006 護送中に独り言


 またもや物々しい車に乗り込んだ真也は、もはやこの手錠は外されないのではないかと不安になった。


 真也の乗せられた車は、テントへと来た時のものよりも幾分か装甲が少なく、防御よりも移動を念頭においた作りだった。

 ベンチの様な座席は、進行方向ではなく車体側面を背に、内側に向かって座る形で取り付けられていた。


 片側の長椅子に園口が、もう一方の長椅子に真也が座り、少女と眼鏡の軍人が真也を挟むように腰を下ろす。


 四人が乗り込むと、園口が運転手に車を出すように命じた。


 すぐさま車は動き出し、4人の体が軽く揺れる。


 不安そうな真也に、園口が話しかける。


「間宮さん、急に連れまわされて大変かもしれませんが、もう少し我慢してください。

 着く頃にはだいぶ暗くなってるでしょうから、もしかしたら、今日は向こうに一泊してもらうかもしれません。

 勿論、拘留という訳じゃないので帰宅を望まれるんでしたら、我々としてはお送りする義務があるんです、が……間宮さん、その、お宅はどちらです?」

「お宅、って言われても……」


 その言葉に、真也は少しうんざりしながらも答える。


 テント内での園口とのやり取り、そしてそのあと読んだ冊子の内容から、自分の住んでいた住所はこの世界に存在しないと分かっていたからだ。


「東京都、豊島区としまく長崎ながさきです。駅としては西武池袋線の東長崎ひがしながさきが最寄りですね……一応」

「……そうですか」


 園口の適当な相槌に、真也は言葉を続ける。


「でも、そんな場所、無いんですよね?」


 真也の責めるような言葉に、園口は顔を歪めると、一つ息を吐く。


「……まあ、無い、ですな」


 園口の地理の知識の中に、東京も、豊島区というものもない。


 しかし、真也の口からすらすらと出る地名や駅名、また、話す際の様子から丸っ切り出鱈目を言っているようにも思えなかった。


 となると問題は深刻である。

 さらには、真也が報告通り、強大な力を持つオーバードであるならば、明らかに一少佐である自身では対処しきれない問題である。


 園口は指で目頭を押さえ、揉み込み、思考を巡らせる。


 それは、厄介ごとを多く引き寄せる園口の人生において自然と生まれた癖であった。


 しかし、どのような問題であれ解決のために頭を動かしてしまう彼の癖こそが、問題を引き寄せていることに園口自身は気づいていない。


 真也は、園口の表情から、彼であれば自身の境遇について相談に乗ってくれるのではないか、という考えが浮かぶ。


 真也は、意を決して口を開く。



「あの、俺……多分なんですけど、この地球じゃないところから来たんですよね?」



 急に出てきた衝撃的な内容に、眼鏡の軍人は驚き、その反対に座る少女は口を開きそうになる。


 しかしその前に、園口は三人を手で制する。


「あー、待ってください間宮さん。実はね、間宮さんの『そういったお話』は聞かないようにと言われているんですよ。

 機密がどうの、と上からの通達でしてね」


 急に突き放され、ではなぜ住所を聞いた、と真也は少し苛立つ。


 しかし園口としても帰宅に関して、もっと言えば、拘留ではないという事を説明する必要があったため、致し方のない会話の帰結でもあった。


「少佐、聞かないように、とは。でも、勝手に話すのは、問題ない、かと」


 いままで口を噤んでいた少女が、園口に提案をする。

 真也はその援護を受け、園口へ向きなおす。


 しかし、逆サイドから声があがる。


「レイラ、それは暴論だと思いますよ」


 少女を戒めた眼鏡の軍人は、しかしながらそのまま言葉を続ける。


「ただ自分は、間宮さんが独り言を言う権利を我々が侵害する事は作戦範囲外であり、静止する権限は無いかと思います」


 口調は丁寧で機械的だが、その顔は悪戯っぽく、真也に対してウインクまでしてみせる。


「どうやら、間宮さん一人で抱えるのには、辛そうなお話でしょうしね」


 眼鏡の軍人の目には、真也は疲弊しているように見えた。


 荒唐無稽な話であったとしても、何度も口を開いては諦めるという行動を繰り返した少年が、絞るように口にした言葉だ。


 それを封殺できるほど、彼も、また、彼の同僚や上司たちも薄情な人間ではない。

 むしろ、そのような人間だからこそ、人類のため、と異様な化け物共と戦えるのだ。


「……まあ、独り言でしたら。我々も、作戦行動中ですから、勤務中に『たまたま』知り得た情報に関しては口を噤みます。

 なので、安心して、その……独り言をしていただいていいですよ」


 なにせ、2時間はありますから。と続けた園口の表情は、諦めからか微笑んでいた。


「ありがとうございます」


 独り言、という体で話を聞くことに落ち着いた車内の雰囲気は、幾分か明るくなる。


「ああ、自己紹介が遅れましたね、ウッディ・グリーンウッドです。アメリカのセントルイス出身。階級は曹長そうちょうです」

「どうも。その、間宮真也です、グリーンウッドさん」


 名乗った眼鏡の軍人は、ウッディでいいですよ、と手を伸ばし、握手を求める。

 真也はそれに応えると、ちら、と少女の方に振り向く。


「……レイラ。レイラ・レオノワ。

 特別訓練上等兵とくべつくんれんじょうとうへい。ロシア人」


 話し方のせいで、少しぶっきらぼうな自己紹介であったが、真也にとって大きな収穫だった。


「レイラ・レオノワ、さん」


 何度か眼鏡の軍人……ウッディが口に出していたが、レオノワという名はやはり、少女のものだった。真也は、とうとう少女自身の口から、彼女の名前を知ることができた。


 この世界にやって来て、初めて会った少女。

 命の恩人であり、そして、この世界の自分を知る存在である。


 真也にとってレイラという存在は、この世界のことを知るためのキーに思えた。


 日本名でないため忘れてしまいそうだと不安になった真也は、その名を心の中で反芻する。


「さて、自己紹介も終わりましたし、どうぞ、話してください。吐き出すことで、楽になることだってありますから」


 ウッディは真也の背に手を置くと、優しく語りかける。

 その手の温かさや心遣いに、真也は目頭が熱くなるのを感じながら、意を決して事の顛末を語ることにした。


「俺は年金事務所に……東京の、です。年金事務所へ向かっていたんです」



 ぽつり、ぽつりと真也の独白が始まった。



 殻獣との戦闘や、シンヤが死んでいたことなどはレイラが肯定したことで、2人もより真剣に真也の話に耳を傾ける。


 真也は一通り覚えていることを話し、自身の所感として、異世界から来たということも伝えた。


 おそらく自分は、死んでしまったこの世界の間宮真也ではなく、異世界の間宮真也なのだろう、と。


 その結び言葉に話がひと段落したと判断した園口は、ふぅ、と息を吐き出す。


「それは、なんとまあ」


 明言はしなかったが、園口の正直な感想は、やはり面倒な事だった。である。


 しかし、聞いてしまったからにはこの少年の助けにならねばという思いもまた抱くのが、園口という男である。


「それが本当なら、機密にもなるわけですね」


 ウッディもまた、驚きを隠せないようで、大仰に肩をすくめる。


「他の世界から人が来る、というのはこの世界でもめずらしいんですか?」

「珍しいどころか、少なくとも自分は聞いたことがありませんよ。殻獣は居ない、だからオーバードも居ない。最高の世界ですね」


 その言葉に、園口は軽く笑い声をあげると、何かに気づいたように手を打つ。


「そうか! 東京という地名が残っているのも、大正大営巣が無かったからか。なるほど道理だ」


 聞きなれない単語に、真也が反応する。


「大正大営巣?」


 園口もその反応は予想していたようで、すぐにその答えを伝える。


「ああ、殻獣バンだよ。ああ、バンというのは、殻獣が新しい巣を作ろうと襲撃にくる事を指すんだが」


 その言葉に、真也はテントで冊子を読み、簡単な単語は学んだ事を伝え、園口はそれに対して、なら話は早い、と繋げる。


「それで、大正大営巣というのは、新東都が出来る切っ掛けになった殻獣バンなんだ。現在の新東都に巨大な巣ができてね。

 その後、日本初の殲滅された殻獣の巣でもある。そしてその跡地に作られたのが、新東都だ」


 少々早口になっているのは、自身の抱えた謎が解明される心地よさが反映されているのだろう。


「勝手に冊子を読んじゃったことに関しては、大丈夫だったんですか?」

「ああ、あれは一般向けのものだから、読んじゃいけないものでもないしね。もし、なぜ読ませたのかと言われても、君の境遇について知らなかったで通せる代物だ」


 脱線しそうになったが、ウッディが話を元に戻す。


「では、殻獣が生まれなかった以外はほぼ同じ世界から来た、という事ですか?」

「……かもしれん。まあそれでも、100年近く経っているから、だいぶ違う世界とも言えるな。そんな中、全く同じ名前、容姿の間宮さんが居るというのも不思議な話だが」


 議論は尽きないと言わんばかりの2人の会話の間を縫って、レイラが口を開く。


「もしかして、一部の記憶、失って、違う異能になった、ということはない?」

「レイラ?」


 余りにも突拍子のないレイラの言葉に、ウッディが首を傾げる。


「だって、殻獣の居ない世界? 夢物語。それに、もしそうなら……いや、あの死体は、シンヤだった。識別バングルも、つけてたし」


 気にしないで、とレイラはまた口をつぐみ、膝に目線を落とした。


「レイラ、死んでしまった方の間宮さんとはどういう関係だったんですか?」


「同じ士官中学。同じクラス、同じ班。みんなに、なんて説明すれば……」


 目線を落とし、深刻そうにレイラはつぶやいた。

 真也たちの乗る車が停車し、運転手から到着した旨が伝えられる。


「さて、疑問は尽きないが、そろそろこの話は終わりにしようか。レオノワ特練上等兵、そのあたりは今後どうなるか非常にセンシティブな問題だ。暫くは秘匿してくれ。必ず追って連絡する」


 園口は声色を落とし、軍人としてレイラに指示を出す。それに対し、レイラも背筋を伸ばし、敬礼して返答する。


「はい。今回の作戦、指示あるまで、秘匿。承知しました」


 園口は鷹揚に頷くと、レイラとウッディそれぞれに目線を配る。


「各員、今までの会話も心に秘めておくように」


 はっ、という掛け声と共に敬礼をする2人に短い敬礼を返し、一点、優しい口調で真也に声をかける。


「さ、間宮さん、降りましょう」


 真也は、自身の話が変な方向に着地したことで少し後ろめたい気持ちになったものの、しかし、この場に居た3人が自身の存在を認めてくれたようで、後ろめたい以上に、ウッディの言葉通り心が軽くなった気がした。


 次々と下車する3人に、真也は声をかける。


「あの、結局、どこに俺は行くんでしょう」


 そこにきて、園口はしまったという顔をして真也に伝える。


「お伝えするのを忘れてましたね。オーバードの国立研究機関、東日本異能研究所ですよ」

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