048 束の間の日常
真也が初めての軍務を終えた翌日。
真也に肉体的な疲労はなかったが、軍務が中途半端に終わったせいで心にしこりが残り、精神的に疲れていた。
しかし、東雲学園では軍務があった翌日から学校の授業に合流することが義務付けられているため、真也はまひると共にだらだらと登校し、一年棟へと向かうと、1-Aのドアをくぐる。
「おはよーございまーす」
ドアを開けると共に覇気のない声で挨拶した真也に、女の子グループの中で話していたギャル風の少女、姫梨が声をかける。
「あ! おはよぉ、真也クン」
「おはよう、姫梨さん」
真也は、姫梨の要望で彼女を下の名前で呼ぶようになっていたが、「さん」付けをするという一線は死守した。
どうしてもギャル風の格好の女の子には、距離を取ってしまう小市民の真也だった。
真也が席に着くと、その近くへと移動してきた姫梨が労いの言葉をかける。
「今年度初軍務、お疲れさまぁ。どこ行ったのぉ?」
「ああ、ありがとう。大岳営巣地ってとこ」
「大岳かぁ、アタシ、行ったことあるぅ!」
「大岳は、中等部でよく行くからね」
会話に混ざる声に、真也が振り向く。
真也と目が会うと同時に、おはよう、と声を掛けてきたのは、直樹だった。真也が挨拶を返すと、直樹は真也へと質問する。
「昨日、間宮以外にも、押切とか喜多見さんとかも居なかったけど、みんなそうなの?」
あとレオノワさんも、とまるで気にしていない風に名前を付け足す直樹は、むしろそっちが本命であると言わんばかりの顔をしていた。
真也は返答に一瞬困ったが、園口に言われていた内容を2人へと返す。
「……ああ。404大隊の軍務で」
「404? 聞いたことないな……」
直樹が記憶を手繰るように視線を泳がせながら思案する。
アンノウンのことは秘密にしなければならないのにも関わらず、いきなり怪しまれている。
園口に言われた通りに説明したが、直樹の様子に、真也は気が気ではなかった。
そんな真也の焦りを晴らす手助けをしてくれたのは姫梨だった。
「404……たしかぁ、結構前に活動記録あったよぉ。多学年部隊だった気がするぅ」
その言葉に、直樹どころか真也も驚く。
学園の履歴に残っている部隊だったのか。
今まで聞いたことのない部隊だったため、直樹は姫梨に確認する。
「え、そうなの、桐津」
「うん、去年の庶務委員の活動の時ぃ、書類の大隊一覧にあったよぉ」
「へえ、それが再編されたのか……」
「みたいだねぇ、よく分かんないけどぉ。また今度庶務委員の時、調べてみよっかぁ?」
姫梨の口から出てきた『庶務委員』というワードに真也は反応する。
「あれ、委員とか決まってたの?」
「ああ、間宮たちが軍務に行ってる間にね。間宮は風紀委員な」
風紀委員。前の世界の中学校で、友人がやっていた。
たしかその際は、毎朝校門に立って朝の挨拶などの活動をしていたはずだ。
「うげぇ、めんどくさそう」
真也が率直な感想を漏らすと、直樹は笑いながら肯定する。
「ま、一番面倒だよ。朝早く登校しなきゃいけない時もあるし。
ちなみに俺が委員長な。俺が間宮を風紀委員にした」
「横暴だぁ」
「だって、誰もやりたがらないんだし、しょうがないだろ? あるあるじゃん」
あるある…学生軍務というものがあるこの世界では、異能者士官学校で当人が軍務中に、委員などを勝手に決められる、というのはよくあることらしい。
今後アンノウンとして活動する中で、この手の面倒くさい問題を押し付けられることが多くなるのだろうな、と真也は憂鬱になった。
「まあまあ、レイラっちも風紀委員だから!」
「え! そうなの?」
真也の憂鬱は、姫梨の言葉で幾分か晴れる。
めんどくさそうな委員会も、レイラととも過ごせるのであれば、多少は楽しいものに感じられるだろう。
「だってぇ、2人は知り合いでしょ? 2人とも高等部からだしぃ、その方がいいかなぁって」
真也には目の前のギャルが天使に見えた。
どことなく悔しそうな直樹を見るに、姫梨のアシストがなければ下手すればレイラは副委員長になっていたかもしれない。
真也は、直樹の事を友人であると同時にレイラに対しての恋敵であるとも思っていたため、姫梨には感謝するほかない。
恋敵、と言っても、2人ともレイラにその想いが届いているか微妙なところではあるが。
「ありがと、姫梨さん」
「いいえぇ、どういたしましてぇ。
ちなみにぃ、いおりんときたみんは美化委員だよぉ」
美化委員。
間違いなく面倒なものを押し付けられたな、と真也はここに居ない2人にも同情をした。
ガララ、と教室の引き戸の開く音がする。
そちらを向くと、登校してきたのはレイラだった。
普段と違い、任務中のように髪をお団子にくくっているレイラは、直樹や姫梨の目には新鮮に映る。
「あー、レイラっち、お団子だぁ! かぁいいねぇ!」
「ありがとう」
最初に着席した場所がそのまま座席となっているため、レイラは真也の隣へと座る。
「おはよう」
「レイラ、遅かったね」
真也の言葉に、席に着いたレイラはふっと遠くを見るような表情でぼそりと告げる。
「……春は、あったかい」
なんの脈略もないその言葉に、直樹は混乱しながらも会話を続けるために言葉を返す。
「う、うん。そうだね、レオノワさん」
「うーん、たしかに寝過ごしちゃうよね。今日は俺もやばかった」
そんな直樹とは違い、真也はレイラの思考を読み取っていた。
春は暖かい、暖かくてぼーっとする、寝過ごしてしまう。寝坊しそうだった。
この、レイラ独特の思考と発語ルーチンをいつのまにか真也は変換可能としていた。
「うん。あけぼの」
その真也の変換が正しいことを証明するように、レイラは頷くと真也へと言葉を返す。
これは枕草子の「春は曙」からの引用だろう。
曙は明朝を指すが、寝過ごしているレイラには関係のない話であり、さすがに真也にもよく分からなかった。
まだ寝ぼけているのであろう。
髪をくくって登校したのも、朝の時間が少なかったためだった。
会話の流れを汲み取れない事に焦った直樹は、急ぎ別の話題をレイラへと振る。
「ところで、レオノワさんも404大隊なの? 昨日、間宮と一緒で軍休だったけど」
その言葉に、レイラは一瞬反応したが、その反応を悟られる事なく言葉を返す。
「そう」
「へぇ、そうなんだぁ。知り合い同士が同じ部隊だと安心するよねぇ」
「それはある」
姫梨とレイラの会話を聞いた直樹は、姫梨へと質問する。
「……転属願いって、庶務委員の管轄だっけ?」
「違うよぉ、担任に出してねぇ?」
「そっか」
おそらく直樹は、404部隊への転属願いを出すつもりだろう。
しかし、404大隊はデイブレイク隊の隠れ蓑であり、転属したところで、普通の404大隊としての軍務に就く事になり、レイラと同じ軍務に就くことはないだろう。
その後も、直樹は書類申請についての質問を続けた。
その話題がひと段落したところで、真也は皆へと質問する。
「ところでさ、俺、武装を買いたいんだけど、どこがいいのかな?」
「え? 武装?」
真也は、デイブレイク隊の初軍務において、あまりにも自分が何もしていないように感じられ、なんとなく後ろめたい気分になっていた。
異能の盾が戦っているため、周りから見ればそのようなことは無い。
完全に、真也自身の気持ちの問題だった。
また、盾を展開しながらも真也自身も戦闘ができれば、より殲滅力も上がるだろう。
その方法として武装を得るというのは、昨日の軍務で伊織が短刀を腰に差していたのを見ての発想だった。
「うん。防御型なんだけど、何か欲しくて」
「へえ、間宮って防御型なんだ。俺と一緒だ」
「葛城も防御型なのか?」
「ああ、キネシス系の」
どうやら、武装に対して反応の良かった直樹もまた、武装を利用しているようだ。
「へえ。葛城って、武装ってどんなの使ってる?」
「うーん、基本は近接用にナイフとか。
銃器とか、刃物でも大型だと持ち運びに規制が大きいからね」
規制。
確かに、軍人だからといってみだりに危険物を持ち歩けるわけではないというのは真也にも理解できた。
殲滅力や継戦能力など、戦闘面ではなく、そういった現実的な面から考えるのも大切なことだと真也は頷く。
伊織も短刀を使っていたのは、そういった面からかもしれない。
武装選びは、意外と奥が深そうだ、と真也は唸った。
「真也クン、武装初心者ぁ?」
思案を深める真也に、姫梨が声をかける。
装備初心者、というよりも、異能力者としてズブの素人…異能者歴5ヶ月ではあるが、そこは伏せて真也は返答する。
「うん。武装ってよく分かんなくって」
真也の困ったような言葉に、レイラが声を掛ける。
「じゃあ、日曜」
「ありがと」
「朝?」
「うーん、起きれる?」
「昼で」
「分かった。じゃあ12時にしよっか」
「助かる」
短い会話ののち、レイラは手帳になにやら書き出す。
テンポの良い短い会話だったため、姫梨や直樹は一瞬ぽかんとするが、どうやら「たった今、武装購入の予定日が決まったらしい」と言うことをやんわりと理解した姫梨が2人に声を掛ける。
「えっと、買いに行くのぉ?」
その質問に、レイラは頷いて返事する。
この流れに乗り遅れるものか、と大きく手を挙げたのは、直樹だった。
「あ! じゃあ俺も行くよ! 同じ防御型としてアドバイス出来るかもしれないし!」
「直樹、露骨ぅ……アタシも行っていーい?」
「ああ、もちろん、お願いするよ」
真也は、1人でも多くのアドバイザーがいた方がいいだろう、と考えて2人の提案を受け入れた。
そんな真也に、不意に声がかけられる。
「……間宮、今週の日曜はヒマ? ゲーセンに行かないか?」
いつの間にか真也の後ろには、伊織が立っていた。
まるで彼らの予定を知らない、といった澄まし顔で、伊織は真也の予定を聞く。
「あー、伊織。今週の日曜は、みんなで買い物に行こうか、って話してて」
真也は申し訳なさそうに伊織へと返事をし、伊織はその答えに
「ふぅん」
とだけ返事をすると、腕を組んでその場に留まった。
真也は、他の人と遊ぶのが苦手だという伊織に提案するのは気が引けたが、なぜかその場を動かない伊織に、ダメ元で提案をする。
「……伊織も一緒に来「いく」」
被せ気味だった。
「お、おう」
あまりの食いつきに、真也は少し身を仰け反らせながらも、大所帯となった全員へ、日曜日の予定を聞く。
「じゃあどこに集合しよっか?」
「異能関連なら神野(かみの)でしょ。ボクの行きつけの店があるし」
「そうだな、店も多いし、神野駅集合にしようか」
「ボクの店をまず見るけどね」
なぜか伊織は頑なに贔屓の店を推してくる。
真也は、その店に伊織が世話になっているのか、もしくは優良店なのかな? と思案した。
伊織の魂胆は『友達を自分とお揃いの武装にする』という子供じみたものだったが。
伊織の『男友達』……真也に対する固執は、もはや一般的なレベルを超え始めていた。
騒がしい教室内へ、担任の江島がいつものように猫の尻尾を揺らしながら入ってくる。
1-Aの生徒たちは素早く席へ戻ると、席の前に立ち、号令を待った。
「気をつけ! 礼!」
号令を出すのは、委員長となった直樹の仕事だ。
江島は、いつものように手入れされた毛並みの耳をピンと立てる。
そして、なんでもない風に朝礼の周知事項の連絡を始めた。
「さて、諸君。オリエンテーション合宿の日程が決まったので告知する」
その言葉に、クラスがざわつく。
真也は、デイブレイク隊の結成や、その後の軍務に手一杯だったため、結局レイラから何も聞けていないことを思い出した。
江島はクラスのざわつきを止める、第二声を放つ。
「明後日から、1週間だ」
その言葉の意味を理解するのに、クラス全員が数秒を要した。
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