2-3 知らないこと

 はじめてのプレート競技の結果と感想を尋ねられれば、全然点が取れなくて悔しかったし、三秒という短い時間の中で的を撃ち抜くことの難しさを痛感したのであった。言い訳ではないが、的にはちゃんと当たっていた。ただ、着弾したときには三秒を超えていた。だから得点にならなかったのである。


 高沢さんから誘われた居酒屋でそう答えれば、お酒が入ったからなのか、彼女は声を上げて笑うのである。若干引き笑い気味だった。


「プレート競技はそういうルールなんですからしょうがないですよ」


「でもあれは当たっていたじゃないですか」


「当たっていないんです」


 プレートの難しさはさておき、射撃の結果も散々だった。交互にプレートを撃って、最後にはプレート競技二回分といつものターゲットへの射撃二十発をやって終わりになった。アルコールが入って少しぼやけた頭で思い返してもひどい結果だった。


「エイヒレと塩辛と、後何かいります? じゃあ、以上で」


 見た目とは裏腹に酒のツマミばっかりを頼んでいる高沢さんは、ついさっきまで真っ直ぐな目でターゲットを射抜いていたとは思えなかった。見たところ完全な酒飲みである。ポテトサラダに刺し身に豆アジの唐揚げ。酒も日本酒が合いそうだった。


 というか、僕が生ビールを一杯飲んでいる間に生ビール、カクテル、ハイボールと飲み干して、ファジーネーブルのグラスを半分以上あけていた。


「お酒好きなんですか」


「好きですよ。はじめは抑えないと、とは思うのですが、やっぱり飲んでしまうと我慢できなくなるんですよね」


「だってもう四杯目ですよね」


 と言っているそばから四杯目を飲み干してしまった。


 しかしこの高沢さん、シューティングレンジにいるときから思っていたが、始終楽しそうにしている風に思えた。射撃は真剣ではあるものの、合間にリラックスしたときに気がつけば笑みをこぼしているし、居酒屋で酒を飲み干した後の至福に満ちた顔は言葉にし難い。


 楽しそう。何でもうまくやっているからこそ楽しくいられるのだろう。


「先ほどからあまり浮かない表情をしているように思えるのですが、もしかして、お酒とか居酒屋はあまりお好きではないのですか」


「いえいえ、そんなことありませんよ。高沢さんほどお酒が飲めるわけではないですが、好きですよ酒」


「色んな人にそう言われますが、私、そんなにお酒飲んでますか」


「飲んでます飲んでます。僕、まだ一杯目ですよ」


「何か思うことがあって飲んでないのかと思ってました。なんだか辛そうな顔をしていたように感じたので」


 僕は特に意識しているわけではないが、高沢さんにはそう映っているらしい。心の隅にうごめく暗い何かが顔に出てしまっているということだった。僕はそこまで思っていることが顔に出るタイプだったろうか?


「それに、前と比べて、今日の銃さばきはなんと言うか、言葉はアレですがダメダメでした。前はもっとまっすぐな銃だったのに、今日はなよなよとしているかのような感じです。具体的にどう、というのはないのですが、なんだか、迷っているような」


「そこまで見ていたのですか、今日のあの時間で」


「見てましたよ。一緒に射撃していたのですから。特にプレート競技をしていたときなんて特にひどかったですよ。あんなに外すとは思ってませんでしたから。前回の射撃の様子からすれば今日の倍は得点してもよかったと思います」


 そこまで見られているとは思えなかった。僕は彼女をたくさん見ていた認識はあるけれども、しかし、いつ僕を見ていたのだろうか。いや、見ていたっておかしくはないか。射撃に集中していれば誰が見ているかなんて全く分からない。僕もそうじゃないか。ちゃんと集中しさえすれば、世界は僕とターゲットのみになるのだから。


「だから、私心配なんですよ。藤さんが考え詰めてしまうようなことがあるのが。私に話せることであれば話してほしいんです。何か助けになるかもしれない」


 僕の中でもよく分かっていないことをどうして説明できるのだろうか。つぶつぶのことであればそれっぽい言葉を当てることができる。高沢さんの計算されたかのような構えと発射される弾が織りなす弾道の美しさ。まるで到達できそうのない得点、彼女が叩き出すポイント。


 どちらが刺さるのかと言われれば。


 バッグの中に押し込んだターゲットの的を取り出してしまうのだった。


「今日のブルズアイのターゲットですか」


「はい、そうです。ひどい得点ですよね。高沢さんは四十点近く点を取っているじゃないですか。それを考えちゃうと、僕は全然うまくできていないなって」


「得点がうまく取れないことが悩みだったんですか」


「多分違うとは思うのですが、うまくはまる言葉が見つからなくて、僕が使える言葉を使ったらこうなったと言うか」


「そういうことでしたか」


 いつ注文していたのだろうか、高沢さんはロックグラスと生ビールを一つずつ受け取っていた。何も言っていないのに僕の前の空きジョッキを生と交換した。


「とりあえず飲みましょ飲みましょ」


 会う度に新しい側面を見せてくる高沢さん。まさか飲んべえだったとは。

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