089 殻獣の少女
津野崎は他のデイブレイク隊の面々を説得する。
「間宮さんの『自動防御』が発動していません! これは攻撃ではありません!」
その言葉に、光一は曲刀の切っ先を少し下にずらしてクーを見据える。
「……間宮、本当に攻撃ではないのか?」
「えっと、痛くはありませんし……ただ、カレー臭いです」
「そ、そうか……」
相変わらず真也にすりつくクーに、津野崎が声をかける。
「くーちゃん、もう満足しましたか?」
「……んー、もうちょっと」
「……さきに、お話をしませんか、くーちゃん」
子供をあやすような津野崎の口調に、クーは不服を示すように頬を膨らませる。
「……えー? あ! そうだ! なまえおしえてもらったよ! しんや、でしょ!
……あぁー、いいニオイー。このニオイすきぃー……」
力が抜けていく男性陣と、それと反比例するように目つきを厳しくするまひるたちに、津野崎は内心冷や汗をかきながら説得を続けた。
「くーちゃん、それは後にしましょう、ネ?」
光一は津野崎の様子に、顎に手を当てる。
「津野崎女史、クーと密約が?」
光一の言葉は普段の冷静なものから、棘を含んだものに変化する。
「いや、密約というほどのものでは……ハイ」
「それを、なぜ教えてくれないのですか? 我々の信用がないと?」
自分の隊の隊員に危険が及ぶかもしれない状態を秘匿されていたのだ。隊長の光一が津野崎に問い詰めるような口ぶりになるのも仕方がないだろう。
「……いやぁ、実はくーちゃんが、間宮さんに会いたいといって聞かなくてですネ。いくつか情報を聞き出すのに、間宮さんと会わせることを条件にされまして」
「……マッドつなぎ」
レイラのつぶやきを聞こえないふりをして津野崎は続ける。
「まあ、間宮さんを殺せるほどの攻撃力は持ち合わせていませんし、会わせても問題ないという結論に至りまして。
ただ、いきなり抱きつくとは思いませんでしたが……ハイ。その点は謝罪します、間宮さん」
「えぇ……」
津野崎の言葉に、真也は力が抜けるのを感じた。
殻獣に抱きつかれているというのはぞっとしないが、しかし目の前にいるのは、見た目に多少の差異があれど、仕草は完全に少女だ。力強く抱きしめられているが、『子供に抱きつかれている』程度のものであり、危機感は感じなかった。
自身の盾が現れなかったため攻撃ではないという津野崎の言葉もあり、真也はどう反応すべきかと思案しながら目の前のクーを見る。
ソフィアのような同い年の少女の見た目でないことも相まって、恋愛感情によるものではなく、ただ懐かれているように感じ、別の意味での危険性も少ないと感じた真也は警戒しきれなかった。
クーは真也からの視線を受けると、ニッコリと笑って言葉を返す。
「ねー、こどもつくろ? むれつくろぉ? じょおーとしては、しんやとのむれ、ほしい♪」
「えっ?」
クーの言葉に、周りの空気が凍りつき、真也の頬がひきつる。
「……は?」
ぼそりと呟いたのはまひるだったが、他の女性陣……津野崎を除く女性陣からの目線が険しくなる。
『殻獣』であり『見た目幼女』であるクーが、真也と交尾をしたがっている。
「最低……」
そう呟いたのは、苗だった。その瞳には、明確な侮蔑が含まれていた。
殻獣と交尾する。幼女と交尾する。
いずれにせよ、『人類の敵』である。後者の方が女性的にはより受け入れられない『敵』だが。
「……どういうこと、おにいちゃん?」
「えっ!? ちょっとこれ、えっ?」
「……ふ、不潔ですぅ……」
「まって喜多見さん! 完全に事故だよ! 俺何も言ってない!」
「間宮……おまえ、ロリコン……なのか? もしかして、見た目幼い方が好きだったりする?」
「まてまてまて、伊織も変なこと言うなよ!」
「戸田さん、聞きましたか? くーちゃんは女王だったんですネ」
「はい。人型殻獣は人類と交配する……? 興味深いですね。受精嚢があるということですかね?」
見た目が幼女といっても過言ではないクーから出た衝撃的な言葉に、周りは混乱する。
そんな中、真也はクーが自分に抱きついていた手が艶かしい動きに変わっていることに気づく。
「や、やめて!」
真也は情けない悲鳴をあげながら先ほどよりも力を入れてクーを引き剥がしにかかるが、クーは先ほどの『子供らしい』力よりもより強く真也を拘束し、背中に生えた殻獣の節足をもぞりと動かし始める。
「待って待って待って! あっ、ちょ、誰か助けて! 腕が! 虫の方の腕が!」
貞操の危機を強く感じた真也は、なりふり構わず大声をあげた。
すると、真也とクーの視線の間に、黒い杭が差し込まれる。
その杭の持ち主は、当然ながらレイラだった。
見た目が少女でも、殻獣は殻獣。あまり真也のそばに置いておきたい存在ではない。
「……真也から離れて」
ドス黒いオーラを発するレイラに、少女は一転涙目になると、弱々しく声を上げる。
「!……キィ……さ、ささないで……」
ロシアでの一件が完全にトラウマとなっているのであろう、クーは節足の動きを止めると、小刻みに体を震わせる。
「刺されたくないなら、離れて」
レイラの言葉に、クーは真也に抱きつくのをやめると、レイラから姿を隠すように真也の後ろに回り込んだ。
「ピィ……こわい……たすけてしんや」
レイラは、まるで自分が悪役になったような錯覚を覚え、どっと疲れを覚えた。
「しっしっ」
レイラは手で軽くクーを追い払うと、クーは真也から離れてデイブレイク隊の面々を興味深そうに観察し始めた。
すぐに周りに興味が移るのも、全くもって子供らしいな、と真也は思いながらも、クーが自分から離れたことに安堵する。
「大丈夫?」
「あ、ああ。ありがとうレイラ」
「構わない。私が、イラっと、したから……」
レイラはそう言うと、コホン、と咳をして言いなおす。
「その、たとえ少女でも、殻獣、だから。危ない、から、ね?」
「う、うん」
「真也、強い分、そういうとこ、疎い」
レイラの言葉に、真也はつい先日にロシアでレイラに自分を大切にするようお願いされたことを思い出した。
「そうだね……ごめん、レイラ。気をつけるよ」
「うん」
レイラは自分が牽制することで、ある程度クーを制御できそうだと考え、津野崎の方を見る。
「それで、この……『これ』が、私たちが呼び出された、理由?」
レイラが『これ』と呼んだクーは、デイブレイク隊の面々を、少し遠くから観察している。
「えーとまあ、ハイ。レオノワさんのおっしゃる通りですネ。
今日は彼女から話を聞くために間宮さんに来て頂く、そして、その上で聞き出せたことをデイブレイクのみなさんに共有するため、お呼びしました」
津野崎はそう言うと、全員を見渡す。
「ところで、気づきませんでしたか?」
その表情は、津野崎が度々する、ニヤニヤとしたものだった。
「……気づくって、何ですか?」
真也が不思議そうに声をあげる。
いきなりそのようなことを言われても、今現在謎が多すぎてなんのことかわからなかった。
デイブレイク隊の面々が考え込む中、クーはルイスに近寄り、ルイスと目が合う。
「かおのもよう、かっこいいねー?」
「……どうも」
ルイスは、目の前の少女に対してどのように反応すべきか分からず、歯切れ悪く返答する。
クーはそんなルイスを機にするでもなく、他のメンバーにもちょっかいを出す。
「きみもいいにおい、するね。しんやほどじゃ、ないけどー」
「ヒィッ……!?
か、かかか嗅がないでぇ……」
混沌とした場で、光一がはっと顔を上げる。
「……そうか」
光一の反応にデイブレイク隊の面々の視線が集まり、妹の苗が声を上げる。
「兄さん、何か分かったのですか?」
「ああ、むしろ、間宮からロシアでの話を聞いたときに気づくべきだった。俺もまだまだだな」
「いえ、オーバードであれば気づくのに遅れるのは仕方ありません」
「なあ、光一、気づいたんやったら教えてぇな」
ばつが悪そうに頭を掻く光一と、それを慰める津野崎。
2人の様子に、じれったそうに修斗が声をあげた。
「ああ、すまん。気がつけば単純な話だ。
そして、おそらくこれが、『クー』と呼ばれるこの少女がここにいる理由でもあるのだろう」
光一は、真也とレイラ、そしてルイスを順番に見やると、言葉を続けた。
「間宮、レオノワ、ルイス。お前たちはなぜ、殻獣であるクーと普通に喋れている?
そして、なぜクーはそれぞれの言葉を解している?」
『それぞれの言葉』。その言葉に、全員がハッとした表情になり、お互いを見合わせる。
「共通概念会話……」
真也のつぶやきに、津野崎は頷く。
「そうです、ハイ。私の『目』にも見えています。くーちゃんは、殻獣でありながら、オーバードです」
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