023 デート


 日曜日。真也はまひると共に、新東都繁華街のひとつ、花袋へと来ていた。


「新宿が南宿……池袋が花袋かな……?」

「どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、なんでもないよ」


 真也は、なぜ新東都になったからといって地名まで変えたのか疑問には思ったが、それをまひるに聞くわけにもいかない。

 いつか津野崎にでも聞こう、と心のメモに書き留めた。


 携帯電話で時間を確認する。表示された時間は9:46となっていた。

 今日は、まひるとレイラと3人でお出かけであり、レイラとは花袋駅で待ち合わせることにしたのだ。


「ちょっと早く着いちゃったね。どっかで時間潰す?」

「そうだね……あ、メッセージが来た」


 レイラから『電車の中で電話ができません。間も無く到着します』とメッセージがくる。

 日本語の文章はアプリの自動翻訳によるものだ。


 そして、なぜか文章の後ろにペンの絵文字が入っていた。


「これは……何を表してるんだ……?」


 この世界の流行がわからない。まひるに確認もできないため、真也はもやもやとした。


 ちなみにこれは、流行などではなくレイラ個人のセンスによるもの。

 ペンのマークはメッセージを走り書きで急いで書いたという表現で、急いでいるよ、という意味である。

 レイラという少女は、言葉だけでなく、センスも分かりにくかった。


 真也は宣言通りスマホを購入し、連絡帳には数件の登録もしていた。

 その内訳は知り合い3、病院1、研究所1である。知り合いのうちの1と病院と研究所は使い分けることもないので、ほぼ3件といってもいい。


 また、真也のつけている識別バングルにはこちらで作った口座と紐づけられた電子マネー、ワンドが登録されており、数日前に振り込まれた、結構な額の『正式な調査協力費』の一部が振り込まれている。

 真也は次に研究所へ行った際、津野崎にお金を返すこともまた、心のメモに書いている。


 何はともあれ、今日のお出かけに対しての憂いは一切無い状態だ。


 それから数分後、レイラを見つけることができた。人混みの中でも、彼女の流れるような金髪と白い肌、そして整った顔立ちはよく目立ち、周りの目線を引きつける。


「レイラさーん!」

「まひる、おはよう。真也も」

「ああ、おはよう」

「レイラさん、今日も可愛い!」


 今日のレイラは、赤い無地のトップスに青いベロア素材のタイトパンツ、黒のパンプス。上から白いコートを羽織っている。

 一見無地ばかりで地味にも見えるが、それぞれ発色が良い色であり、レイラのスタイルも合わさって、海外の女優かのような出で立ちだ。

 あまりにも堂々としたその立ち姿に、真也は心臓の音が速くなるのが分かった。


 レイラはにこりと微笑むと、まひるへと言葉を返す。


「ありがとう。まひるも、かわいい」


 一方のまひるは、柄が多い。ファーのついたチェックの赤いコート。冬だと言うのに黒地に模様の入ったミニスカートを履いており、動きやすそうな、派手なスニーカーで跳ねるたびにサイドテールとスカートもふわふわと追従して跳ねる。

 ストライプのハイソックスとミニスカートの間から覗く足は、人によっては目線を誘うが、真也には風邪を引かないか心配でしかなかった。


 そんな2人に比べ、真也は茶色のジャケットにジーンズ。色味と言えるのは首に巻いている、青いマフラーだけである。


「レイラもまひるも、おしゃれだよね」


 その言葉に、まひるが頬を膨らませる。


「お兄ちゃん、そこは可愛いって言わないと! デートなんだから!」

「あ、ごめん、いやでもデートでは…」

「でも褒めてくれたから50点はあげるー!」


 まひるは真也の言い訳を言葉で塗りつぶし、真也の胸に飛び込む。


「おっとと……、はは、ありがとうな、まひる」


 真也が頭を撫でると、まひるは満足そうに微笑んだ。

 レイラもそれを、微笑みながら見ている。


 歪な関係ではあるが、確かにそこには『まひるの幸せ』が感じられたからだ。


 真也は、周りからの目線が気になり、まひるを体から離すと今日の予定を思い出す。

 今日は、ショッピングの予定しかない。

 ならば、少しくらい自分もおしゃれに気を使うべきかな、と真也は思った。


「2人とも『可愛い』から、俺も見合うように、ちょっと洋服見たいかも」


 真也は可愛いと言い直しながら、希望を伝える。

 その発言が完全に仇となった。


「え! そうなの! じゃあ、まひるが腕によりをかけて選んであげるよ!」


 ぐいぐいと真也を引っ張り、人混みを避けながらまひるが進んでいく。


「ちょ、ちょっと、まひる?」

「さ、レイラさんも行こう! 今日はお兄ちゃんデーだよ!」


 昼食までの数時間、まひるによって真也はマネキンにされるという運命が、たった今決まったのだった。



「ふぅ……疲れた……」


 遅めの昼食のために立ち寄ったカフェで、真也は大きく息を吐き出す。

 真也の周りは、洋服の詰まったショップバッグが囲んでいる。


 周囲から見れば女の子2人の荷物持ちにしか見えないが、このショップバッグの中身は、全て真也用の服であった。


「お兄ちゃん、何食べる?」

「あー、うん。どれにしようかな」


 メニューにはずらりとパスタが並ぶ。

 しかし、真也は窯で焼いているというピザにすることにした。


 店員を呼び、オーダーを伝える。

 2人とも、パスタにしたようだった。


 店員が去った後、まひるが口を開く。


「またお兄ちゃん、パスタ避けたでしょー」

「……だって、パスタなんてすぐ作れるし……茹でて、ソース作るだけだよ? なら、手間のかかるピザのほうが」

「もー、外見をカッコよくしても、中身がそんな主婦みたいだと女の子にモテないよ?」

「……はいはい」

「レイラさんもそう思わない?」

「え! わ、私は……」


 レイラは、横を見、上を見、テーブルの下の手をもじもじさせながら、言葉を探す。


「その……堅実、いいと思う、よ?」


 少し照れながらそう告げるレイラは、顔が真っ赤になっていた。


「なにっ! レイラさんお兄ちゃん狙ってるね!? お兄ちゃんはあげないぞー」


 わざとらしい怒り顔で、真也に抱きつくまひる。その姿はレイラの目にとても愛らしく映った。


「ふふ、……っ!」


 レイラの顔が強張る。

 喋っている言葉は普段から話すような冗談だった。表情も、わざとらしい怒り顔。


 しかし、目だけが違った。

 まひるの瞳の奥は、また濁った光を放っていた。


「大丈夫、取らない。まひるなら、欲しい」

「えー! どうしようまひる取られちゃうよ、お兄ちゃん!」


 レイラはなるべく冗談を軽く流したような口調で話したが、テーブルの下の手の震えは止められなかった。


 昼食を終えた3人はその後、もう一度ショッピングへと繰り出した。


 真也は正直、午前の買い物で体力を使い果たした気分ではあったが、午後は彼女らの買い物もある。

 真也は、彼女たちの荷物持ちの仕事をするために、2人の後をついて回った。


 まひるは常に笑い、走り回る。

 それにつられるように、いつしかレイラも笑顔へと戻っていった。

 しかし、最終的には、まひるの体力と買い物に懸ける情熱に2人は音を上げ、総合百貨店のベンチで留守番をする事になった。


 真也は近くの自販機で炭酸と缶コーヒーを買い、大量の買い物袋に囲まれたレイラに見せる。


「どっちにする?」

「ありがとう。私、炭酸……」


 真也は、ベンチの背もたれに全体重を預けたレイラに炭酸を渡す。


「いやぁ、まひるは元気だね……。上の階も見てくるってさ」

「ほんと、すごい……」


 真也はベンチに座ると、コーヒーを開けずに手の中で遊ばせる。


「……レイラ、これで、良かったんだよね?」


 その言葉に、レイラは身体を起こす。その顔は、真剣なものだった。


「うん。せめて今日は。

 ……まひる、すごく楽しそう、だった」

「うん。本当によかった。俺も楽しかったし」

「私も。でも、まひるの楽しみ方には、負ける」

「たしかに」


 真也とレイラは、元気のない笑顔でお互いの健闘を讃えた。


 レイラが炭酸の缶を開けて一口飲む。

 真也もそれに続いて缶コーヒーを開け、少し口を湿らせた。それは、今から話す内容に、お互いが求めた間だった。


 レイラは真也の顔をじっと見ると、静かに口を開いた。


「真也、凄いね」

「何が?」

「まひる、妹さんに、似てる。でも、結局は、他人。

 そのまひるのために、いっぱい頑張ってる」


 その言葉に、真也はもう一口コーヒーを飲んで勢いをつけると、レイラへと話す。


「実はさ、俺があの状態のまひるに初めて会った時、当たり前だけど、俺、狼狽えたんだ。

 そしたらまひるが俺を抱きしめて、励ましてくれたんだよ。でもその時……」


 真也の頭をよぎったのは、あの時のまひるの、腕だった。


「まひるの腕が、震えてたんだ。あれはきっと、心のどこかでまひるが『妹として受け入れられるか』を怖がってたんだと思う」

「……怖がってた……?」

「うん。それで、思ったんだ。この子が俺に否定されたら、誰も頼れなくなるんじゃないか、って」


 誰も頼れない。


 まひるのような少女が、そうなってしまうことを、真也は到底許容できなかった。

 そうなってしまうくらいなら、自分にできることをしたかったのだ。


 レイラは、真也の言った、怖がっているという言葉に、思い当たる点があった。


「……私も、似た感覚、あった。まひるの不安、感じた」

「レイラも?」

「私の場合は、まひるを、説得したとき。

 それと、さっきの食事中。まひるが、あなたを渡さないと、言った時。私、睨まれた」

「まひるが睨んだ?」


 レイラは、首を振る。


「違う、まひるの、中の、何か。

 あれは……威嚇。威嚇は、怖いとき、する」


 その言葉を聞き、真也はぼそりと呟く。


「そっか……じゃあ、やっぱり、まひるは完全に俺を兄だと思ってるわけじゃないんだな……」


 レイラは、その言葉にどこか引っかかりを覚えた。


「真也、兄と、思われたい、の?」

「え! あ、いや……そういう訳じゃなくて」


 レイラのその言葉に、真也は慌てて弁解する。実際のところ、心のどこかでその願望を持ち合わせていただけに、それを見抜かれた衝撃は大きかった。


「真也、まひるにとって、兄じゃない。

 ……だから、まひるは、あなたの妹じゃない。

 そこだけは、忘れないで。じゃないと……」


 真也はレイラの青い瞳に吸い込まれそうになる。彼女から目を離すことが出来なかった。


「あなたの妹が、かわいそう、だよ」


 まひるが、俺の本当の妹が、かわいそう。


 真也はその言葉を聞いた時、何かの答えを得た気がした。


「……ほんとだ。その通りだよ」


 一見落ち込んでしまったような声色の真也に、レイラが声をかける。


「……あ、ごめん。きつく、言った。私、いつも、そう」

「いや、そんなことないよ。ありがとう」


 真也は、少し申し訳なさそうなレイラに笑顔を返す。その表情につられて、レイラの顔も、少し明るくなった。


 真也がふと前を向くと、ちょうど人混みをすり抜けながら、まひるが戻ってくるところだった。


「なんとかしないと」


 そう言って立ち上がった真也は、遠くからこちらに手を振るまひるに、手を振り返した。

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