134 緊急作戦会議


 津野崎の言葉を受け、真也たちアンノウンのメンバーは急ぎラウンジに集結する。


 それぞれ大急ぎでやってきたのだろう、真剣な表情の光一は『たこやきさん』と書かれた可愛らしいエプロンを着ており、その落差に不謹慎ながら真也は吹き出しそうになった。


 真也からの説明を聞いた一同は、真剣な表情で考え込む。


「クーを……人型殻獣を逃した、って……まじっスか……」

「間宮クン好かれとったからなぁ、会いにでもきたんちゃうか?」

「だとしても……文化祭のことなんて知る方法なかったのに」

「その点については今議論していてもしかたあるまい。

 間も無くレオノフ少将が東雲学園に視察に来る。そこでクーのことを知られるわけにはいかん」


 一番の懸念は、レイラの父親、レオノフがこのタイミングで学園に来るということ。


「レオノフ少将はアンノウンの存在こそ知ってはいるが、その内容は『知る立場にいない人間』だ。

 ましてや、人型殻獣を日本の異能研究所が確保しているなど……日本国内ですら危うい話が、瞬時に国際問題に発展する」


光一はいつものように眼鏡を上げて気合を入れる。その動きとともに、たこやきさんもクイ、と動いた。


「デイブレイク隊で、学園の生徒や一般職員、来場客にも気づかれることなくクーを発見し秘匿する。

 我々のみでも捜索するが、15分後にグリーンウッド曹長がマスコミ偽装ヘリにて学園上空を通過する。未発見時は曹長の『波紋』にて位置を特定、一気に確保へ向かう。

 今回の作戦は隠密性が重要だ。学園の一般生徒にも、来場客にも気付かれてはならない。

 そして何よりレオノフ少将に感づかれることなく、ご帰国いただく必要がある。故に、レオノフ少将への偽装作戦は念入りに行う」

「偽装、作戦……」


 レオノフへの偽装作戦、という言葉にレイラはたじろぎ、彼女の予想通りの言葉が続く。


「偽装作戦にはロシア支部のアンノウン『赤の広場』の援護も得られている。といっても『家族と共に楽しんでもらう』だけでいい。

 第一目標は学園から離れてもらうこと。それが不可能そうであれば一箇所に留まるよう誘導し、その周りに小型の殻獣の隔離音波機を設置する。

 ……レオノワ。お前にしかできない。やってくれるか」


 光一の視線に、軍行動であれば一切のためらいを見せないレイラは「う……」と小さく唸った。

 そんな彼女の様子に、伊織が疑問の声を上げる。


「なあ、レオノワ。なんでそんなに父親のこと苦手なんだ?

 この前の合宿の時の感じから確かにめんどくさい親だとは思うけどさ、それでも嫌いすぎじゃない?」

「……あの人は、話、聞かない。他人に、興味がない。

 全て、自分の思い通りに、行動する。

 私に、過保護なのも、あの人が、そうしたいだけ。

 ……だから、母に、逃げられる」


「え、レオノワの家って離婚してたの?」


 『母に逃げられる』。レイラの両親は離婚をしているのか、と驚いたのは伊織だけではない。

 真也も驚いて口を開きそうになったが、それよりも早く、光一が場を締める。


「それ以上は個人の話だ。後日にしてくれ。

 レオノワ……個人的感情であれば、抑えてくれるな」


 レイラは一度深呼吸してから、青い瞳を前に向ける。


「……はい、隊長。

 まずは、学園から遠ざけ、不可能そうな場合、1ーAの喫茶店に、留まるよう、行動、します」


 レイラの復唱に光一は頷き、全員を見渡す。


「よし。では、作戦を伝える。今回の本来の作戦は、必要最低限の職員と理事長しか知らん。表向きには、404大隊としてレオノフ少将の護衛任務合流、としてある。

 作戦大目標は、クーの保護、秘匿。

 東異研からクーが消えた、そして近似存在の情報があった。この二つの情報から『クーがこの学園にいる』というのが確定したわけではない。しかしながら、その可能性を考慮し、プランAとして初期作戦を展開する」


 全員が、待ってましたと言わんばかりに気合いを入れ、そんな面々に光一は僅かに頬を持ち上げた。


「メンバーを割り振る。文化祭が滞りなく進んでいるように偽装するためにも何人かはクラスへと戻ってもらう。まずは捜索に押切」

「だろうね。すぐに見つけてみせるさ」

「続いて間宮まひる」

「はい!」


 まひるはぐっと握り拳を作り、やる気を露わにする。デイブレイク隊で捜索といえば、この2人を他においてない。

 まひるも伊織もお互いに負けられぬ、と熱意を燃やす。


「すぐに見つけて捕獲します!」

「いや、捜索だけで良い。無理はするな。

 ルイス、見つけた際の確保を」

「了解です」


 いざクーと鉢合った際は、捕獲できる人員が他に必要であり、先日の模擬戦で見事な勝利を収めたルイスが選ばれるのは必然だった。

 

「喜多見、お前も肉弾戦で戦えるラインの肉体強度だ、出てもらう。学園祭の中で派手な異能は使えん。留意するように」

「はいぃぃ……」

「……無理はするなよ?」

「はひ!」


 光一は美咲も捜索班として起用する。

 それは作戦に必要な人物というよりも確認の為。


 彼女は多くの戦場で活躍している『トイボックス』。しかし、現在の美咲の様子からその印象がまったく見受けられない。

 『トム』に頼らぬ作戦行動に慣れてもらうためにも生死のかからぬ今回の作戦に起用し、同時に彼女の『本質』と『実力』を確認しようと考えていた。


 そして、捕獲要因として三人目の人物。


「修斗、出てくれ。お前が現場指揮を取るんだ」

「りょーかい。クラスの売り上げは頼んだで?」

「まかせろ」


 修斗は光一とともに多くの作戦に参加し、最も信頼のおける人物だった。

 彼であれば、うまく彼らをまとめられるだろう。


「そして……間宮。行けるな?」

「はい!」


 やる気十分な真也に、光一は少し申し訳なさを感じながら、彼の『役割』を伝える。


「……間宮は捜索ではなく、クーと思われる人影が消えた植林地にて待機してもらう」

「え?」

「原理は知らんが、クーはお前の匂いがわかる。お前を目指してこの学園に来た可能性が高い。囮だ」

「……はい。了解です」


 目に見えてやる気が落ちた真也は、気がついたように自分のスカートを持ち上げる。


「あの、着替えてきても……?」

「そのままだ。オーバードスーツはもちろんだが……生徒たちにも気づかれるわけにはいかんからな」

「え!?」


 言葉の意味は理解できたが、それでも真也はたじろぐ。

 まさか、女装姿でクーを待ち受けなければいけないというのもだが、彼女がこの姿の真也を見たときにどのような反応をするか、全く予想ができないのが恐怖ですらあった。


 ずぅん、と思い心持ちの真也を意図的に見ぬようにして、光一は言葉を続ける。


「以上のメンバーで植林地を中心に捜索するが、クラスに戻ったメンバーたちも情報収集が可能そうであれば実施、イヤホン型の無線機は常に開けておけ。俺もクラスに戻るが、報告は逐一するように。

 特に、グリーンウッド曹長からの報告後は一気に状況が展開するだろう。

 発見時は情報秘匿のため俺も動く。以上がプランAだ」


 メンバーたちはイヤホン型の無線機を耳に嵌め、作戦を伝え終えた光一にレイラが一歩近寄る。


「隊長……確保なら、私の、異能が、ベストだと、思います。隙を見て、私も、捜索に……」

「たしかにレオノワの異能は確保という作戦にうってつけではある。

 しかし、お前が少将と居る際に、何か問題があったと気づかれてはいけない。これは最優先だ。

 発汗、衣服の乱れ。そういったもの全てが作戦の成功率を下げる。かの御仁は非オーバードでありながら、多くの汚染災害を渡り歩いている。その直感はバカにできん。レオノワは少将の相手に集中してくれ」

「……はい」


 合宿で活躍した二人組が揃ってションボリしている様子に光一は一つ咳払いをする。

 光一の目線に気づいた2人は慌てて姿勢を正した。


「……グリーンウッド曹長の探知にて学園内にクーがいなかった際は、捜索班は即座にそれぞれのクラスに合流。

 曹長からの報告を待ち、クーを学園付近で感知し次第レオノワを除く全員で確保というプランBへと移行する。

 作戦内容は以上だ。全員、行動開始」

「あの……クーが学園じゃなくてまったく違う場所にいる可能性は……」


 真也は自分が発信した情報で次々と作戦が決まっていくことに声を上げた。

 あの二人組の女性が見たものが『野菜のコスプレイヤー』である可能性も……ゼロではない。

 にもかかわらず、どんどんと大ごとになってきているのが不安だった。


「その時はその時だ。我々がするのは、最悪の事態を考えての初期行動だ。

 ……しかしまあ、おそらく近くにいるだろうな、という気はする」

「それは……どうしてそう思うんですか?」

「ああ。間宮はまだ国疫軍として仕事をしたことが少ないからわからんだろうが……」


 真也の質問に、光一は薄く笑う。


「往々にして最悪の事態になるのが、我々の仕事だからだ」


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