037 放課後
午後の授業が終わり、放課後を迎えた。
4月にもなると、真也がこの世界にきた時と違い、16時過ぎでもまだ明るい。雲も出ておらず、遊びに行くには良い日だった。
「またね、レイラ」
「また」
レイラは真也に短く伝えると、伊織の方をちらりと見て、先に教室を去っていった。
真也は教室の窓際、伊織の席まで移動し、相変わらず肘をついて窓の外を見る伊織に声を掛ける。
「よ、どする?」
「うわっ!」
伊織は驚いて真也の方を見る。
真也は、前回近くへと歩み寄った際には先に気付かれていたため、意外だと思うと同時に『一本取ってやった』という気分になる。
「こっそり近づかれると怖いから、やめてくれる?」
「いや、今回は普通に声をかけたよ」
「今回は? 次回はどうするつもり?」
次からは毎回忍び寄ってやろうかと考えた真也の思考を予想したかのように、伊織はじとりと真也を睨んだ。次の瞬間、伊織の足が真也の股の間、股下数センチにあった。
「もし驚かせるような声のかけ方したら、蹴り上げるからね」
「…わかった、しない」
伊織の、目に追えぬほどの素早さの寸止めの蹴りに、真也は股間が少し縮こまった。
伊織は席を立つとカバンを担ぎ上げる。
真正面から改めて見ると、ピンと張った、顔よりも大きな耳の頂点がちょうど真也と同じくらいの身長であり、小さいなぁ、という感想が頭に浮かぶ。
真也よりも頭1つ低いところから、声が掛かる。
「で、間宮。どこ行く? カフェ?」
「カフェ?」
「え? まあ、間宮に任せる」
「じゃ、ゲーセンか?」
「…ゲーセン?」
「え、だって今日は遊びに行くんだろ?」
「え…あ、そうだったね。うん」
伊織の反応を真也は訝しげに思いながらも、2人は教室を後にする。
それはそのはずで、最初から遊びの誘いと考えていた真也と違い、伊織は真也と話をしたかっただけであり、遊びに行くつもりはなかった。
しかし、男として扱われることの少なかった伊織は『男同士』という言葉に嬉しくなり、食堂でレイラに「男同士で遊ぶ」と言ってしまったのだった。
それを思い出した伊織は話を聞くのは遊んだ後でいいか、と思い直した。
2人は電車に乗り込み、花袋へと移動する。
途中、真也はまひるに今日のことを伝えていないと思い出し、『クラスの男子と遊んでから帰る』とメッセージを送る。
それに対する返事は、『楽しんで! お土産待ってる』という文章と、ゴマをする猫のスタンプだった。
「ゲーセンとか、久しぶりに来たな…」
電車を乗り継ぎ、広々とした花袋のゲームセンターへと到着した真也は、ぼそりと呟く。
周りは様々な音と光、そして人で溢れており、華やかな雰囲気は真也にとって久しぶりだった。
「ボクも。ていうか、久々なのにゲーセンにしたの? 普段行くところでいいよ」
伊織はそう言うが、真也は普段行くところと言われても研究所くらいなもので、返答に困る。
元の世界では伊織と遊ぶときはもっぱらゲーセンだったため、無意識でそう提案したのだった。
「いや、遊ぶならやっぱここかな、と。押切、嫌だった?」
「いや、間宮がここでいいならそれでいい」
2人は、ピカピカと光る店内へと足を踏み入れる。音がひときわ大きくなり、あちらこちらから楽しそうな声が上がっていた。1つのフロアの中に、対戦型ゲーム、プリクラ、UFOキャッチャーと様々なゲームが置かれている。
フロアガイドを見ながら、伊織が真也に話しかける。
「間宮、なにやる?」
「うーん…格ゲーとかどう?」
なんとなくで答えた真也の言葉に、伊織はにやりと口の端をあげると、拳を真也へと突き出す。
「いいね。ボコボコにしてあげるよ」
それからしばらく。真也の使った金額は100円。一方の伊織は、900円に達していた。
伊織は、驚くほどに、格ゲーが弱かったのである。
「なぁ、もう格ゲーはいいだろ。だいぶ長くやってるし」
右上に小さく9winとついた画面を見ていると、真也は弱いものいじめをしている気分になり、真也の反対側でさらに100円入れようとしていた伊織に終了を告げる。
さすがにこれ一台で伊織から4桁の金額を奪うのは躊躇われた。
4winくらいで一度真也は手を抜いたのだが、すぐに見破られ、伊織がわざわざ真也の横まで回ってきて「堂々と勝負しろ!」とうさ耳を立てて怒り、そのくせ全く操作が向上しないため、もう真也には終了を告げるくらいしかなかったのだ。
「まって、間宮、もう一回!」
「もういいだろ…。俺、飲み物買ってくる」
「勝ち逃げかぁ!」
真也は、飲み物を買いに自販機へ向かい、背中にかけられた伊織の言葉に「続きはまた今度」と手を振って応えた。
適当に炭酸を買い、散財させたお詫びにと伊織の分の飲み物も買って伊織を探す。
伊織はUFOキャッチャーのコーナーで、1つの台をじっと見ていた。
「いお…押切。何みてるんだ?」
「え!? あ、いや」
「ほら、飲み物。奢ってやるよ」
「あ、ああ。ありがとう」
真也に気づかない程に熱心に見ていたようで、内容が気になった真也は何が入っているのかとUFOキャッチャーを覗く。
そこには、40センチほどの大きさの、可愛らしいブタのぬいぐるみが大量に詰め込まれていた。
「あー、『こげぶた』だっけ。好きなの?」
「まぁ、多少は」
『こげぶた』とは、女子に人気のキャラクターで、背中部分に網目の焦げがついた、デフォルメされた丸い子豚だ。
まひる曰く、軽く炙られているのが最高に可愛いらしいが、真也にはよくわからなかった。
そういえば、前の伊織も可愛い物好きだったなと思い出した真也は、伊織にプレーするのかを聞く。
「取るのか?」
「うーん、ボク苦手なんだよね、UFOキャッチャー」
苦い顔で顎に指を添えている伊織は、それでも諦めきれないのか、UFOキャッチャーから動かない。
真也は代わりにと500円を取り出す。このタイプは、1回200円だが、500円を入れれば3回できるのだ。貧乏性の真也は、こういったお得なシステムに弱かった。
「よし、やってみるか」
そういって、真也は台へと500円を滑らせる。
前の生活では考えられなかったが、今となっては真也にはそこそこの貯金と、今後の収入予定もある。
伊織のご機嫌取りのためなら、500円程度は惜しくなかった。
1度目の挑戦。
UFOキャッチャーのアームが動き、こげぶたを掴む。そのままアームが動き、こげぶたがずり落ち…るかと思いきや、お尻部分のタグの紐がアームに引っかかり、一度目でゲットした。
「おー、間宮やるじゃん」
「あー…」
「どしたの間宮?」
「あと2回分ある…損した気分だ」
「あー、たしかに。まあ、やってみれば?」
2回目、今度はゲットならず。
落ちる瞬間に、伊織が「あぁぁぁ…」と自分のことのように落胆していた。
そして、3回目。先ほどの失敗で学んだ真也は、初めからタグを狙う。その作戦が功を奏し、2匹目のこげぶたをゲットしたのだった。
「…すごいな間宮。得意なの?」
「いや、俺もびっくりしてる。意外と才能あるのかも?」
伊織は、真也の両腕に抱えられたこげぶたをチラチラと見て、耳も忙しなく動いている。
真也はその様子に微笑ましさを感じ、1つを伊織へと差し出す。
「ほら、やるよ。遊んでくれた礼だ」
「え! …本当にいいの? 間宮」
「ああ。一個だけな」
「ありがとう! やった…へへ」
嬉しそうに両手でこげぶたを抱える伊織は、側から見れば子ウサギと子ブタが遊んでいるような、ファンシーな様子だった。
伊織は嬉しそうに、こげぶたのヌイグルミを何度か投げて遊んでいたが、そのうちの一投がブレて真也の方へと飛んでくる。
「おっとと!」
真也はなんとか飛んできたヌイグルミをキャッチするが、その際に持っていた炭酸を零し、それが伊織のブレザーを濡らす。
「あ…すまん…」
「いや…これは、ボクが悪い。ちょっと子供過ぎた。自重する…」
伊織は濡れてしまったブレザーを自身のリュックに仕舞い、真也からヌイグルミを受け取ると、ヌイグルミの細部を確認する。
「よかった…この子は濡れてない」
「ぷっ…この子、って」
伊織は、無意識にヌイグルミに対して『この子』発言をしてしまったらしい。
可愛らしいその言い方に、そしてそれを真也に聞かれた事に思い至った伊織は顔を真っ赤にして唸り声を上げる。
「……ぬあー!」
顔を真っ赤にした伊織がまた面白くて、真也は声をあげて笑い、それを伊織がポカポカと殴る。
「ははは、悪かった、笑って悪かった」
「まだ笑ってるだろ! …もう!」
伊織はそう行って拗ねるが、ヌイグルミはしっかりと抱きしめたままだった。
真也は、面白い姿が見れたこと、そして2匹目のこげぶたという妹へのお土産も獲得できたと満足し、伊織に声を掛ける。
「じゃ、そろそろ帰るか。暗くなってきたし」
「え…ああ、そうだね。帰ろっか」
そうして2人はゲームセンターを後にしたが、伊織にとっては、まだ目的が達成されていない。伊織は、真也と話すことがあったのだ。
どう切り出すか、と伊織が思案していると、真也が急に自分のポケットを探り、カバンを開ける。
「どしたの、間宮」
「あ、ごめん、ゲーセンにスマホ忘れてきたかも」
「え、大丈夫?」
「あー、場所はなんとなく分かってるから取りに戻るよ。伊織、先帰る?」
「…いや、ここで待ってるよ」
「そっか、すぐ戻るから待ってて」
真也は小走りで来た道を戻っていった。
真也と話す前に帰るわけにもいかない、と伊織は街中で1人待つ。
なんとなく、真也から貰った『こげぶた』をゲームセンターで貰った持ち帰り袋の上から半分出し、指で押し込んでいじると、ぬいぐるみがぐにゅ、と崩れる。その愛らしさに伊織の頬が少し緩む。
ポーカーフェイスを気取る伊織と正反対の耳は、ぴこぴこと可愛らしく揺れていた。
その大きな耳が、雑踏の中から1つの会話を拾う。
「あ、あの子可愛くね?」
「えー、オーバードじゃん。うさ耳生えてるし」
「それがいいんじゃん」
下卑た感情を乗せた男たちの会話。その声は、明らかに自分に向けて発されていた。
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