149 真也の数少ない夏休みの予定 1/3


 夏休みが始まり、真也は数少ない予定の一つである『武装のメンテナンスと調整』を済ませるため神野かみのの結城武装店へとやってきていた。


「いらっしゃい。おう、坊主か……おや、知り合いか?」


 今回、真也は本人の希望を受け、苗と二人で結城武装店へと来ていた。


 苗は蛇の鱗を隠すため夏であっても肌をあまり露出できない。

 そのため、淡いベージュ色のゆったりとしたカーディガンを羽織っており、色合いを含めて夏の避暑地へと赴くお嬢様といった格好だ。


 苗はゆっくりと頭を下げると、公孝へと挨拶する。


「妹です。先日はナイフの整備ありがとうございました」

「お、おう……?」


 妹と言われても、大人びた苗の様子はどう見ても真也よりも年上に見え、公孝は蓄えた顎髭を撫でながら首を傾げた。


「せんぱぁい!?」


 急に何を言い出すのかと真也は驚き、二人の会話に割り込む。必死な真也の様子に、苗は口元に手を添えて笑った。


「ふふふ、冗談ですよ、真也さん」

「先輩、そんなキャラでしたっけ……」

「真也さんのおかげで、少し明るくなれたかもしれません」

「……そう、ですか」


 苗が冗談を言っているところを真也はあまり見た事がなかったが、文化祭の時も併せて徐々に明るくなっているように感じていた。

 それが真也のおかげだと言われると少し嬉しい気持ちになり、苗の冗談に破顔する。


 そんなほっこりとした笑顔を浮かべる真也を見ながら、苗は心の中で呟く。


(真也さん、チョロすぎます。ここまでくると、むしろ不安……)


 真也のチョロさに苗が思案していると、二人に対して公孝が咳払いを鳴らし、真也は慌てて苗のことを公孝へと紹介する。


「俺の学校の先輩の、苗さんです」

「そうか。で、苗さんとやらはどう言ったご用件で?」

「失礼しました。お名前は伺っております、結城公孝さん。私は、九重苗と申します」


 苗の自己紹介に、公孝は息を飲む。


「九重……か」

「はい。『その』九重です」


 短いやりとりだったが、それだけで武装屋の公孝には『世界的に著名なオーバードの武道の家元』であるということが的確に伝わった。


「……またどうしてウチみたいな店に」

「大戦鎌、拝見しました」


 苗は自分で持っていた大きな鞄をカウンターへと乗せる。


「結城様の大戦鎌の出来に感銘を受けまして、今回、私の武装のメンテナンスをお願いしたく参りました」


 真剣な眼差しの苗に対して、公孝は顎髭を弄りながら困惑の表情を浮かべる。


「結城様、ってそんな風に言われてもなぁ。それに、九重流ともなればその道のプロがいるんじゃねぇか?」

「……九重家の契約武装店が、現在足りていないのです。兄も方々へメンテナンスを出し、今『贔屓先を探しているのです』」

「ほぉう……」


 このメンテナンスの出来次第では、太い客の獲得につながる。

 武装屋としての自負を持つ公孝は、ただでさえ強面の頬を吊り上げ、意図せず犯罪者もかくやという笑顔を作った。

 公孝が苗の言葉に返事するよりも早く、店の奥から一人の女性が飛び出してくる。


「やりまぁす☆ うちの父が全力でメンテしまぁす☆」

「夢子!? 馬鹿お前ひっこんでろ」

「え、あ、えっとメイド?」

「この店の店員さんで、店長の娘さんの夢子さんです」

「え、はい? はい……え?」


 もはや恒例となった夢子の強襲に対して、真也は冷静に苗へ紹介する。

 彼の冷静な様子すら、『この状況は普通なのか?』と苗の混乱を深める一因となっていた。


「ど、どうも……」

「ゆめりんですっ☆ 九重流の家元さん、うちの武装の良さが分かってるなんてさすがですね☆ さすがさすがっ☆」


 真也は夢子の急な襲来を既に経験していたため特に驚くこともなく、『やっぱり、初回は驚くよなぁ』と苗の反応を生暖かい目で見ていた。




 苗は夢子の襲撃に困惑したものの、武装の薙刀を公孝に預け、二人は店を後にする。

 夏の日差しの中、苗は真也へと声をかける。


「これで用事は済みましたが……真也さん、このあとはお暇ですか?」

「え? ええ。特に用事はないですけど……」

「なら少し、食事でもしませんか?」


 このあとは特に用事もなく家にまひるもいないため、昼食をどこかで取るというのは真也にとって魅力的な提案だった。


「いいですね、どこに行きましょうか」

「私の行きつけのお店があるので、よろしければ一緒に……」


 にこやかに話す二人を見守るふたつの影が、近くの植木の中にあった。


「出てきたな……」


 かちゃり、と眼鏡をあげて呟くのは光一。


「なあ、もう帰ろうや」


 そんな光一に連れられて、一緒に植木の中に身を潜めていたのは修斗。


「……嫌なら帰ってもらっても構わんが」

「いや、帰らんけど……なあ、なんでこんなこそこそせなアカンねん」


 修斗は急に『今日は予定があるか』と声をかけられ、合流したところ有無を言わさず『真也と苗のおでかけの監視』に駆り出されたのだった。


「苗は……できた妹だ」

「おっ、唐突な妹自慢」

「しかし、こと間宮に関するとなると、少しばかり思慮が欠け気味だ」

「優しく言ったなー。ポンコツになる、でええと思うで。ほんで?」

「今日の朝、苗は出かける前に『食事を用意しなくていい』と言っていた」

「そら……いまから二人でご飯行くんやろ? なら何もおかしくないやろ」


 修斗の言葉に、光一は首を振る。


「違う。夕食もいらないと言ったのだ」

「……はぁーん。あほくさ」


 光一の言葉から苗の思惑を理解した修斗は狼の耳と尻尾をへにゃりとさせる。

 帰るべく茂みから出ようとするが、光一は修斗の腕を掴むと彼を引き止めた。


「おいまて修斗、どこへいく」

「いやまあ、光一お兄ちゃんの言いたいことも分かるけどな。妹が一世一代の勝負かけてるんやろ? ほっといたれや。出歯亀でばがめが過ぎるで」

「まて修斗」

「もう、なんやねん」

「さっきも言っただろう。ポンコツになる、と」

「それ言ったん俺やけどな」


 修斗のツッコミを無視し、光一は真剣な表情で言い放つ。


「俺には、うまくいくとは思えん。必ずどこかでやらかす」

「やらかすかー。うん。ほんで?」

「それをサポートするのが、今日の目的だ」


 光一から明かされた作戦に、修斗はニヤリと笑う。


「ほーん。お兄ちゃん的にはワンナイトなラブはオッケーってことか?」

「そういうわけではない。いや、苗の人生だから好きにしていいと思うが……いやしかし、きちんと手順を踏んでだな。

 それ以前に、間宮がどう思っているのか確認が必要だろう。見たところまだ手も繋いでいない」

「そら、別に恋人ちゃうねんから」

12:00ヒトフタマルマルでその状態なのに、夜に間に合うのか?」

「間に合わせるべく、苗ちゃんが頑張るわけやろ?」

「いや、間に合うはずがなかろう」

「ほな、それを手伝いにきたっちゅーことか? お持ち帰りの手伝い? めっちゃ嫌やねんけど。帰っていい?」

「だめだ、まて修斗」

「さっきは帰っていいって言ったやんけ!?

 なんで俺、九重さんの恋愛事情に首突っ込まなあかんねん、もー……。

 大丈夫やって。苗ちゃん可愛いから夜までにええ感じになるって」

「何を言っている。絶対に間に合わん」

「なんやねん。光一お兄ちゃん、かたくなやな!」

「間に合わせない……間に合わないのだから、それなりの高校生らしい交友をだな」

「本音でたぞ。……苗ちゃんを間宮くんに取られるの嫌なんやな?」

「そんなわけがあるまい。俺は間宮と苗の間柄は全面的に応援している。しかし、性急すぎないか、と言っているのだ」

「なんやねんめんどくさいなこいつ」


 どうやら、光一は苗のこととなるとポンコツになるようだった。


 やりとりを続ける二人の近くで茂みががさりと音をたてる。


「兄さん、田無さん……何故こんなところに?」


 茂みに隠れる二人を上から見下ろしていたのは、苗だった。


 会話に集中しすぎたせいで見つかってしまった修斗はたじろぐ。


「あっ、とぉ……」

「奇遇だな、苗」


 こんなところを見つかっても冷静な光一に、修斗は逆に感心した。


「兄さんは夏休み、植木の中にいるのが趣味なんですか?」

「違う。これには深い事情があってな」

「せ、せやせや……あのー、な?」


 修斗も、光一さえも見たことのない怒りを孕んだ苗の視線に二人はどう言い訳するかと頭を悩ませていた。


 そんな現場に、幸か不幸か真也が合流する。


「あ、九重先輩! 田無先輩も!」

「よ、間宮くん。えーっと、その、奇遇やな」

「奇遇だな、間宮」


 真也は場の空気を読んでか読まずか、二人に提案する。


「今苗先輩とお昼に行こうかと話してまして。よかったら、先輩たちもどうですか?」

「真也さん……?」


 真也の提案に、苗は目を丸くして驚く。そして真也から見えないように、二人に向かって絶対零度の視線を投げかける。

 光一はそんな苗の視線を受け、返答する。


「ふむ。行こうか間宮」

「うそやろ」


 光一の強心臓に修斗は愕然とし、真也は嬉しそうに笑う。


「ええ、ぜひ!」

「……真也さんがそう仰るなら」


 そんな真也の反応を見て、苗は渋々了承の声を上げた。


「どこに行く予定だったのだ?」

「ステーキハウス『エヴァンへリオ』に」

「待て、それは早計だ。和食割烹の『ひろ江』の方がよかろう」

「……なぜですか?」


 自分のプランを否定されムッとする苗へ、光一は自慢げに眼鏡を上げて理由を説明する。


「苗、間宮の服装を見てみろ」


 全員の視線が真也の上着に向かう。今日の真也はTシャツの上から白い半袖シャツを上から羽織っていた。


「ステーキソースが飛ぶ、という可能性を考慮したか?」

「私としたことが……そんなことにも気がつけないなんて。なんたる事……。

 悔しいですが……でも、ありがとうございます、兄さん」

「構わん。間宮の年齢を考えれば満腹感の強いステーキハウスの選択も間違いではない。さあ、『ひろ江』に行くぞ」


 言動はともあれカッコ良く踵を返し歩き出す光一に、真也はおずおずと質問する。


「あ、あの……割烹って、高いんじゃ」

「何を言っている」

「何言ってるんですか」


 質問に対し、九重兄妹は声を揃える。


「「おごりに決まっている」じゃないですか」

「えっ……それは、その……」


 何を当たり前のことを、と言い放つ二人にたじろぐ真也の肩を、修斗が掴む。


「うん。もう俺は何も考えへん。間宮くんも頭からっぽでいこ。ゴチになりまーす」


 明るく、かつ脱力気味の修斗の宣言と共に、四人は歩き出す。


「兄さん、昼食が済んだら帰ってくださいね? 直ぐに、即刻」

「それは、その場で決めるべきだ」

「私、先に武装を預けたことを後悔しています。心から」

「ふ、言うようになったな」

「……もういやや、この兄妹」


 兄妹の空中戦を真也の視界に入れぬよう、修斗は今日一番活躍することとなった。

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