047 大岳営巣地 巣穴


 真也たちA班が合流地点である巣穴前へとたどり着いた時、すでにB班が待機していた。


 伊織はB班の他の4人よりすこし離れたところで木にもたれかかり休憩していたが、それ以外の女性たちはなにやら雑談に花を咲かせている。

 和気藹々と話すその姿は、ボディースーツである事を除けば普通の女学生となにも変わらないな、と真也は思った。


 まひるがこちらへと気付き、走り寄ってくる。


「おにーちゃーん!」

「こら、まひる。軍務中なんだから集中しないと」

「あ、ごめんなさい……」


 手を振りこちらへ走るその姿は、花袋の百貨店の時と変わりなかった。

 あまりの緊張感のなさに、初軍務の真也ですら苦言を呈する。


「まあまあ、こんなカス営巣地で緊張せえって方が酷やで」

「いや、間宮の言う通りだ。何かあってからでは遅いからな」


 意見の割れる3年生。その様子は、やはり凸凹コンビ感を漂わせた。

 その後、喧嘩することもなく、苦笑いをしながらお互いを見合わせるところも含めて。




 大岳営巣地、その巣穴は真也にとって不思議な光景だった。


 人工建造物と言うほどではないが、いままで見てきた虫のような化け物が作るにしては、機械的に感じられたからだ。


 洞窟のようになっている入り口の壁には、水色の六角形のタイルのようなものが敷き詰められている。

 地面は土のままだが、均されたかのように平らで、奥までそれが続いていた。

 どういった原理かは分からないが、壁が淡く光り、奥へと進む道を照らしている。


 目視で確認できる範囲では、その道はなだらかに下っており、地下に巣の本体があることが窺えた。


 水色のタイルや、整備された道は虫の巣と言うには小綺麗であり、真也には地下施設、もしくはゲームに出てくるダンジョンのように思えた。


 全員が巣穴の前へと集まると、光一が口を開く。


「さて、では巣穴の確認に行く前に、偵察を行う。間宮まひる、押切、やってくれ」


 伊織が前に出て耳を巣穴へと向けるが、同様に偵察を任されたまひるは手を挙げ、発言する。


「あの、九重先輩、一つ思いついたんです。偵察方法についてなんですけど」

「ん? なんだ?」

「あの、美咲先輩の武装って他人でも使えるんですよね?」


 急に指名された美咲に注目が集まり、当人はビクリと肩を跳ねさせる。


「え!? あ、はい。使えますけどぉ…」


 その返答にまひるは頷き、光一へと向き直す。


「ならそれを私が使用するんです。正しくは、私の異能ですけど。

 私の異能、コピー体は強度が低くて防御面などは本体の私や、他の人には劣ります。

 そのかわり、帰還の必要性がないんです」


 その言葉に、まひるの言わんとする事を理解した光一が口を開く。


「ふむ…本来なら人道的観念や装備品喪失リスクが伴うが…」


 光一はそこまで言うと、言葉の続きを促すように、まひるを見返す。


「はい。私と美咲先輩の異能なら、そういった心配がありません。気軽に威力偵察が行えます」


 隊員間での連携、その一案をまひるは提示したのだった。


「なら、トムのような存在を使えば良いのでは?」


 ルイスが口を挟む。それは至極当然の発想だった。


「それが、さっき話したんですけど、複雑な行動をするアンドロイドは作るのに時間がかかるみたいで」


 そう述べるまひる。どうやら先ほどの和気藹々とした女子達の会話内容は、見た目と違い軍人としての異能確認の場だったようだ。


 その言葉に、責められているわけでもない美咲は「すいませぇん……」と身を縮めた。


「なるほど、即効性を考えるのであれば、君の異能を本体とした方がメリットが大きい、と」


 この合わせ技は、光一にとって非常に魅力的なものに感じられた。


 まひるが、さらにメリットを提示する。


「さらに、分身とは視覚や聴覚の情報を共有してるので」

「万一、全滅しても情報は持ち帰れる、か…」

「はい。いままでは突破力に難があったんですが、美咲先輩の手助けがあれば、そこを補えるかなぁ、と」


 そこまで聞き、光一は結論を出した。


「ふむ。やってみるか。物は試しだ。

 今回はそのための軍務でもあるし、そのやり方で巣穴を覗いてみるか。喜多見、頼めるか?」


 光一の問いかけに、美咲は「は、はいぃ!」と大声で返答する。


「あの、だったら俺が護衛用に盾を出しましょうか?」


 真也は、提案を重ねる。


 それは、試しというのもあったが、それよりもまひるを……正しくはまひるのコピー体が巣穴に向かうというのに、兄としてただ見ているだけというわけにはいかないという思いからの提案だった。


「自立機能があるんだったな。他人に随伴させられるのか?」

「はい。視界外の人物に対してやったことはないですが、できると思います」


 その言葉に、光一は顎に指を添え、少し考えてから返答する。


「では、やってみろ。できるかどうかの確認には、失敗しても問題ない今回はちょうどいい。

 巣穴に入る前に、それで内部偵察を行うぞ」


 その言葉に、まひる、真也、美咲が頷く。行動方針が固まったことで、光一は各員へと指示を飛ばす。


「では、押切は巣穴外部の索敵、異能使用中の間宮まひるの護衛を間宮の残りの盾とルイスで担当。

 残りのメンバーは散開し、殻獣が探知され次第迎撃に向かえ。無線は常に開けておくように。

 俺はここで指示、友枝は不測の事態に対処するため迎撃に行かなくていい」


「「「「了解!」」」


 全員が勢いよく返答し、行動を開始した。




 真也、まひる、美咲の3人は、巣穴の入り口から少し離れたところでそれぞれ異能を発現する準備に取り掛かる。

 他のメンバー達はすでに配置についたようで、少し離れたところにルイスや光一、透の姿が見える。

 伊織は、音を聞きやすくするため手近な木の上に登っていった。


「お兄ちゃん、ありがと」


 まひるが真也へと感謝を告げる。


「ん?」

「まひるのこと、ちゃんと守ってくれるんだね」

「ああ、まぁ…ね」

「でも、コピー体まで守らなくてもいいんだよ? お兄ちゃんは、本体の私を守ってくれれば、それでいいからね?」

「ああ、分かってるんだけど…やっぱり『まひるの姿』をしてるからかな。簡単に割り切れないや」

「ふふ、お兄ちゃんは優しいね?」


 真也は少し気恥ずかしくなりながらも感謝の言葉を受け取る。


 一方まひるは、『コピー体による、爆弾を持っての特攻自爆』という、自分の考えた戦法を心の中で封印した。


「あ、あのぅ…武装、用意できましたぁ」


 そう報告する美咲の後ろには、4挺の拳銃と小銃が置かれていた。どれもが近未来的な姿で、おもちゃのようにも見えるが、その威力は『最強の異能』の名に恥じないものだ。


 先に用意を済ませた美咲に追いつくため、真也とまひるは異能を発現させ、作戦準備に取り掛かった。




「まひる分隊です!」


 そう元気に発するのは、まひるのコピー体の1人だった。4人それぞれが小銃を下げ、大きな黒い棺の盾が彼女たち一人一人に一つずつ追従している。


「なんちゅうか、オーバーキル感が凄いな」


 4人のまひる達は『トイボックス製』の銃を肩から下げ、『世界最硬』の盾に守られている。

 その様子は、敵対する存在から見れば悪夢のような……あどけない少女の姿をした死神にしか見えないだろう。


「では、威力偵察に行ってきます」


 その言葉とともに4人のまひる達はフォーメーションを組み、慎重に巣穴の中へと進んでいった。




 巣穴からダララ、ダララ、とまひる分隊の小銃の音が響く中、巣穴の外では目立った襲撃もなく過ごしていた。


 巣穴のすぐそばでは、真也の盾8枚に守られたまひるが、だらんと力を抜き、目を閉じた状態で座っている。


「なんというか、心臓に悪い画だな」


 それはまるで、少女の死体の周りに棺が浮かんでいるように見え、光一はぼそりと感想を溢した。


 間宮まひる。『鏡』の意匠の少女の異能は、コピー体を作り出し、意のままに動かすことだ。


 その最大数は4体。

 これは、自分自身を1体とカウントするため、4体のコピーを生み出し、行動させるのであれば自身は動けなくなる。


 それぞれの視覚、聴覚、触覚情報、発言をまひる本人が1人で処理しているのだが、それは異能の力ではない。

 間宮まひるは人間4人分の情報を、たった1人の脳内で処理しているのだ。


 4つの視界、4つの聴覚、4つの頭。合計16の四肢、40本の手の指。4人分の重心移動。


 さらにそこに、本体がある場合はその本体の受ける刺激や聴覚がノイズとして加わる。何かあれば、そちらへと意識を戻し、逃げるためだ。


 それらを過不足なく、『戦闘に耐えうる速度』で脳内処理し、指示を出す。


 エンハンスドマテリアル5。

 強度だけでいえば部隊最弱の少女の本領は、その異常なまでの脳内処理速度だった。




「あ…れ?」


 不意に本体のまひるが目を開け、首を傾げる。


「どうした、問題発生か?」

「いや、特に問題は無いです……というか」


 歯切れの悪いまひるを急かすように、光一が重ねて質問する。


「なにがあった?」

「……なにも、ないです。この営巣地、枯れてるかもしれません」


 その言葉に、光一は驚く。


「最初は襲撃があったんですけど、その後は一切殻獣と鉢合わせてません。今も」


 その言葉を裏付けるかのように、巣穴からの銃声も、しばらく聞こえてきていなかった。


「大岳って、まだそんなに営巣から長くないと思うっスけど……。

 こんなに早く枯れることなんてあるんスかね?」

「そのような話は聞いたことがありませんが……」


 透やルイスも、疑問から声をあげる。


 営巣地というのは、枯れることがある。

 それは、巣に生息する殻獣が減り、巣穴を残していなくなるというもので、小さい営巣地ほど起こりやすい現象だ。


「……議論していても仕方あるまい。この件は俺から報告しておく。帰投するぞ」

「え、帰投っスか? 巣穴が枯れてるなら巣穴に侵入しても、むしろ危険は少ないかと思うんスけど…」


 透は光一へと異を唱え、ルイスの意見を求めるかのように、彼の方を見る。


「……まあ、初めて営巣地へと来た間宮さんが巣穴を観察するには、ちょうど良さそうではありますが……」


 歯切れが悪いが、ルイスは真也の経験を考え、透の意見に賛同した。


 しかし、その2人の言葉を光一は一蹴する。


「いや、殻獣が見当たらず、巣穴が枯れている可能性がある……それは『通常の状態』ではない。よって侵入はしない」

「そっスか…」

「納得いかないか?」

「い、いえ! そんなことないっス!」


 透は、隊長であり、先輩でもある光一に意見しすぎた、と手を振って否定した。


 そんな透に、光一は上から押さえつけるのではなく、丁寧に説明する。


「まあ、そう考えるのも仕方あるまい。

 しかし、枯れていると決めつけて入り込んだ結果、巣穴の奥に強大な殻獣が発生し、その結果小型殻獣が一掃されただけ、という可能性もある。

 螳螂型(とうろうがた)甲種、とかな」


 その言葉に、透はぶるりと身震いする。

 真也はその殻獣を知らないが、透の反応から恐ろしいものなのだろうな、とは感じることができた。


「臆病に越したことはない。我々は軍人だ。

 下手な英雄願望で身を危険にさらすことはない。

 ……さあ、3人とも、異能を解除しろ。帰投するぞ」


 その言葉に『まひる分隊』を構成する3人のオーバードは異能を解除し、帰還準備を始める。

 散開していたメンバーにも光一が無線を飛ばし、合流後、営巣地の入り口まで全員で帰投した。


 なんとも尻切れトンボに終わった軍務に、メンバー一同は消化不良な心持ちを隠せなかった。


 しかし、何はともあれ、デイブレイク隊の初任務はこうして終了したのだった。

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