第1章 3-4 サラダ食いたい

 「……!!」


 ありもしない心臓が止まるかと思った。大口を開けて大きく息を吸ったが、空気が入ってこなかった。動揺で倒れそうになって、表情を読まれまいとクロタルから視線を外し、さっと前を向く。


 「……わかんない……」

 クロタルが何か次の言葉を発する前に、桜葉は無意識にそう答えていた。

 「なんですって?」

 「わかんない!!」


 逆ギレして、振り返りざまにクロタルをにらみつけた。そんな顔でにらまれるとは思ってもいなかったクロタルが、反対に動揺した。


 「そ……そうよね。何も……分からなくなったんですもの……ね……分かる範囲で……せいいっぱいのことを……やってるだけ……ですものね……」


 クロタルは眉をひそめて眼をつむり、ややうつむいていたが、やがてキッとひきしまった表情で顔を上げた。


 「なんと自分は、恥ずかしい疑念を抱いてしまったのでしょう。反省します。どうか、お忘れください。そして今までの無礼な態度をお許しください。私にできることであれば、なんなりとお云いつけを」


 「え……あ……はい……」


 切り抜けたの……か……? 安心して良いやら、油断してはいけないのやら。なんとも云えぬ感情に支配され、桜葉は食堂へ急いだ。


 食堂の前で、クロタルが、

 「では、私は今日はこれで。また明日」

 「えっ……そうですか」


 そう云えば、他の三人にも、世話係がいるんだろうか? 桜葉はふと、そんなことを思った。


 そして食堂へ入ると、その三人が珍しく先に食事をしていた。

 「……」


 一瞬、眼が合ったが、桜葉は普通に離れた場所に座った。飽きもせず、同じような料理が並ぶ。こうしてみると、和洋中その他の世界中の料理屋がどこにでも、かついくらでもある東京は、やはりすごい。それをあたりまえのように享受していた身を、懐かしく思う。


 (やべ……飽きてきた……)


 桜葉がそう思った瞬間、ふと、腹が鳴った気がした。実際は鳴っていなかったが、しばらく感じていなかった感覚だ。


 (腹が……減った……?)

 頭の中で、好きだったグルメドラマのBGMが鳴る。


 やおら、眼前の大きく固いパンをちぎっては食べ、食べてはちぎり、ワインもどきで流しこむ。大きく肉の塊をロースとしたものへナイフを突きたて、切ってはパンへ挟んで食べた。見たこともない菜っ葉を刻んだものの酢漬けは、できればサラダで食べたかったが、そういう料理がないらしく野菜類は全て火が通っている。どうせ栄養の偏りも何もないのだろうから、かまわないでパンへ肉と一緒に挟んで食べる。シチュー、スープ、煮込みも次々に平らげて行く。


 (やっぱりサラダが食いてえなあ)

 そう思い、ちょうどワインを瓶ごと交換しようとやってきた給仕へ、

 「あの……生で食べられる菜っ葉って、ありませんか」

 と聴いてみた。


 「え、生で!?」

 給仕が引きつって驚く。同時に、アークタが噴き出して笑うのが分かった。

 「おい、イェフカ、おまえ、どうしちまったんだよ」

 桜葉は口と眉をへの字にして、三人を見た。


 「物を忘れるにしたって、おかしくなりすぎだろ、野菜を生で食べたいだなんて……」


 「放っておきなさい。食べたいのだったら、食べさせればいいのよ。どうせ、ドラムはお腹とか壊さないのだし……」


 つっけんどんに云い放ったのは、もちろんユズミだ。

 「そうは云っても、魔力路の調子が悪くなるかも……」


 ランツーマが、心配げに小声でささやいた。そして振り返って桜葉を見やった。

 「ここには、生で食べるような野菜は存在しないよ。ドラゴンじゃないんだから」

 (全否定かよ)


 桜葉はどうしようもなく、

 「どうも……」

 と卑屈な笑みで会釈するのがやっとだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る