、真也も名前くらいは知っていたが、『作品』の事となるとほぼ何も知らなかった。


「へぇ……伊織、作家とか知ってたんだ」

「その言い草は腹立つけど……まあ、ボクも、知らなかった。

 気になって調べたんだよ。九重先輩に確認したら、『その可能性は高い』って言ってた」


 伊織は独自に調べ、確認の為に光一にも連絡を取っていた。

 今回真也と共にクーとの面会を希望したのは、その予想の確認だったのだ。


「まあ、分かったところで、『だからなんだ』だけどね。総登場人物が多すぎて人型殻獣の数なんかもわからないし。

 ……ただ、『ウィル』とやらは人型殻獣のことを『自分の作品』だと思ってる。そのクソみたいな理念は伝わってくるって話。たぶん『超宇宙自然主義者』だろーな」

「超宇宙自然主義者、か……」


『超宇宙自然主義者』。


 それは『殻獣は宇宙から来訪した新たな仲間』という理念のもと、殻獣保護活動を訴える者たちであり、殻獣から得られたテクノロジーを否定し、自然の中で暮らす事を是としている集団だ。

 時たま『営巣地を柵で囲み、管理するなどというのは人間のエゴである』とデモ活動を行い、過激派の団体ともなると営巣地の柵の破壊を目論むものまでいる。


 そこまで過激化した人間たちの末路は、大体が『対話ができると思った』と営巣地に無断で踏み込み、命を落とすことになるのだが。


 そのような理念のため国疫軍とは相容れず、多くの活動家や活動団体は異能者防疫連盟や大多数の国から指名手配を受け、危険団体登録がなされていた。


 伊織は今回分かったことから、さらに予想を広げる。


「あとは……」


 文化祭で、まひるに持たせたスピーカーから聞こえてきた会話。


『ていうか……短髪で、女の……もしかしてあんた、ジュ——』


 クーと出会ったキャタリーナが口走った『ジュ』という、名前の一部と思しき言葉。その続きはクーの不意打ちにて遮られたが、『ジュ』から始まる、シェイクスピアの作品の登場人物について、伊織は心当たりがあった。

 作家はおろか普段読書をあまりしない伊織ですら予想できる、有名な『少女』。


 ジュリエット。『ロミオとジュリエット』のヒロイン。


 その物語は、争う二つの家に生まれた2人が惹かれ合う恋物語。


 それはまるで、『人型殻獣』であるクーと、『国疫軍人』である真也のことのように思え、単なる名前、記号としてのものだとしても伊織には認められないものだ。


 それと同様の内容をまひるが聞いていたかは分からないが、まひるがこの予想にたどり着いたとき暴走することは伊織にとっては明白だった。

 自分もこれが本当だった場合……クーの本当の名前が『ジュリエット』だった場合、自分もロミオとジュリエットの物語の過程をすっ飛ばして、ジュリエットに結末を迎えさせてやりたくなるかもしれない。


「あとは、何?」


 急に黙り込み、難しい表情を浮かべる伊織に、真也は言葉の続きを催促する。

 伊織は仄暗い感情を心の奥底に押し込めると、ひらひらと手を振った。


「いんや、なんでもない。さ、もういいだろ、帰ろうぜ」

「う、うん」

「えー、しんや、かえっちゃうのー?」

「今日お前に会うのはついでなんだよ。ぶーたれるな虫野郎」

「伊織」

「ぐにゅ……」


 言い方を注意され、頭を掴まれた伊織は眉尻を下げて笑い、クーは「あたまなでてもらってずるい!」と文句をこぼした。




 二人はクーの元を離れ、多目的室を後にした。

 ブラブラと歩き出しながら、真也は伊織へと話しかける。


「さて、帰ろっか」

「なあ間宮、一緒にゲーセンでも行かない?」


 伊織からの提案に、真也は笑顔を作る。


「いいね。どこにしよっか」


 何度か軍務に参加し、また普段はあまりお金を使わない真也は、夏休みくらい遊びに行って散財しても良いだろうと二つ返事で快諾する。


「場所は……花袋のゲーセンでいいんじゃない?」

「……いいの?」


 花袋。それは4月に二人でゲームセンターへと行き、伊織がナンパされた場所。

 その時の彼の怖がりようを覚えている真也にとって伊織の提案は意外なものだった。


「別に。どうでもいい。

 ……間宮、わざと花袋を避けてくれるのは嬉しいけど、ボクそんな気にしてないから」

「そっか」

「それに、もしまた『あいつら』に会ったら『有無を言わさずボコボコにする』って決めてるからヘーキ」

「そ、そっか……」


 怒り心頭といった様子で拳を掌に打ち付ける伊織の様子に、真也は『考えすぎだったか』と考えを新たにする。

 『オーバード』であることの自信があるのか、前の世界の伊織よりも今の伊織の方が好戦的で、性格も(まだ)社交的な方だと真也には感じられた。


「そういや、津野崎先生との面会、何だったの? 夏休み前にもなんか残って話してたけど」

「あー、それは……」


 夏休み前に面談をし、そして今日、東異研でも真也は津野崎との話し合いを設けていた。

 その内容は誰にも話していなかったため、伊織はその内容を気にしているようだった。


「話せない事なんだったら別にいいけどさ。ボク、その……し、親友だろ?」

「いや、話せないってわけでもないんだけど……うーん」


 伊織が詰め寄っても、真也は苦笑いと共にはぐらかしてくる。

 伊織は『教えてもらえない』ことに小さく傷つきながらも、笑顔を作る。 


「……まあ、いいよ。間宮が話したいと思ったら、教えてくれればいいから」

「うん、ありがとな。そうする。ホント、話せないわけじゃないんだけど、なんていうか……恥ずかしいというか」

「なにそれ」


 恥ずかしい、という意外なワードに伊織は笑う。

 そうして、思い出したように自分のポケットから小さな箱を取り出し、真也へと手渡した。


「あ、そうだ。これあげる。……さっきあげときゃよかったな」

「なにこれ?」

「いつも遊んでくれてる礼だよ。中身はスマホバッテリー」

「へぇ……開けていい?」

「どーぞどーぞ」


 真也は丁寧に包みをはがし、包装用紙をきれいに畳んでポケットへとしまった。

 そんなところまで丁寧な真也に伊織がきゅんきゅんとしている間に、真也の手元にはメタリックで平べったいバッテリーがその姿を現す。


 スマホバッテリーにはメタリックな質感に合う、マットな刻印があった。


「……こげぶた?」


 バッテリーの表面には、自己主張はしてこないものの、たしかにうっすらと『こげぶた』の刻印がある。

 焦げ目のついた子豚が涙目を浮かべながらじっと真也の方につぶらな瞳を向けていた。


「可愛いだろ?」

「お、おう」

「あ、こげぶただからって妹にやるなよ。ちゃんと間宮が使ってくれよな。充電すれば何度でも使えるから」

「分かった。へー、結構しっかりしてるな。ありがとな伊織、貰っとくよ」


 伊織は、真也の喜びように頬を緩ませ、ひらひらと手を振る。


「いーよいーよ」

「よく見るとこげぶたの刻印もいい感じかも。伊織、これ高くなかった?」

「ううん、全然」

「でも、なんでまたモバイルバッテリー? 前、ちっちゃな人形くれたろ?」

「え、そりゃ前の奴のでん……」

「でん?」


 でん。

 首を傾げる真也に、伊織は慌てて手を振る。


「なんでもない。でん……電化製品の方がいいかな、って。間宮主婦っぽいし」

「んー、まあ、嬉しいけどさぁ」


 なんとか真也が納得し、伊織は胸を撫で下ろす。


 間違ってもプレゼントの理由を悟られるわけにはいかない。


『前にあげたマスコットの内蔵電池が切れて盗聴器が機能しなくなったため、今度は電源確保の容易なスマホバッテリーに盗聴器を仕込んで渡した』


 などとは、口が裂けても言えなかった。


「今度、なんか俺からもプレゼントするな」

「え!? ……いいの?」

「いいも何も、俺ばっかりもらってちゃ悪いだろ」


 ニコニコと笑う真也に、伊織は提案する。


「うーん、だったら、間宮の手料理とか食べてみたいかも」

「手料理?」

「家で料理してるんだろ? この前作ったとかいうグラタン食いたい」

「え、うん、まあ、作ったけど……。まあ……そんなので良ければいつでも食わしてやるよ。今度、うち来る?」

「はい神」

「神?」

「へへ、なんでもない。さ、行こうぜー」


 伊織は意図せず真也の家へのお呼ばれを獲得し、ホクホク顔で歩き出す。


「確か間宮の家って、関ヶ谷せきがやだよね。行くとしたら、泊まりかなー」

「うん。そうだけど……」


 自分が歩き出してもその場を動かず、困惑気味な真也の声に伊織は振り返る。


「何?」

「俺、家の話したっけ? グラタンも……」


 家でグラタンを作ったこと、関ヶ谷せきがやに住んでいること。


 それは果たして『本人の口から直接聞いたことだったか』。


 記憶があやふやな伊織は、焦って声を上げる。


「え!? あ、いや、したよ、したした!!」

「そうだっけなぁ?」

「そうだよ! ま、まあいいじゃん、どうでもいいってそんな事! さっさとゲーセン行こうぜ!」

「ちょちょちょ、引っ張るなよ伊織!」


 伊織は内心ドキドキしながら、うやむやにするために真也の手を取り走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る