146 試験


 真也、レイラ、伊織と美咲は夏の日差しの中、営巣地を駆け抜ける。


 普通の人間なら気温も併せてすぐに息が上がってしまいそうな全力疾走。

 しかし、九重流の稽古によって自分の限界点を再認知した真也と美咲も、汗一つ垂らさず軽快に森の中を走り続けていた。


 伊織を中心に置き、レイラと真也が前方を走り、後ろからの襲撃に美咲が備える。

 この陣形は、どこから襲撃を受けても即座の対応を行える。彼らがお互いの異能を把握し、信頼関係を結んだことを表すものだった。


「間宮、2時方向」

「分かった」


 伊織の報告を受け、真也は異能を発現する。


 直後飛び出してきた蛾のような殻獣は、薄さと相反して通常兵器であれば歯が立たない翅を砕かれ、地面に落ちていく。

 地面に叩きつけられた本体も上空からギロチンのように迫りくる棺の盾に体を二分されて断末魔の鳴き声を上げるが、お構いなしに何度もギロチンは振り下ろされた。


「……真也、進もう」

「分かった。行こう」


 文化祭の一件以降、真也は意識的か無意識的か、殻獣に対して入念にとどめを刺すようになっているようにレイラには思われた。


「ま、間宮さぁん! 危ない!」


 美咲の叫び声の直後、銃声が響く。

 美咲の手にあった異能物質の小銃が火を吹き、一体だけ残っていた蛾の殻獣も体を貫かれ地面へと落ちた。


「……ごめん、ありがとう。喜多見さん」


 礼を言う真也と、恥ずかしそうに頭を掻く美咲の間に、伊織が割り込む。


「間宮の援護って、無駄打ちじゃない?」

「た、たしかにぃ……すみませぇぇん……」


 真也の身が危なくなった際、彼の異能である棺の盾は自動で彼を守る。

 そんな彼への援護射撃は確かに無駄玉と言えなくはないが、真也は伊織の言葉に眉をひそめる。


「伊織、言い方」

「ぐぬっ……ごめんって。言いすぎた」


 いつものように真也に頭を掴まれた伊織は大人しく謝り、真也は昔の……前の世界での伊織とのやり取りを思い出して1人心の中で懐かしい気持ちになった。


 そんな3人へレイラが声をかける。


「クリア?」


 未だ作戦中であり、レイラからの言葉に真也は急ぎ姿勢を正す。


「く、クリアだと思う」

「クリアだよ。周りに殻獣の音なし」


 伊織の言葉を受け、レイラは3人へと指示を出す。


「分かった。次の地点、移動開始」




 そんな4人の作戦行動を、作戦本部で1ーA担任の江島と異能顧問の津野崎は眺めていた。

 配備されたドローンからの映像を確認した江嶋は唸る。


「……あれが噂の」

「ええ。どうですかネ? 初めて見る感想は?」

「確かに強力ですが、こう……いまいち強さがわかりにくいな、とは」


 江島の言葉に、津野崎は笑う。

 たしかに、『この程度』では彼の異能の強さを測ることなどできないだろう。


「まあ、彼の異能は他のハイエンドと比べると地味ですからネ、ハイ。

 でも、そろそろその本領発揮じゃないですか?」


 津野崎はモニターの一つに目線を移し、江島も釣られて画面へと目をやる。


 そこには、大量の蛾の殻獣。


「次は……ふむ、群か」

「見ててくださいネ、江島さん」


 どれだけ数がいようと、それでもこの程度の営巣地では、先ほど言った本領を真に見せることないだろう。

 それでも、目にわかりやすい『比較対象』が現れたことに津野崎は微笑んだ。




 一方、群れに近づく4人。伊織の耳が羽ばたきの音を拾い、警戒の声を上げる。


「前方から群! 鱗翅種りんししゅ、30以上!」

「レイラ! 迎え撃つ?」

「突破敢行。これ以上、タイムは、下げられない。この4人なら損害は出ない」

「でも……」


 群の中に突っ込んでいく、という行動に真也は二の足を踏むが、レイラはその言葉を塗りつぶす。


「真也、筆記、出来た?」

「う……」


 真也はたじろぐ。


 今作戦は、東雲学園の期末テストの実地試験だった。

 東雲学園は他の士官学校と同じく、学期末試験に『実地』が含まれており、指定の営巣地にて実際に軍務を行うもので、移動タイムや撃破数が大きく成績に反映される。

 期末テストの筆記で得た得点と、実地試験での合計点が成績に反映され、内容いかんによっては夏休み中に補講が行われるのだ。


 彼の学力がとりわけ低いわけではないが、東雲学園の筆記試験は日本有数の士官学校の名に恥じぬ難問揃いであり、レイラの心配通り、真也の期末テストは散々たる結果だった。


 真也は必死な形相でチームメンバーへと振り返る。


「突っ込もう、みんな!」

「ははは、身から出た錆だな間宮」

「言い返す言葉もない、よッ! 全部俺がやるから、みんな乗って!」


 真也は異能の盾をいっせいに発現し、駆け出す。

 それぞれの足元にも棺が出現し、3人は飛び乗った。




 採点用のドローン映像を見ていた江島は、彼らの判断を受けて手元の書類に記入する。


「ふむ、待ち受けずに直進。タイム重視か……。結果によっては減点だが……」

「ふふふ、どうでしょうネ?」


 ニヤニヤと笑う津野崎の意味ありげな言葉通り、ドローン映像には驚愕の結果が映し出される。


「な……全撃破……?」


 真也たちが進む先の群れは、彼らへと到達する前に先遣隊ひつぎのたてによって撃破されていく。

 彼らが群れの『いた』場所へと到着するころには、その場に残っているのは砕かれた死骸のみだった。


「今回は鱗翅種りんししゅでしたから分かりづらいですが、間宮さんの異能は『大型イソポダ種』までならノータイムで撃破が確認されています、ハイ」

「イソポダ……ダンゴムシ型か……ならば、どのような殻獣でも一瞬で撃破可能ということか」

「ええ。まあ、そうなりますネ。ほぼ全てですネ」


 『ほぼ』とつけることで、津野崎は嘘をつくことなく江島の言葉を肯定する。

 江島は驚いたように猫耳を動かし、感嘆の声をあげる。


「それは……すごいな……」

「例えば、彼に一週間分の食料を渡し、ただただ営巣地を歩いてもらうだけで除染が完了しちゃいますネ、ハイ。

 指示を出せる最大距離が分かりませんから、もしかしたら近くに行ってもらい、異能発現、攻撃指示。

 それだけでも除染が完了するかもしれませんネ。彼の特筆すべき『自動攻撃』とは、そういうことです」

「自動防衛だけではなく、か……」

「ええ。設置位置を守る異能は、マテリアル『鷹』や『狼』でも確認されていますが、『どの場所までを防衛地とするか』という設定が必要です。彼は……」

「まさか、それがないのか!?」

「ええ。本人に聞いたところ、『そんな難しいことを考えたことなかった』だそうですよ、ハイ」

「考えたこともない……と言っても、普通は範囲を指定せねば異能は発現しないはずでは」


 真也は知らぬことだが、本来『防御』や『攻撃』を行うマテリアル異能には、本人が細かな指示や範囲指定を行う必要がある。そして、場所を指定した上で、異能が発現されるのが、一般的なオーバードの異能発現手順だった。


 彼自身はなんとも思っていないが、全く見えていないはずの鱗翅種の殻獣すら破壊されていく映像は、ほかのオーバードから見れば本物かどうか疑わしくなるほどの異様なものなのだ。


「地味だけれども、『底が知れない』。まさにハイエンドじゃないですか、ハイ」


 にやり、と笑う津野崎は、まるで自分のことのように誇らしげだった。




 4人は規程のコースを走り切り、保安線の外へと到達する。


「終わったー!」


 真也は安心から、ぐ、と背伸びをして安堵の声を漏らし、レイラはそんな真也へと微笑む。


「お疲れ様」

「お、お疲れ様ですぅ……」

「いやー、楽できた。これは二学期もよろしくなー、間宮」

「ははは。まあ、俺は伊織が戦うとこもちょっと見てみたいけどな」

「え?」

「まひるが昔、伊織は『綺麗な戦い方』だって言ってたから」

「ふぅん。もう一周する?」


 伊織の提案を、真也は笑い飛ばす。


「あははは、なんでだよ。次の班の分なくなるでしょ」

「結果、出るよ」


 試験を終えた開放感から饒舌になったメンバーに、レイラが話しかけ、成績表示時用の電光掲示板へと4人の視線が集まる。

 得点は、194点。200点満点の採点としては、最高に近い結果だった。

 ずらっと並ぶ小隊名の一番上に、真也たちのグループ、『Aクラス第12分隊』の名が躍り出る。


「一位! やったね」

「減点はどこなんだろ?」


 伊織の言葉に、レイラは手元のタブレットを不慣れな手つきでいじる。


「……殻獣、撃破数報告、2件漏れ」

「ごめん、俺のせいかな……? 俺が遠い奴も倒しちゃったから」

「だとしたら、ボクの耳の精度を信じて確認を飛ばしたんだから、ボクのせいでもあるよ。気にすんなって」

「うん。よくある、こと」


 自身から離れた位置の殻獣をも撃破した真也は申し訳なさそうに背を縮め、伊織がそんな真也の背をたたき、レイラも微笑む。


 そんな彼らのもとに、Aクラス第11分隊の直樹が走り寄る。 


「すごいね、レオノワさんのチーム。さすがだね!」

「あ、ありがとう」

「やっぱ、ネームドが2人もいるとそうなるよなぁ」

「う、うん。まあ……」


 レイラは、そろりと視線を逸らす。

 本当は真也の異能によって大量の撃破数、作戦時間の短縮が行われたが、ほかの人間からすればネームド2人……シームストレスレイラバレットラビットいおりの存在がこの結果を生み出したのだろうと考えて仕方のないものだ。


「いいなぁ、間宮……今回の班分け、なんか作為を感じるよなぁ……軍務の大隊分けもそうだし……」


 ぶつぶつと小言をこぼす直樹の背後には、いつのまにか姫梨の姿があった。


「はいはい、文句言わなーい。それ以上言うと司令部への反目で軍法会議だぞぉ?」

「桐津!? 怖いこと言うなって!」

「あはは。さ、次はアタシたちなんだから。行くよー、葛城クン」

「お、おう」


 姫梨に連れられ、直樹は4人の元を離れ、去っていく直樹の背を見ながら、真也はボソリと呟く。


「いつまで隠せるかな……」


 今回の作戦は、担任の江島や、採点を行う教師陣しか見ていない。

 クラスメイトたちの前では未だ異能の盾を出したことはないが、それをいつまで続けられるのか。


 不安そうな真也へ、伊織が声をかける。


「隠す方がいいって言うのも最終的には間宮の希望だし、津野崎先生も、日本支部登録だって前置きすりゃ言って構わないって言われたんだろ?」

「……うん、まあ」

「それで悩むくらいなら、もういっそ明かしちゃえば?」

「でもなぁ……まひるにまで迷惑がかかるかも知れないし」


 ハイエンドオーバードであることが広く知られれば、ほかのハイエンドと同じく、多くのマスコミが自宅まで押しかけるのではないか。

 真也の懸念はそこだった。


「ああー、なるほど」

「マスコミ、怖いのは、よく……わかる」

「落ち着いてきたとはいえ、レイラも大変だったもんね」

「うん……」


 げんなりとするレイラと真也は、万全のマスコミ対策を持つ少女をちらりと見る。


「ひゃ、ひゃい!? ななな、なんですかぁ……?」


 おどおどとする美咲に微笑むと、真也はもう一度伸びをする。


「さぁて。これで一学期もほぼ終了かぁ」

「夏休み、楽しみ」

「だね!」


 この世界の夏休みは、真也のいた世界と違い、9月の半ばまである。

 ただでさえ長かった夏休みがさらに半月伸び、真也は得した気分でほくほく顔を浮かべる。


「ま、軍務はちょこちょこあるだろうけど、大型の休みだもんな」

「え?」

「え?」


 真也は首を傾げ、真也の反応に、伊織も同様に首を傾げた。

 真也は、確認のため伊織に聞き返す。


「……夏休みも軍務あるの?」

「え? あるよ普通に」

「むしろ、夏は、殻獣の活動、活発」


 レイラの補足に、真也は肩を落とす。


「そう……なんだぁ……」

「え、なに間宮、9月半ばまで丸々休めると思ったの?」

「思った……思ってた」


 真也以外の生徒たちは夏休み中の軍務を『当たり前』としていたため、普段の話題に上がることがなかった。

 真也は、やはりこの世界は自分のいた世界とは違うのだな、と再確認し、頭の中で夏休みの予定の見直しを始めた。

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