043 もう一つの最高機密
急な『世界最強』の登場に、一同は呆気にとられる。
「どうも、君は私のことを知っているようだね」
「あ、お、いや、そら知ってます…ゆーか、知らん奴なんていませんって」
トイボックスは、先ほど声を上げた修斗の元へ行くと、握手を求めて手を差し出す。
修斗は目を白黒とさせていたが、ハッとしてトイボックスの手を握り返した。
「おんなじ国疫軍人として、会えて光栄ですわ、トイボックスさん」
「……ああ、私も光栄だよ。他の面々も」
少しばかり場の空気が和んだあたりで、津野崎が口を開く。
「機密に関すること、というのは…彼、『トイボックス』に関してのことです」
トイボックスに関しての情報。それは確かに機密中の機密だろう。
異能研究の第一人者、津野崎が言うのだ。
真也が正月に見たテレビ番組のアオリなどではなく本当の機密だとは思うが、トイボックスが自分たちのような学生部隊と関係があるとは真也には思えなかった。
もしかして、一緒に行動するとかなのだろうか?
真也が思案を広げていると、修斗が部屋を見回し、トイボックスに声を掛ける。
「そういえば、B.Bはおらんのですか?」
その言葉に、トイボックスは津野崎に視線をやる。
津野崎から首肯が帰ってきたのを確認してから、トイボックスは修斗へと返答する。
「居ますよ。というか、トイボックスがね。さあ、こちらに。『マスター』」
その言葉の意味は理解しきれなかったが、その言葉に反応するように、真也の後ろからやってくる影があった。
美咲である。
美咲は壇上まで上がり、トイボックスの横に並んだ。急な美咲の行動に、真也の頭の上に疑問符が浮かぶ。
「あのぉ…えっとぉ……どうも、B.B……です。それでぇ……『マスター』で、トイボックス……です」
一同は美咲のその言葉の意味を飲み込めず、沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、トイボックスだった。
「マスターの言う通り、私は『マスター』である喜多見美咲の異能によって作られた、戦場コントロール用アンドロイドです。
ハイエンドオーバード、『トイボックス』は、本当はマスターです」
一同はトイボックスが何を言っているのか、理解が遅れる。
いま目の前にいるトイボックスがアンドロイド?
喜多見美咲がマスター?
マスターが真の『トイボックス』?
ということは
喜多見美咲が、『トイボックス』。
「「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
何人もの大声がラウンジに響き渡り、美咲が「ひっ」と小さく声をあげる。
津野崎はその反応に対し、満足げに頷いて口を開く。
「ええ、驚かれるのも無理はないかと、ハイ。さ、喜多見さん、異能を使用してください」
「はいぃ…」
美咲はその返事とともに手を地面に向けて開く。
すると、地面から生えてくるかのように、美咲を囲む、コンテナが現れた。
外壁はのっぺりとしているが、表面の薄い溝を何本かの緑色の光がライン状に上から下へと走り、近未来的な印象を見る人間へと与える。
あっという間に美咲はコンテナの壁に囲まれ、真也達の視界から消えた。
一瞬、コンテナの光が強くなったかと思うと、外壁が上から順番に蛇腹に折りたたまれて地面に落ち、壁が取り払われ、そのまま消滅する。
全ての工程がものの数秒で行われた。
取り払われたコンテナの中には、顔の大部分を覆い隠すバイザー付きのヘッドギアを装着し、惜しげも無く体のラインを晒すボディスーツの美女が立っていた。
B.Bと呼ばれる、世間的には『アンドロイド』と呼ばれる存在が立っていた。
「うお、ホントだ…ホントにB.Bだ」
真也は、無意識にぼそりと呟いていた。
真也は正月にテレビで見て以来、B.Bという存在に対して、まさに『アメリカンなセクシー美女』というイメージを抱いていた。
まひるに隠れて、たまに画像検索すらした相手がまさかクラスメイトとは思わず、真也の開いた口がふさがらない。
「先ほどトムが言っていた通り、皆さんが知る『トイボックス・トム』は、彼女……喜多見美咲さんが異能で作り出したアンドロイドなんです、ハイ。
本当のトイボックスは、皆さんがアンドロイドだと思っていたB.Bの方だったんですネ」
津野崎の補足が入り、現物を目の当たりにした一同は、この現実を受け入れざるを得なくなる。
しかし、『トイボックス』が本当は女子高生…なんなら、つい先日まで女子中学生だったという事実は中々認められるものではなかった。
「いや、しかし、トイボックスはアメリカ人と…」
眉間を揉みながら、渋い顔の光一が呟く。
それに答えたのはB.B…もとい、美咲だった。
「えっとぉ…その…私、国籍は日本なんですけど…帰国子女でぇ、ちっちゃい頃にアメリカに行ったんです……それで、覚醒検査はアメリカでぇ……でも、国籍の取得がぁ…そのぉ、だから、トムはアメリカでぇ…あ、私は日本国籍ですよぉ?…でもぉ…」
映像で見る、ピンと背筋を伸ばしたクールビューティ『B.B』が、おどおどと要点を得ない内容を喋る様は、なんとも言えない空気を醸し出す。
一向に話が進まず、空気を読んだ津野崎が、美咲の話す内容を引き継ぐ。
「まあ、要約しますと、アメリカでの軍務受諾の引き換えに、喜多見さんに国籍変更を拒まれたんです。
流石にハイエンド相手に強硬手段に出ることもできず、苦し紛れに『トイボックス・トム』の方の国籍を発行したんですネ。
漫画のキャラクターみたいな『特別名誉国民』ですよ、本来は。
アメリカにとって、ハイエンドオーバード、『トイボックス』はそれだけ欲しい存在だったんです、ハイ」
「そ、そんな…トイボックスが…アンドロイド…」
光一は、傍目から見ても取り乱しているようだった。冷静な生徒会長の面影が消えるほどに、狼狽している。
「ええ、『マスター』は人見知りですので、戦場コントロール目的の他に、メディア露出用として私を作りました。しかし、自身が近くに居ないと異能兵器を作り出せませんから、B.Bという仮の姿を作ったわけです」
その言葉に、修斗が反応する。
「ほな、B.Bがほぼ喋らん理由って…」
「……人見知り…なのでぇ…」
「なんやそれ!?」
未だ信じられない、といった様子の光一が、疑問点を指摘する。
「しかし、ならなぜ『トイボックス』は共通概念で会話ができているのです?」
その言葉に、真也もハッとする。
トイボックスが……トムがオーバードでないのであれば、自分たちとこうして話しているのは不思議であるし、複数人がいる前だと共通概念で喋っていないことなどすぐに露見するだろう。
「この声は、マスターが吹き込んだ大量の言語データを編集し、かつボイスチェンジしたものです」
電話のように、一度機械などに吹き込まれた声でもオーバード達は言語の意味を理解できる。それを利用した手段だった。
「な、なるほど、それであれば共通概念で会話ができて当然か……」
「ええ。ちなみに元言語は英語です」
あらかたの疑問点も無くなり、もはや信じるしかなくなった光一は、どさりとソファーに腰を下ろした。
「……たしかにこれは機密中の機密ですね。
トイボックスが本当はアンドロイドだった、などと知れたら、世界が震撼するでしょう」
まじまじと『トイボックスとB.B』を見ながら、ルイスが感想をこぼした。
そのルイスに、津野崎は人差し指を自分の口の前に立てて返答する。
「ええ。トップシークレットです、ハイ。
くれぐれも口外しないよう、お願いしますネ」
津野崎の言葉に、皆一様に頷いた。
B.Bの格好をした美咲は、くねくねと両腕で体を隠しながら、ぼそりとつぶやく。
「あのぉ…着替えてもいいですかぁ…」
「あ、どうぞ、着替えていただいて大丈夫ですよ」
「はい…失礼しますぅ…」
その言葉と同時に、またもやコンテナが床から生え、美咲を囲む。
そして数秒後、今度はブレザーを着た、最初の格好の美咲が出てきた。
そのスピードに、ルイスが感嘆の声を上げる。
「着替えるときもそうでしたが、スピーディな換装ですね」
「はいぃ…何度も作ってきたので、最適化できるようになったんです…あの格好、は、恥ずかしくてぇ…」
ならなぜ、あのスーツを着続けるのか。それは全員の頭をよぎった言葉だったが、美咲の性格や、トイボックスという最強の存在に対する遠慮から、誰1人言葉に出すことはなかった。
その後、その代わりにと言わんばかりに何人ものメンバーが美咲を囲んで質問攻めにし始めた。
ヘラクレスとは会ったことがあるのか、異能のシステム面はどうなっているのか、B.Bとは何の略なのか、中東の営巣地はどんなものだったのか。
多岐にわたる質問攻めを受け、あたふたする美咲を、遠くから光一と修斗は眺めていた。
完全に認めることしかできなくなった光一は、ぼそりと呟く。
「しかし、苛烈で優雅な戦い方で知られるトイボックスが、あそこまで気弱そうな少女とは、な」
その言葉に、側にいたトムが応える。
「ええ、マスターは異能が強力なだけの、一般人と変わりない人ですよ」
「……そうですか、トイボックス氏は…いや、トイボックスは喜多見か」
「私のことは、トムとお呼びください、九重光一さん」
トムはそういうと、光一に手を差し伸べ、2人は握手を交わす。
「ええ。分かりました、トム氏」
「私はアンドロイドです。敬語も結構ですよ」
その言葉に、光一は苦い顔をする。
「いや、いきなりそういうわけには…まだ理解が追いついていないので…」
トイボックス、正義の象徴。そのファンであった光一は、まだ割り切れなかった。
あなたの尊敬する人物は、実は人間ではありません。
いきなりそう言われて、混乱するのも無理はない。
そんな光一に、修斗は声を掛ける。
「こりゃ、メディアが知れば仰天するなぁ」
「……知ったメディアごと、アメリカに全力で消されそうな話だ」
そんな2人のやりとりに、トムが訂正を挟む。
「消されそう、というか、消されます」
「え?」
「過去に、2回ありましたから」
過去に2回あった。
そう言われて、何が? とは2人とも聞けなかった。
「…こら、本格的に口を噤まなあかんな」
部隊結成初日から大変なことになった、と頭を抱える、最高学年の2人であった。
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