113 相談


 真也は苗や雄基たちとの朝の選挙会議を終え、一年棟へと戻る。

 教室へ足を踏み入れ、自分の席へと向かうと、自然とその横に座る少女の金髪が目に入った。


 真也は意を決して声をかける。


「レイラ、……その、おはよう」

「……お、はよう、真也。あ、あの……」


 困惑気味なレイラに、真也は先に頭を下げる。


「昨日はごめん!」


 真也は、先んじてレイラに謝罪する。よもや『占いのせいで』などと言い訳ができるわけもなく、真也ができることは謝ることだけだった。


「いや、いい……元は、私が、気づかなかったせい、だし……」


 青い瞳をそらし、はっきりとしないレイラに真也は言葉を重ねる。


「それでも、もっと早く教えてあげるべきだったし……やっぱり俺が悪いよ」

「そう……わかった。この話、もう、おしまいに、しよう」

「……そう言ってもらえると、助かるよ」

「うん。この話、おしまい」


 レイラのうっすらとした笑顔に真也はホッとして席に座り、苗の選挙台本をかばんから取り出し、差し迫った政見放送に集中する。


「さて……」


 真也は気合を入れ、台本と向き合う。


 どうにかして、苗の主張を……生徒会主導の軍務廃止を成し遂げたい。


 最初はなんとなくで参加した苗の選挙補佐だったが、真也にとっても、合宿を共にしたFクラスの友人たちのために負けられない選挙となった。


 真也は午前中の授業も、じっと台本を読み、理解しようと頭を捻らせる。


「もはや辞書がいるなぁ……」


 ロシア語の辞書どころか日本語辞書すら必要が出そうだと真也は頭を悩ませ、いつの間にか午前中の授業が終わっていた。




「よ、間宮。どしたん?」


 昼休みもウンウンと唸る真也に、伊織が声をかけてくる。

 その様子は昨日と何も変わらないもの。真也は安堵すると同時に、一番身近な『純東雲』である伊織に相談するのも手かもしれない、と思いついた。


「……なあ、伊織。生徒会主導の軍務廃止、ってどう思う?」


 真也の口からでた、真也らしくない一言に伊織は驚く。


「まって、それ選挙内容じゃない?」

「え、うん」


 伊織は他の生徒に聞かれていないかと耳をせわしなく動かし、こそこそと真也に話す。


「……間宮、ボクだからいいけど、そういうのを他人にポンポンいうなよ?

 生徒会軍務の廃止……そんなの、純東雲にとっては受け入れられないでしょ」

「う……やっぱそう?」


 たじろぐ真也に伊織は言葉を続ける。


「そりゃね。ボクも中等部で何度か受けたし。楽な軍務だからありがたかったよ」

「……そうなんだ」


 伊織は、真也の返答の雲行きがあやしいことに、眉を寄せる。


「……なにさ?」

「いや、なんでもない。そっか、伊織も『そう』かぁ……」


 真也は短く告げると、政権台本に視線を戻す。

 真也の言葉を受けた伊織の耳が、彼の言葉に添えられた感情を弾き出す。


 『失望』。


 伊織の耳が受け取った真也の言葉の裏にある感情に、伊織は驚いた。


「な、なんでもなくないだろ! その、おい!」


 自分が何か地雷を踏んだのか。その答えがわからなかった伊織は混乱する。

 いままで伊織に対して『叱る』発言は度々あったものの、真也が自分に対して『失望』を示したのは初めてだった。


 伊織の言葉にも、真也は反応せず、こちらを見ようともしない。


 嫌われたくない。その一心で、伊織は混乱しながらも言葉を続ける。


「ボ、ボクは、別にそんなんなくてもいいと思います! いらない! いらないですからっ!」

「なんで敬語? ……でも、伊織も生徒会軍務、やったんだろ?」

「い、いや、ボクは、そのほら、振られたから受けただけでさ。割り振られた軍務を断ることはできないじゃん?」

「そっか……でも、受け入れられない、って……」

「他人はね! ボクはいらない! 他の人は、受け入れられないだろうなってだけ!」


 これ以上、真也の口から『失望』や『懐疑』を含んだ言葉を掛けられることに耐えられなかった伊織は、必死にアピールする。


「やっぱそうか……」

「う、うん。だめかな?」

「……なにが?」

「え!? いや、なんでもない……」


 伊織は、原因は分からなかったものの、『生徒会軍務否定派』になることで、真也の失望を避けられただろうか、と真也の次の言葉を待つ。


「ちなみに、伊織は編入生は嫌い?」


 しかし、真也が放った言葉は、伊織に衝撃を与えた。


「お、おい、なんだよやめろよ!」


 今度はまるで自分を除け者にするような、『編入生』である真也からの言葉に伊織の心臓は張り裂けそうになる。


「ボクは間宮とも、レオノワとも、その、喜多見とだって仲良いだろ!? 話すし!」

「それはAクラスじゃん」


 まるで伊織と距離を開けるような真也の言葉に、伊織はじわりと目頭が熱くなるのを感じるが、しかし『それ』を真也に気取られないように、『強い伊織』を纏う。


「他のクラスだって! ……いやごめん、ボク友達いないわ……」


 纏ったつもりが、伊織の返せる回答は、情けないものだった。


「う……なんかごめん」

「いい……なんか、言ってて悲しくなるけど」


 涙目になりそうな伊織の様子を含めて、真也は申し訳ない気分になった。意外な場所で、伊織の地雷を踏んでしまった。

 ぽんぽん、と伊織の頭を撫で、謝罪の言葉を重ねる。


「ごめん。これから増やそうぜ。おれはもう伊織のこと親友だと思ってるから」


 急に優しくされた伊織は、「う……みゅ……」と小さく声をこぼしながら、真也にされるがままに頭を撫でられていた。


「俺、純東雲とか編入生とか色々あるって知らなくってさ。伊織は気になるのかな、って思っただけで」

「んー、あんまり、かな……」


 伊織は少し考え込むふりをしながら口を開く。しかし、伊織は純東雲生と編入生を区別しないのではない。

 正確には、純東雲、編入生は関係なく、純粋に他人が苦手なのだ。


 今、自分の目の前にいる男以外の他人が。


 落ち着いてきた伊織に、真也は質問する。


「合宿で秋斗たちと喧嘩してたからさ。中級異能者ー、とか言って。だから、そういうのあるのかと思って」

「うっ……あん時は……むしろ、間宮に苛立ってたんだよ。鼻の下のばしっぱだったから。ほら、ボク……友達少ない……から……」

「え、そうだったの……ごめん」


 自分で言っておいて、伊織は顔に熱がこもるのを感じる。

 真也は伊織が恥ずかしげに告げた、可愛らしい『嫉妬』に頬を綻ばせた。


「なんだよー。伊織可愛いところあるじゃん。ごめんなー」

「や、やめろぉ……」


 へへへ、といたずらそうに笑う真也の言葉は、いつもと変わらぬ『親愛』を含んだものへと戻っており、伊織は安堵する。顔を隠し、くしゃくしゃの笑顔を見られないように顔に力を込めた。


 気合いを入れ直した伊織は、話題を変える。


「で、だ! それ、九重先輩のマニフェストってことだろ?」

「え? ……うん。学園軍務に入れてもらうことで、最終的にはメリットになる、って」

「……あー、なるほど。みんなが軍務受けられるようになる、ってことか」


 雄基に説明され、やっと理解できたことを、短い言葉で理解する伊織に真也は驚く。

 普段一緒に過ごし、同じ高校生だと思っていた伊織も、『東雲学園』に所属するエリートなのだな、と真也は彼を少し見直した。


「念を押すけど、ボクは構わない。……でも、一部から猛反発くらいそうだね」

「そうなんだよなぁ。それで、うまく伝える方法を考えてるんだけど」

「それ、九重先輩に相談したら? 3年の方の。

 現生徒会長なんだし、去年の先輩の政見放送、分かりやすかったし」


 伊織の提案に、真也は顔をしかめる。


「あー……でも、苗先輩、相談できないって……」

「なら、間宮が相談すれば?」

「それ裏切りっぽくないか?」

「でも……それ、実現させたいんだろ」


 真也の脳裏に、合宿先の営巣地でカマキリの化け物に追い詰められ、ボロボロになっていたFクラスの4人の姿がフラッシュバックする。

 そして、その後地に伏せた4人を想像し、小さく身震いした。


「……うん」


 真也の決意が固まったと見えた伊織は、再度伝える。


「なら、それとなく聞いてみるのはありなんじゃない?」


 伊織の言葉に、真也は力強く頷いた。




 放課後に、真也は学園内の3年棟に向かう。


 自分より二歳しか違わないというのに、3年棟を行き来する先輩たちは、自分とは違って『大人の軍人』に見えた。

 真也は『なんで一年生が?』と言わんばかりの周りからの視線を感じながらも、1年棟と同じ位置、二階のAクラスへと向かう。

 3年生たちは学園で今一二を争って『注目すべき』後輩が3年棟に来ていることに、興味津々だった。


「こういう時、苗先輩に出くわす不安がないのはありがたいな……」


 光一へと相談に行くことを決めたものの、苗に見つかっては止められてしまうかもしれない。

 ビクビクしながら二階へと上がると、ちょうど3ーAの教室から目当ての人物が出てくるところだった。


 苗の兄であり、現生徒会長。九重光一。

 彼はカバンを担ぎ直すと階段を上がってきた真也を視界に入れ、驚いたように声を上げる。


「どうした、間宮」

「こ、九重先輩、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。3年棟まで何の用だ」

「あの、相談があって……」


 真也は他の先輩たちに見えぬよう、カバンから少し書類をのぞかせた。

 『政見放送台本』という文字を認めた光一は、顎に手を当てる。


「それを俺に聞くのか……ふむ……。

 間宮のためなら、俺でよければ力になろう。……苗には黙っててくれるか?」

「も、もちろんです!」


 苗にこのことを内緒にする。

 真也にとって、あまりにも都合の良すぎる『お願い』に、真也は飛びつく。


「すまんな、助かる」

「……俺もです」

「ん?」

「い、いえ! なんでもないです!」


 真也はこぼれ出た本心を手を振り誤魔化した。


「ここでは何だな……ラウンジへ移動するか。苗は他の門下生たちとの稽古でもう帰っているはずだ」

「はい!」


 2人して歩き出し、3年棟を出たところで、光一へと声がかけられる。


「九重会長」


 声をかけてきたのは生徒会長の候補の1人であり、先日真也たちに注意をした人物。相模満流だった。


「相模か」

「九重会長、政見放送のことでご相談がありまして。お時間よろしいですか」


 満流の政見放送、その内容は知らないが、彼の政策パンフレットに載っている内容は真也も目を通したことがあった。

 生徒会軍務によって得た予算を利用した、新しい施設学生生活の向上。


 はたしてそれは、全員に解放されるものなのか。


 真也の中で満流は『確執を生む純東雲』の筆頭であり、先日は『苦手な先輩』だったが、今となっては『嫌いな先輩』だった。


「先約がある。明日なら構わん」

「……わかりました。おや、間宮くん……?」

「……どうも」

「なぜ君がここに?」


 真也の姿をジロジロと見る満流に、光一が説明する。


「彼とは同じ部隊でな。打ち合わせだ」

「そうですか……では、明日、よろしくお願いします」

「分かった。ではな」


 満流は光一に深々と礼をすると、3年棟から離れていく2人をじっと見つめていた。

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