第3章 2-2 第1試合 アークタ対イェフカ

 それから槍だ。これは普通の槍だった。ただ、少し細みに柄を合わせてある。武器庫にあった槍は、桜葉には若干太くて手に違和感があったのだ。


 クロタルはそこで分かれて、関係者専用の観客席へ向かった。申し合いで何度も通った選手用通路の先に竜場があり、乗降台があってガズ子が桜葉を……イェフカを待っていた。戦闘の邪魔にならない程度に飾り付けられたガズ子が、ゴフゥン、ゴフゥンと鳴いて甘えた。桜葉と分かって甘えているのか。それは分からない。ただ、異様に懐いている。


 「よしよし。さ……行こう。きっとおまえを『大鳳』にしてみせる。あの装甲空母にな」


 ガズ子の頬をやさしくなでてから、桜葉は台を上った。


 いつも通りに、すぽんとガズ子の首の付け根と肩の骨の間に両足をはめこむ。台が移動され、桜葉はそっと両腿へ力を入れた。


 ガズ子がノシノシと歩き出す。暗い竜場から出ると、見たこともない光景があった。


 いつもは閑散としている観客席が、びっしりと人で埋まっている。大歓声だ。一万に近い規模だろう。貴賓席には、ヒゲと濃い眉のテツルギン侯がいた。その周囲にもテツルギンのお偉方。さらに、七選帝侯国の偉い人たちだろうか。見るからに貴族然とした人々が、侯を中心に百人はいる。外国人らしい顔立ちや肌の色をした人も大勢いる。同じ七選帝侯国であっても、人種は異なるのだろうか。


 その周囲には、金持ちっぽい身なりの人々がずらりと並んでいる。しかし、客席の大部分はテツルギン人のようだ。チケット代は手ごろな価格で頒布されているように見受けられる。察するに、遠くから来る旅費や滞在費が高いのだろう。それで外国人は金持ちしか来られない。


 「なるほど……そのための実況放送か」


 選帝侯国の中には、帝国内の遠くにある国もあるのだろう。実況中継で、自分たちの代表選手権を満喫する。


 見ると、アークタも反対側の竜場から出てきている。

 「げっ……!」


 なんか革の鎧っぽいものを着ているのもちょっと驚いたが、アークタの顔が完全に桜葉を殺しにかかっているだった。なんていう顔をしているのか……。殺意に光って、まさに猛獣の眼だった。


 (やっぱり、加減を知らずにやりすぎた)


 怒っているのならまだ良い。暗殺者めいたその迫力に、桜葉はやる前からビビった。


 それが伝わったのだろう。ガズ子がいきなり後ろ足で立ち上がり、ボオオォォオオ!! と、今まで聞いたこともない大声で鳴いた。


 歓声がさらに大きくなる。

 「……鼓舞してくれたんかい!!」


 桜葉の気合と共に、一気に魔力炉が回った。魔力が増幅し、クスリでもキメたかのように集中がいや増す。


 テツルギン侯が貴賓席で立ち、右手を大きく上下に振った。

 金管楽器で不思議な不協和音のファンファーレが鳴り、ゲームスタート!

 白いゲージ幕がスタジアムの上空へ出現し、両者、思い切り空へ舞った。


 本番はゲージが倍の二段となるうえ、防御力が大幅に強化される。これまでほぼ一撃で行動不能にしていた超クリティカルダメージでも、最大で半分以下……四割ほどにしかならない。


 まずは上を取って……と思った桜葉、いつもならとっくに上空へ舞っているアークタがまだ下方を飛んでいるのに気づく。


 「……!!」

 何か嫌な予感がした瞬間、魔力炉が急回転、敵を真下にとらえる。


 ガズ子をひねり、失速気味にスーッとその場から消えた瞬間、すさまじい上昇でアークタが真下から突っこんできた。間一髪!!


 「……これを避けやがんのか!」


 集中で大歓声も聞こえなくなり、アークタが逆に大上昇から得意の急降下の吶喊! まだ体制を立て直している桜葉めがけて一撃離脱戦法に入る。


 「こなくそ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る