075 乱入
レイラは、自身の異能によって動きを止めた少女に対して杭を構えながら、慎重に近づく。
しかしその足取りは、普段の彼女からすれば少し早足であった。
その理由は二つ。
『ハイエンド』を殺せる存在である事。
『シンヤ』を殺した存在である事。
それはレイラにとって警戒を意味し、同時に殺意をももたらす。
他のメンバーも、隊長たるレイラの行動に追従し、虫の少女を囲む輪が狭まっていく。
「……これが、人型殻獣……」
「他の強大な殻獣と比べると小さい分、危険性は低いように感じますわね」
「その見た目も含め、進化なのかもしれないよ。実際、ハイエンドが一人やられているわけなんだからね」
初めて人型殻獣を見る真也以外のメンバーは様々な感想をこぼしていたが、レイラはそれらに反応する事なく、少女へと近寄る。
「シンヤの、仇……この、化け物が、シンヤを……」
レイラは槍ほどの長さの杭を一本作り出し、少女に向けた。
ギリ、と鈍くレイラの歯が音を立て、レイラの顔が歪む。
真也はレイラの様子に不安を覚え、釘をさす。
「……レイラ。捕獲だ」
「……分かってる」
レイラは口惜しそうに少女に突きつけていた杭を下に下ろした。
「わ、わた、し」
少女は身体をガクガクと痙攣させながらも、言葉を放つ。
「ちが、う。こ、ろして、な、ない」
少女は、体が動かないためか、苦い表情であった。
幼い少女にこのように言われては、真也も少し心が痛むが、先ほどユーリイが言った通り『そういう進化』なのかもしれないと気を引き締め直して反論する。
「君があのバンに……南宿にいて、この世界の俺が死んだ時、近くにいたことも、分かってる。そして……ハイエンドは、そう簡単に倒せない」
真也は、ひとつ間をおいて告げる。
「君みたいに、強力な殻獣じゃない限りは」
真也の言葉に、少女は目線だけ左右に振って否定を示す。
「ちが、う……だっ、て」
少女の手が、レイラの異能とせめぎ合いながら、ゆっくりと真也の方へと伸びる。
「い、いニ、オイ」
「おいしそう、とでも、言いたい、の?」
「ニ……キィッ!」
ぐさり、と少女が伸ばした腕にレイラの杭が刺さる。
普段の冷静なレイラからは考えられぬ行動だったが、それを咎める者は誰もいなかった。
「ニ……ア、ガ……」
2本目の杭を体に受け、少女の動きがより強く制限される。
しかしそれでも、少女は口を開こうともがく。
あまりの痛々しさに、たとえこれが『少女の擬態』であっても見ていられないと真也は目を背けた。
「まだ喋れるのか。レオノワ、もう一本刺すか?」
「これ以上刺すと、呼吸機能まで、止まる可能性がある」
「少し煩い、という程度ですし、私の棺に仕舞います? そうすれば音は漏れませんし、運搬も楽ですわ」
ソーニャの言葉に、真也は少女の方を見直す。
杭の刺さった腕を伸ばそうと、痛々しくもがく少女の姿は、たとえシンヤを殺した存在だとしても真也の心を削る光景だった。
「……そう、して」
レイラが口を開き、ソフィアが棺を出す。そして如何にして棺の中にしまうかと思案して少女を見据えたその時だった。
「ニ、ゲ………テ!」
少女が力を振り絞り、声を発する。
「間宮、上からくる!」
その直後。少女の声よりも大きな声で伊織が叫び、真也は驚いて上を見る。
そこには、こちらへ向かって落下してくる、巨大な黒い塊があった。
「退避!」
レイラの号令に、反射的に全員が後方へ跳ぶ。
一見、黒い塊にしか見えなかったそれは、巨大な殻獣の腹だった。
「なっ……なんてサイズ……!」
それに気づいた真也は驚きの声を上げる。
真也がいままで見た最大の殻獣はダンゴムシのようなアパートサイズのものだったが、それと同じか、それよりも大きい。
こちらに見えているのは、グロテスクな腹部と無数の足、そして巨大なアゴ。
巨大な殻獣はこちらを向き、襲いかかっているのではない。ただただ落ちてきている。羽音が無かったため、伊織が気づくのが遅れたのだ。
後ろに飛んだはいいものの、次にどう動くべきか。
真也がそのように考え、放置した人間型殻獣を逃してしまうかもしれないという点に考えが至ったのと、巨大な殻獣が少女の真上に落下してきたのは同時だった。
巨大な殻獣は、他の殻獣と違い分かりやすい例えを出せないほど、一般的な昆虫からかけ離れた姿だった。強いて言えば、てんとう虫が一番近い形状をしているだろう。
しかし、その背にはナナホシではなく、無数の花潜型……カナブンの殻獣がへばりついている。
激しい音と共に着地した巨大な殻獣は、それだけで地面を砕く。
崖の付近に落下したため、地面がそのままえぐれ、巨大な殻獣は威嚇するように翅を広げ、それによって巻き起こる風により、飛び退いた面々はより遠くへと吹き飛ばされる。
一同が飛び退いた方向は、不運にも崖の方向。
着地する地面を失い、崩落と共に崖下に落ちるのは、明らかだった。
「くっ……そぉぉぉ!」
真也の頭は、ただ一つの意思しかなかった。
逃すか。あいつを逃すか!
真也は遠ざかっていく砕かれた崖を見上げながらただひたすらに、『落ちたくない』と腕を伸ばす。
どん、という音とともに、背になにかが当たった。
真也が驚き、背に当たったものに触れる。
そこには、白い盾が浮いていた。
オーバードは、自分の異能を大まかにしか把握していない。そしてそれは、『気づき』によって無限に広がる力なのだ。
いま真也の体を支えているのは、宙に浮いた彼自身の異能。
「そうか!」
空中に浮かぶ足場としても、真也の異能は利用できる。そう真也は『気づいた』。
「レイラっ!」
真也は叫び、横を落ちていくレイラに手を伸ばす。
レイラは真也の方を見ると、全てを理解したように、自分の真下に目線をやり、その場に真也の盾がまた一つ浮かぶ。
身体をひねり、レイラは軽やかにその盾に着地した。
いける。そう感じた真也に、遥か下から声が掛けられる。
「おおぉぉい! ボクはぁぁぁ!?」
声の主は、落下していく伊織。
落下の勢いでうさ耳がバタバタとはためき、必死にこちらに手を伸ばす伊織は、少し涙目だった。
「あ! ごめ……」
真也は伊織たちにも足場をと手を伸ばすが、ガァン! という音がすぐそばで鳴り、驚いて上を向く。
「くそっ!」
それは、巨大殻獣にへばりついていた花潜型殻獣……バスケットボール大のカナブンが真也に向かって突進し、それを自動で盾が防いだ音だった。
次々とカナブンが崖上から落ちてくる。
真也は急ぎレイラの頭上にも盾を配し、なんとかその突進から身を守った。
「レイラ! 大丈夫!?」
「ありがとう、この攻撃止んだら、崖まで飛ぶ!」
「わかった! ところで、伊織たちが!」
「大丈夫! 強度的に、落下しても、怪我はない! はず! まずは、目の前!」
しばらくすると、カナブン達が盾にぶつかる衝突音が弱まりを見せ、レイラは「今!」と叫んで真也にタイミングを伝えると、身を守っていた天井代わりの盾を掴んで跳躍した。
まだ少なくないカナブンたちがレイラに襲いくるが、レイラはその全てをかわし、杭で貫き、時には足蹴にして上へ登る一助とする。
目にも留まらぬ速度で崖の上へと消えていくレイラに真也は見惚れていたが、頭を振って気合いを入れる。
到底真似できない真也は、盾に乗ったまま空中を上昇移動し、レイラの元へと急いだ。
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