063 小隊長の決断


 真也とソフィアが休憩地点に戻ると、そこにはすでに伊織と美咲が居た。

 反対にFクラスのメンバーが誰もおらず、哨戒に出ていることが窺える。この場にいるのは、Aクラスのメンバーとウッディ、ユーリイにソフィアだ。


 レイラはビーコンを前に立ち、その両脇に眉尻を下げたウッディと腕を組むユーリイが立っている。


 真也は、レイラを横目で見る。

 その様子は、ぱっと見いつもと変わりないが、少しだけ苦しそうな表情であった。


「ごめん、俺が最後?」


 不穏な雰囲気に、真也はいつもよりワザと明るい声をひねり出した。


「うん。といっても、ほぼ同時だけどね」


 伊織は倒木の上に腰掛け、武装の手入れをしていた。

 その側に立っていた美咲が哨戒に出ていた面々が揃ったことを確認し、口を開く。


「……あのぉ、多分、押切さんも間宮さんも、大声に驚いて戻ってきたと思うんですけど……」

「Fの…冨樫の声でしょ?」

「ああ、俺たちも聞こえた」


 真也も伊織の言葉に追従し、ソフィアも頷く。

 全員から同意を得られた美咲は、おずおずとレイラへと尋ねる。


「あの、レイラさん、何かあったんですか?」


 レイラは、ちらりとウッディとユーリイに視線をやってから、口を開いた。


「……みんな、この後、どうするか決めた」


 その言葉に、伊織はひとつ息を吐き出す。


「……さっき、Fクラスの奴らが怒ってたのは、それに関係するわけだ」


 レイラは、こくりと頷く。


「うん……帰投する、から」


 レイラの言葉に、真也は驚く。先ほどソフィアの言っていた通りになった。


 真也には分からないが、ソフィアもレイラも、おそらくは同じ基準を以って、帰投という判断を下したのだろう。

 ソフィアは小声で「ね?」と真也に告げる。


「3個目のビーコン、回収は諦める。

 ……最後のビーコン、電源、入ってるし、故障でもない。

 正常に、稼働してる。元の位置と、違う場所に、ある」


 レイラの言葉に、伊織が反応する。


「場所、分かったんだ。その上で回収せずに帰投?」

「場所が、悪い。

 ……ビーコンは、巣穴にある」


 3個目のビーコンが巣穴にある。

 それもまた、ソフィアの予想通りであり、ソフィアは先ほどよりも強く「ね? ね?」と真也に詰め寄る。褒めて欲しいのだろう。


 そんなソフィアを意識の外に追いやり、真也はレイラたちの話に集中する。


「巣穴じゃあ、取れなくても仕方ないか。

 作戦範囲外なら、減点とやらもないでしょ」


 伊織が手入れの済んだ自身の武装を鞘にしまい、真也に手を伸ばす。


「ほら、間宮のも手入れしてあげる。貸して」

「お、おう」


 作戦終了となれば、もう武装を使うこともない。真也は伊織へ片手剣を渡そうと腰の固定具に手をかける。


 レイラが口を開いたのはその時だった。


「……それが、巣穴は作戦範囲外じゃない」

「は!? 作戦範囲内なの!?」


 こちらに手を伸ばしていた伊織の声に、真也は驚いて武装を落としそうになった。


 巣穴が、作戦範囲として指定されている。

 であれば、巣穴にあるビーコンは、回収しなければならない。


「で、でもぉ、C指定の巣穴へ行くのは……」

「危険、だね。ボクらなら平気だけど」


 美咲と伊織の言葉を受け、レイラは頷く。


「彼らは、危ない。

 それに、強度5以下だと、今回の巣穴、侵入回避指定」


 強度5以下。その言葉を受け、真也はFクラスの面々の強度を思い返した。

 自己紹介の際に言っていた異能の強度は、秋斗はキネシス6、晴香はマテリアル5、夏海と冬馬はキネシス5だ。 


「……冨樫以外のFクラスの人たちはアウトってこと?」


 レイラは真也の言葉を肯定し、続ける。


「そう。だから、作戦範囲内、おかしい。多分、設定ミス。

 でも、もし、設定ミスでなく、作戦範囲内でも……」


 秋斗の苛烈な反応を思い出し、レイラは口ごもったが、伊織が言葉を継ぐ。


「帰投する?」


 伊織の言葉に頷くレイラ。

 そのレイラの様子は、Fクラスの面々が帰投に対して否定的であったことから、帰投する旨を伝えるのに緊張しているように見える。


「……しょうがないか」

「き、危険なのよりは、いいと思いますぅ」


 だが、そんなレイラの思いの外、Aクラスの面々はその意見に肯定的であった。


 真也は、仕方ないと思いながらも、ぼそりと呟く。


「なんか俺、ちゃんと軍務遂行できた事ないなぁ」

「……ま、そんなことが続くこともあるさ」


 伊織はそう言いながら、真也から武装を受け取り、メンテナンスを始めた。




 ソフィアは休憩中、間も無く終わる真也との時間を惜しむようにべったりとくっつく。

 レイラはレイラで、常にそばに立つユーリイから逃れるように辺りをぐるぐると歩いた。


 上手くいかないな、と真也は焦り、レイラはいっときもそばを離れない幼馴染に静かに苛立ちを募らせる。


 そのような環境が集中力をかき乱したのだろう。

 気がつけばFクラスの面々と哨戒を交代して、15分が過ぎていた。それに気づいたレイラは慌てる。


「休憩、オーバー……してる……」

「あ、ホントだ。メンテに気を取られて忘れてたよ」

「……でも、みなさん一向に戻ってきませんねぇ……」


 美咲の言葉に、一同に嫌な予感が走る。


「……連絡、取る」


 レイラは無線を取り出し、発信しようとするが、それより早くレイラに声がかかる。


『あー、02小隊聞こえますかー?』


 それは、オペレーションとして隊と連絡を取っていた1組の生徒からだった。

 他の通信と違い、周りにも聞こえるその音は、レイラが慌ててボタンを押したせいだった。


 びくり、と大きな音に驚いたレイラは、1つ咳払いをすると返答する。


「隊長のレオノワ特練上等兵」


 レイラの返答に、無線機の向こうから戸惑う声が返される。


『あー、ごめん、ロシア語分かんないから誰かに代わって貰えますか?』


 先程レイラが問い合わせた生徒と違う人間が無線を飛ばしてきたのだろう。

 1組にもアルファベット組の枠で入学していないオーバードはいるが、この生徒は非オーバードだった。

 そのため、レイラの言葉がロシア語に聞こえているようだ。


 1組の生徒の助けを求める言葉に、伊織が無線を引き継ぐ。


「変わって押切特練一等兵。何の用?」

『……あ、押切さんかぁ。レオノワさんに、早く次の追加申請をタブレットに上げてくれって言ってくれますー?』

「追加申請?」


 気の抜けた1組の声に、伊織が訝しげな声を返す。


『うん。作戦行動追加申請。巣穴に行く、ってやつ』

「……どういうことだ?」

『え? さっきビーコンの位置確認の連絡したでしょ? 巣穴にビーコン回収に行く、って。

 まだ申請内容決まらない?』


 巣穴にビーコンを回収に行く。それはレイラが下した決断と真反対の内容だった。


「誰が言った!?」

『え!?』


 嫌な予感が確信に変わっていき、伊織が声を荒げる。

 急な変化に1組の生徒が驚きの声を上げるが、伊織は構わずに言葉を続ける。


「誰が、ビーコンの位置確認したかって聞いてるんだよ!」

『……えーっと、女の子』

「……日本語で言われたのか?」

『あー、うん。そりゃそうだよ。俺、非オーバードだもん』


 責任を転嫁するような言葉に、伊織の怒りは頂点に達した。


「なんで勝手に教えた! 02の隊長はロシア人だって知ってんだろ!

 隊長か通信手以外には作戦の重要機密を漏らすなって、それ中等部の一年の内容だぞ!」

『さ、叫ぶなよ。……いや、ロシア人だから、代わりに連絡した、って言われて……』


 伊織の耳がピンと立ち上がり、鋭い目で周りを窺う。


「足音、ひとつも音が無い……くそっ! あいつら、行きやがったな!」

「押切、まさか」


 レイラも気づいたのだろう、青い顔で伊織へと言葉を発し、伊織は苛立ちから足を踏み鳴らす。


「ああ。Fクラスの奴ら、勝手にビーコンの正確な位置を聞いて、巣穴に取りに行きやがったんだ!」

「そ、そんなぁ! 危険すぎますよぅ!」


 美咲が悲鳴のような声を上げる。

 伊織は苛立ちの矛先を自分へと向け、親指の爪を噛む。


「休憩だからって怠けずにちゃんと音を拾っとけば……」

『なぁ、おい、どうすりゃいいんだよ、俺は』

「うるっさいなぁ!」


 不味い事をした、と気づいた1組の生徒が口を開くが、伊織の怒り、そして自分に対する不甲斐なさからくる怒声でかき消された。


 真也は、そんな伊織に対して手を伸ばす。


「伊織、無線貸して」

「……ほら」


 半分自暴自棄になった伊織は、無線を真也へ手渡し、ウロウロと周りを歩き出す。その耳は、周りの音を拾うべく、せわしなく動いていた。


「あの、代わりまして、間宮特練三等兵です」

『はい、もう、なに? 君も俺のこと責めるの?』

「いや、そうじゃなくて。ビーコンの場所、巣穴のどこなの?」

『いや、さっきのアレで俺が言うと思う? 隊長さんを通してください』


 完全に自分のミスであると認めた1組の生徒は、半分開き直ったような声で真也へと告げた。


 真也は、彼らの行動を責めるより、まず彼らの安全のため、巣穴への侵入を止めなければと行動を起こす。


「……レイラ、追おう。まだ間に合うかも」

「その通りですよぅ! 追いましょう!」


 美咲もまた、普段からは考えられない強い語勢で真也に同調した。


 2人の様子を受け、頷くレイラ。

 真也から無線を受け取ると、1つ息を吸って1組の生徒へと言葉を放つ。


「タイチョウノ、れいら、デス。びーこんノ、イチ、ト、タイインノ、イチ、たぶれっとニ、オクッテ?」

『うお、日本語喋れたんだ!? ……今度のは間違い無く隊長要請、ね。位置情報、すぐにタブレットに送るよ。……はい、今送った!』


 真也がタブレットを確認するようにレイラへと告げ、レイラがタブレットを確認する。


 その画面には、隊員と思しき複数の緑の点と、1つだけ、赤い点が表示されていた。

 赤い点には『予測位置 巣穴:第二階層』と吹き出しがあり、4つの緑の点が、赤い点に向かって動いている。


 その4つの点は、恐らく、自分たちであろう7つの点からだいぶ離れたところにあり、現在進行形で離れている。



 思っていたよりも、遠くへと行っている。



 真也は大急ぎで武装を腰に履き直すと、レイラへと告げる。


「行こう、レイラ」

「ちょっと、待って。曹長」


 レイラは、逸る面々を窘め、ウッディを呼ぶ。


「はい、何でしょう、レオノワ特練上等兵」

「巣穴へ、移動、する。作戦行動追加申請、許可を」


 レイラは真っ直ぐにウッディを見据える。

 言葉の内容は許可を求めるものだったが、その様子は、行くことは確定していると言わんばかりだった。


「もちろんです、レオノワ特練上等兵」

「感謝、します」


 そして、ウッディもまた、ノータイムで許可を出す。

 その言葉を受け、この場に残っていたメンバーは急ぎ、移動の準備を始めた。


「このような場面でも、必ず正規手順を踏む。

 レイラ、その冷静さはやはり、小隊長向きですね」


 もちろん、隊員を見捨てない、という判断。そして、その判断の速さも含めて。

 ウッディは心の中でそう付け足した。

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