私は鷲浜に

韮崎旭

私は鷲浜に

 私は鷲浜にほんとうにこの「テナント募集」、「空き店舗」、「売地」、そして不動産屋の電話番号の乱立する場所で正しいのかと何度も問いただした。そうせずにはいられない何かがあったのか、手持無沙汰で暇なので会話を試みたのかは忘れた。たぶん酔っていた。前日の徹夜がより悪かった。何の用事もないのに徹夜をするのは健康に悪い。妊婦を監禁虐待暴行して胎児を引きずり出して、胎盤の刺身と胎児の湯引きの盛り合わせなどを食しに、来たのか? と尋ねるが野生に妊婦なんてこの辺には今時いませんよと鷲浜、


「まあそうさなあ、」と私が返しているとやたらと国道の標識を飾り付けてあるやはり「空き店舗」、「テナント募集」、不動産屋の電話番号が貼られた雑居ビル(この辺には人気がないわりに雑居ビルが多いので、きっといつか些細な建造物及び火の不始末から火災が起きて周囲に延焼し(冬だったので、日本海からの風が山から吹きおろし、極度の乾燥、および風事態による効果でものは良く燃える状況だった)、死人が多く出るだろうと思った。)の階段を、ためらわずに鷲浜は昇っていく別に、何階だろうが特に店舗などはない、空きビルである。


 ビール瓶は空だった。それで人間を強打すると、瓶は良く割れる。人間もまあ割れる。殴られた箇所から血を流して痛みに呆然としているのでつまらないのでなんかもっと見ごたえのある反応しろよといった気持ちで割れたビール瓶で繰り返しぶん殴っているといつしか破片が人間に刺さっていて、「これはもはや殴打ではない。違う。俺がしたかったのはこんなことではない……」そんな風に思い悩む。手を伸ばしてくるその人間の手を、無遠慮に踏みつけると瓶の破片が手のひらに刺さったのか聞き苦しい叫びをあげる。それだよこれだ、こういうのがききたかったんだよなあ、とトーチャーポルノさながらに、かどうかは定かではないがとりあえず、踏みつけた手を継続的に踏みにじってみたりするとやはり夜間のウシガエルの合唱だってもう少し慎み深く美しいのにこいつと来たら、といういとおしさがわいてきて弱いものを大切にしてあげたい気持ちが生じるから、「そういやビールはケースで注文してたっけ」と思い出し、いったん、殴りつけた頭を強く、サッカーボールだと思いつつ蹴ってから、ケースのある所まで、ビール瓶を取りに行く。背中を見せるのはリスクなのでためらわれるが、こいつは最後まで虐待せねばならない。そのためにはもっとビール瓶が必要だ、そういう責任感がある。というか、まあこのビール瓶のせいで夜が明けるまで人間を、死んでいるかどうかを確かめもせずに殴り続け、時折蹴ったりもしたので非常に疲れたし達成感もその分大きかったが、いや、まあ、疲れた……。

 

 夜が明ける。

 カーテンの隙間から差し込む陽光。

 血だまりの上できらきらと戯れる、陽光とガラス片と埃とがれき、砂、建造物の遺骸。

 うつくしいセンチメンタル。


 懐かしさにも似た、愁いを抱えたまま、その人間の首を切断したりもせずに血と埃で汚れた衣服のまま、帰宅。

 

 本当に、この廃ビルだったのか、定かではない。何せどこにでも、「テナント募集」、「売り家」、「空き店舗」、不動産屋の電話番号が掲示されているのだから。それでも私は進まなくてはならない。選び取るのだ、この手で、あいらしく苛立たしい明日を。


 鷲浜はもう、どこにもいない。

 影も形もなかった、血で洗い流したような暗夜に沈む、視界と暴力の詩情。

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私は鷲浜に 韮崎旭 @nakaimaizumi

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