2 つながるもの

2-1 リプレイ

 その場の流れと言うか、気持ちが変に浮かれていたのか。


 帰宅して使った道具の後片付けをしながらも、横に置いたスマートフォンの連絡先が気になって仕方がなかった。電源ボタンを入れて画面に表示されるのは高沢さんのアカウントの情報。


 ピストルのグリップとトリガーを軽く拭き取って、そうしてから構えてみる。前後についた照準器の上辺を一直線に合わせるよう角度を整える。手の無意識の動きで照準は定まらなかった。その中でもピタリと一直線になったとおぼしく瞬間に引き金を引いた。指の動きが照準のぶれに反映されてしまう。射撃としてはだめだめな操作である。


 訓練のつもりでやっているわけでないから、うまく行かないことはどうでもよかった。隣りにある高沢さんのアカウントから少しばかりでもよいから距離を置いておきたかった。


 きっと喜べばよいのだろう。何も考えなくて、同じことをしている仲間に出会えたことを感謝すればよいだけだ。二人でこれからするであろう練習を楽しんで、APSカップなるものに出場するのだ。大会と言いながらもイベント、彼女はそう言っていた。


 イベント。


 楽しむことだ。


 射撃することをひたすら楽しめばいい。いつもシューティングレンジでしているように、的をひたすらに撃って、何点だったのかと、前よりよかった、悪かったと一喜一憂すれば、自分自身の楽しみとして振る舞えば。


 スマートフォンが突然震えたかと思えば、暗転していた画面がたちまち明るくなった。画面の中央に表示されているポップアップは、高沢さんからのメッセージだった。


「今日はありがとうございました」


 なんてことないメッセージだ。シューティングレンジでの一件のお礼にすぎない。たったそれだけのはずなのに、僕はどうして心をかき回されるのか。


 銃をテーブルに横たえて代わりにスマートフォンを手に取った。ポップアップを閉じてアプリの画面に移れば、はじめてのメッセージが先頭に表示されていた。当たり障りのないメッセージを入力エリアに書き込む。フリップ入力していた指を送信ボタンの上に移したものの、指が止まってしまった。


 心の中に別の僕がどこからともなく現れた。僕の手をわしづかみにして返信させまいとしている。社交辞令的にも返信をすべきだった。なのにしたくない自分がいた。相反する二人が身勝手にせめぎ合って身動きが取れなくなった。


 ピストルの横にスマートフォンを横たえる。スマートフォンから、というよりも、高沢さんから一旦離れるべきだった。僕が困っているのは高沢さんの存在だった。距離を置いて冷静にならなければならなかった。僕はおかしくなってしまっている。高沢さんのことを考えるとざわつく心がある。


 床に寝転んで仰向けに天井を眺める。寝転んでしまえば物理的に距離を取れる。高沢さんとのつながりを断ち切れば、それで何も考えなければきっと自然な流れで返信ができるはずだった。


 でも天井の白い背景の中に高沢さんがこちらを見ているような気がした。一度感じ取ってしまえばたちまち、高沢さんのおぼろげなイメージが天井に投影されてしまうのだ。休憩スペースで見た切れ長の目が笑みをたたえる瞬間が映されたかと思えば、たちまち射撃のときの手と銃が現れて、アルマイト加工の部品が光を受けて輝いた。


 ああ、かっこいいなあ。何も考えずにも感想がこぼれ出てくる。語りかける相手もいないのに自然と口にしてしまうところ、心の底から思っていることなのだ。相反する自分が存在する理由はどこにあるのか。


 天井に映写された高沢さんの姿がかき消されて一転、天井に浮かび上がってくるのは複数の円の重なりだった。それぞれのエリアに五点、八点、十点、Xが刻まれるのだ。精密射撃をやっていれば一瞬で何者かが分かるそれ。


 黒塗りの点が一つ、突如として現れた。少しの間を置いてまた一つ。また一つ。点が刻まれる一定のリズムを僕は知っていた。ほら、また点がついた。構えて、狙って、ブレの隙間をかいくぐって、ほら、点がついた。


 これは僕のリズムだ。僕が射撃をするペースだ。十点に一つも当たらない、ひどい結果だった。多分あれだ、シューティングレンジで休憩しようと思い立ったときのターゲットだ。目も当てられない得点である。


 僕の射撃がかき消された。ターゲットは残ったままなように思えた。


 再び穿たれる点。二発目が当たった時点ではっきりした。高沢さんの筋だ。高沢さんの撃っているターゲットのイメージだ。僕のそれよりも思い切りのよい撃ち方。流れるような動きで装填と構えと射撃を続けるスタイルで、あっという間に五発を撃ちきるのだ。


 十点こそ一つだけだったが、ほかは全て八点の円の中に収まっていてた。見事としか言いようのない結果、僕とはレベルが違った。目の前に超えられない壁を作られてしまったかのような気分だった。


 ざわざわ。


 スマートフォンで高沢さんの画面を見るわけでもないのに気持ちが落ち着かなくなった。天井の白地をずっと眺めていると彼女の射撃結果がスライドシートのように移されてゆくような気がしてくる。スマートフォンを見て感じた嫌な感じが天井に転移したかのようだった。

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