第3章 1-1 申し合い開始
パン焼き釜からの煙を見させられ、匂いを嗅がされるだけでも苦痛と云うことか。知ったことか。桜葉は、こんな場所、二度と戻らないだろうと思った。
「しかし、イェフカが七選帝侯国代表となり、全国大会でも好成績をおさめることで国が豊かになって、やがてこの村にも恩恵が与えられるはずですが」
まじめなクロタルは、よほどの中産階級か知識階級の出身のようだと桜葉は再確認した。要するにお嬢様だ。そうではない。そういう問題ではない。桜葉がどう答えようかと考えているうちに、役人が答えてくれた。
「そんな先のこと、村人らにはどうでもいいし、考えている余裕もありません。明日の……いいえ、今日の糧を得るためだけに生きているのです」
クロタルは無言のまま憐憫と同情と嫌悪に満ちた目つきに顔を歪め、高原の向こうの寒村を見つめた。
その日の昼前に、二人はドラゴンへ跨り、コロージェン村を後にした。
桜葉は眼下に小さな村落を見下ろしながら謎の和風建築物を探したが、まるで分らなかった。ネットの衛星写真マップのように、山の中にぽつんと一軒家が見えると思ったが。
ただ、初夏の
第三章
1
「チッックショウがあァッ!!」
控室でそこらの椅子や用具を蹴りつけ、係員が驚いて硬直した。
「異世界じゃあ戦闘力もクソチートで連戦楽勝なんじゃあねえのかよッッ!!」
今度はテーブルを蹴りつける。大きな音を立ててテーブルが倒れた。
桜葉はそこで初めて人がいることに気づき、あわてて咳払いし、いま蹴り倒したテーブルや椅子をそそくさと直した。
「……なんでもありません……いや、興奮のあまり世迷言を……ハハ……忘れてください」
係員が目元を引きつらせて、急いで部屋を出て行った。
そこで室内にもう誰もいないことを確実に確認し、再び大声を上げて椅子を蹴り飛ばした。
桜葉はがっくりと肩を落とし、倒していない椅子へ腰かけた。ずれたテーブルへ右ひじをかけ、茫然と目を落とす。
「イェフカ、大丈夫ですか!?」
大きな音を立ててクロタルが飛びこんでくる。
「クロタルさん……」
「イェフカ……気にしてはいけません。慣れの問題です」
慣れ。本当にそうだろうか。桜葉はすっかり自分のマネージャー兼セコンドとなったクロタルへ今すぐ抱きつき、その胸へ顔を埋めたい衝動を懸命にこらえた。
もう来週には選手権を控え、連日桜葉はアークタ達と申し合いを行っていたが、一日に二回から三回の練習試合を行い、アークタには七戦全敗、ランツーマには一勝五敗、ユズミには二勝六敗だった。話にならぬ。
今も、アークタに手も足も出ず七敗目を喫したところだ。
とにかく、戦い方がどうこう以前に本物のハイセナキスの衝撃というか、戦いのダメージが凄くて桜葉は一撃で行動不能になる場合が多い。一気に四割から六割のゲージが減る。桜葉の世界の概念で云うと、クリティカルを連続して叩きこまれて、あっというまにゲームオーバーなのだ。しかも自分の攻撃ですら、その衝撃で刀を落としてしまうことも多々あった。ついでに、桜葉の攻撃は一~二割ほどしかゲージが減らない。
これでは、とても本番では通じない。高い金を出してこのイェフカを開発し、全戦全敗では目も当てられぬ。
(参った……どうしよう……こいつは参った……)
頭を抱え、苛ついて椅子やテーブルに八つ当たりしたところでどうにもならない。
「イェフカはまだ、魔力の使い方に馴染んでいないだけです」
桜葉の手をとり、クロタルが優しく云ってくれるが、甘えている場合ではない。
「いつ馴染むんでしょう。来週には、選手権がはじまりますよ?」
「それは……」
クロタルも顔を曇らせるほかは無かった。
(チクショウ……型ばっかりやってる武道がいきなり実戦やったって、そりゃあいきなり戦えるわけねえよな……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます