時が、止まる(こちら側の視点と、あちら側の視点から)。
西田彩花
第1話 時が、止まる。
始まりは、クラスメイト同士の罰ゲームだった。
男子とほとんど話さない私は、特に恋愛感情を抱くこともなく、平凡な日々を送っていたと思う。
友達の恋愛話はよく聞く。彼氏がいる友達は、みんな浮き沈みが激しい。彼氏の一挙一動に喜んだり、悲しんだり。そういうのが恋愛なんだと思っていた。彼氏がいるだけで情緒不安定になるなんて、ちょっと面倒臭いな。それが正直な感想だった。
文化祭の打ち上げに、みんなで焼肉店に行った。いつも通り、仲良しグループの女子たちと座った。
私が通っている高校は、自由だ。オープンスクールに行ったとき、やたら「自由な校風、自由な校風」と謳っていたが、それは本当だった。有名な進学校だし厳しいのでは…と思っていたけど、中学校の方がよっぽど厳しかった。高校デビューした人もたくさんいると思う。
私の周りには、しっかりメイクをして髪の毛もキレイに染めた、可愛い友達もいる。私もメイクにチャレンジしてみようと思ったけれど、自分の不器用さに呆れるだけだった。今は結局眉を描く程度だ。
メイクを勉強している友達は、恋愛話が絶えない傾向にあったと思う。片思いであれ両思いであれ、相手への気持ちを語る姿は、同性ながら可愛いと感じる。そういった女子たちに比べて私は地味で、恋愛は縁遠い話だ。男子も、私みたいな地味な女子が好きだなんて思わないだろう。
「史乃〜あんたも取り分けなさいよ」
突然トングとお皿数枚を手渡された。呑気にジンジャーエールを飲んでいた私は、少し慌てた。
「えーと、何人分?」
私が座っているテーブルの人数分を頼まれた。普段あまり取り分けないので、戸惑った。向かいには4人男子がいる。男子はきっとよく食べるだろうから…。男子はお肉多めにして、お皿を渡した。
「おっ俺牛肉好きなんだよね〜高畑さん、牛大盛りありがとう」
真向かいの男子が笑った。私は「うん」と頷いて、自分のお皿に目を落とした。私の分、ちょっと野菜が多すぎたかな…。そう思いながら、キャベツをタレにつけて食べる。なぜだろう、家族と行くときとは違った、特別な味がする。
「ねーねー、みんなで女王様ゲームしようよ」
「えー、それなら王様ゲームのが良いや」
「何でよ!レディファーストでしょ!」
「レディファーストって、そもそも男に対して従僕的な淑女であれって意味なんだぜ」
「……!いつの時代の話してんの…今は2019年なので、今の意味に従ってくださーい。そんなんだからモテないのよ…」
「今の時代は男女平等だぜ。そんなの言っちゃったら、お前の意味も時代錯誤だよ」
口論気味になっていた場を制したのは、真向かいに座っている男子だった。
「まま、ここは…王様ゲームにしたら?たくさん集まってるからさ、分かりやすい罰ゲームがあった方が面白くない?でも、過激な罰ゲームは禁止ってことで」
彼がそう言うと、女子は渋々座った。男子はちょっと勝ち誇った顔をして座っていた。
それからは、真向かいの男子が仕切った。当番が一緒になったときくらいしか喋ったことがないけれど、意外に積極的なんだと知った。それぞれが割り箸の袋を彼に渡し、彼はその袋に番号を書いていった。彼の机にある割り箸袋を、順々に取っていく。
「王様引いた人〜!」
「あっ…!はいはーい!俺だ!」
さっきレディファーストでごちゃごちゃ言っていた男子。女子陣は、よりによって…といった表情をしている。
「お前、過激な命令したら王様交代だからな〜」
「はは、大丈夫だよ。俺これでも純粋なんだ。うーん。じゃあ、3番の人が10番の人に告白してくださーい!」
「まさかの茶番劇!?やっぱ女王様ゲームの方が良かった…」
「まーまー、良いじゃん。3番、誰ー?」
私はドキドキしていた。10番の割り箸袋を持っているのは、私だ。私に告白するなんて…冗談でも嫌なんじゃないかな。3番が、仲のいい女子でありますように。
「はーい」
手を挙げたのは、真向かいの男子だった。こんな近くで、告白のフリなんて。…帰りたい。
「お、良いじゃん。思いっきり演技してくれよ!10番は?」
すごすごと手を挙げると、女子から悲鳴が上がった。
「うそー、史乃の赤面シーンを見れるチャンスじゃん!」
「恋愛に興味ない史乃の、貴重映像!あ、大丈夫だよ、動画撮らないから」
「これなら王様ゲームで良かったんじゃない!?」
「じゃ、そこの2人、立って立って!」
王様が命令口調で言う。私は俯きながら立ち上がった。
「…高畑さん」
名前を呼ばれても、正面を向けなかった。
「高畑さん、こっち向いて」
そう言われても、下を向いたままだ。早く終われば良いのに。
相変わらず女子たちはキャーキャー言っているけれど、何が面白いのか分からない。
「こっちを向けないなら、そのままで大丈夫。そのまま聞いて。俺さ、ずっと言えなかったんだ。掃除が一緒になったときなんか、一生懸命話しかけようとしたんだけど。高畑さんは真面目だから、俺の話なんて覚えてないでしょ?だけど、話せた日は眠れないくらい嬉しかったんだ。…いや、実際はしっかり寝てるけど」
彼が笑う音が聞こえた。私は思わず顔を上げる。さっきまで騒がしかった女子たちの声が聞こえない。
「あ、やっとこっち向いてくれた。俺さ、高畑さんの笑顔が好きなんだ。純粋で、飾っていなくて。…高畑さんが良かったらだけど、付き合ってもらえませんか」
「キャー!!なにそれ、マジの告白!?」
「お前、もう演劇部入れよ。向いてる。俺が保証する。てかスカウトする」
「思わず見入っちゃったよねー」
「ほら、史乃も顔真っ赤じゃん。そんな本気の演技すると、誰だって真っ赤になっちゃうよね!史乃、大丈夫?もう座って良いよ」
隣に座っていた友達が、私を引っ張った。
それからのことはあまり覚えていない。告白の罰ゲームなんて、黒歴史も良いところだ。明日みんなにからかわれるかな…。一刻も早く帰りたかった私は、王様ゲームの話題がすっかり忘れ去られた頃に「塾の課題が残ってるから」とお金を置いてお店を出た。
外は冷え込んでいた。お店の暖かさの余韻が残っているものの、冷たい風が吹くとキーンと耳が痛くなった。手袋をして、自転車置き場に向かう。帰ったら、ひとまず寝よう。
「高畑さん」
自転車置き場に向かう途中、さっき聞いたフレーズがリフレインした。
「高畑さん、待って」
振り向くと、さっきの男子がいた。河中大和。彼の名前だ。
「あ…大丈夫だよ、気にしないで。ちょっとクジ運悪かったね。巻き込んじゃった」
「いや、俺はクジ運良かったと思ってるんだけど…あのさ、あいつら絶対着いてきてるから。ちょっと向こうまで付き合ってもらえる?あ、自転車押していこ。待ってるから」
さっきの告白が演技じゃないとしたら。そんな考えが頭をよぎった。けど、その直後に、これは罰ゲームの続きかもしれないと勘繰った。
自転車を押して出ると、河中君が立っていた。コートを着ていないのに気づき、早く行かなきゃと急いだ。
時折吹く冷たい風が、手袋の中の手をかじかませた。河中君が行く方へ着いていったけれど、始終無言だった。私はなるべく何も考えないようにしようと思っていた。
河中君が足を止めたのは、橋の下だった。自転車を止め、河中君の隣に座る。なるべく離れて。
目の前にある川から、ひときわ冷たい風が吹く。私は思わず膝を抱いた。
「ごめん、完全に場所間違えてるな。…でも、ここで良い?」
私が頷くと、彼は言葉を続けた。
「あいつらさ、俺が店出るときからかってたから。着いてきてるかもと思って。ここなら見渡せるし、知ってる奴誰もいないだろ」
私は再び頷いた。
「寒いのに付き合わせちゃってごめん。でも、さっきの返事聞いてなかったから」
「え」
「俺、あんな迫真の演技できないよ。思ってたこと言っただけなんだ。公開処刑みたくなっちゃってホントごめんなんだけど、告白するなら今しかないって思っちゃったんだ」
「えと…」
「本当に好きなんだ。高畑さんは俺に興味ないと思うんだけど。ずっと見てたんだ。その、可愛い笑顔。…って俺ストーカーっぽいな。ストーカー行為は一切してないから安心して」
河中君が笑い、私は顔を上げた。
「良いんだ、ダメならダメで。それはあのとき覚悟したから。だけど、返事聞かないままだと絶対後悔すると思って。だから、返事だけ、お願いします」
私は戸惑った。本気の告白って。さっき言っていた河中君の言葉を思い返すと、自分でも赤面するのが分かった。
「…あの」
「うん」
「正直恋愛とか好きとか、そういうの分からずに生活してきたんだけど」
「…うん」
「分からない、そういうので頷いて良いのか、断って良いのか」
「はは、高畑さんらしいね」
「ごめん、そういうのあまり分からなくて」
「じゃあさ、高畑さん、俺のこともっと知ってください。その上で、好きだと思ったら、改めて告白させてください。今度はみんながいないところで。それでも、良い?」
「…うん」
「ありがとう。とりあえずさ、連絡先交換したい。あと、一つだけ、ワガママ言って良い?」
「…何?」
「俺、寒いから、一瞬だけ、抱き締めて良い?」
自分の心臓が音を立てているのが分かる。私は河中君を見つめたまま動けなくなった。恋愛なんて、縁遠いと思っていたけれど。
その瞬間、体が温かくなった。彼の体温が伝わって、彼の心臓の音が伝わってきた。私の世界が、彼の体温と彼の心臓の音だけになった。冬の冷たい風は、私たちがいる場所を避けて通っているようだ。私の中の、時が止まった。
彼が私を抱き締めたのは、本当に一瞬だったのかもしれないけれど、永遠のように感じられた。明日、みんなにからかわれるかもしれない。それでも良いと思った。私は知らなかった。抱き締められると、真冬でも温かいということを。時が止まるということを。今まで知ろうとしなかったのかもしれない。
河中君のことはまだ知らないことだらけだけど、なんとも形容しがたい感情が生まれているのは分かった。人はこれを、恋愛感情と呼ぶのかもしれない。
私はこれから、いろんな感覚やいろんな感情を知るのかもしれない。自転車を押して帰るときも、やっぱり無言だった。だけど、このときの無言は、なんだか照れ臭い気がした。
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