つぼみの落ちた日

七竈

遠い遠い記憶に飲まれていく

「うわっ…」


 あいつを目の前にしたら誰でも息を飲んだだろう


 あまりにも彼女が美しすぎたから。

 いや、美しくなりすぎていたから…と言うべきかもしれない


「久しぶりだね。西園寺くん?」


 そうやって声をかけてきた彼女は何処か、薄気味悪く笑っていた



 俺の目の前にいるのは、今世紀最大に会いたくない人物…湯佐野苺飴だった



 ¤



「久しぶりに会ったっていうのに、その態度は無いんじゃないの?一応“元カノ”なんだから」


 珈琲の入ったカップを手に持ち、スゥとキレイな姿勢で飲みながら言う


「…今更何のようだ」


「あらやだ、そんなトゲドゲしなくていいのよ?別に前みたいに君に危害を加えるつもりはないんだから」


「なら尚更だ!湯佐野、あのときもう一生俺の目の前に現れないって言ってたじゃないか!」


 ガシャンと机に置いてあるカップが揺れる


 周りがなんだと、こちらを見ているのが分かり、気恥ずかしくなってゆっくり、ふかふかのカフェ特有のイスに座った


「まぁ、そう声を荒らげないで。私はただ西園寺くんともう一度だけ話したかっただけなんだから」


「何が話したかっただけだ。また何か裏があるんだろ」


「裏なんてないわ、本当のことよ。あぁ、それより湯佐野じゃなくて、苺飴って呼んでよ」


「絶対に嫌だ。」


「何よ。ケチねぇ」


 名前を呼ばないだけでケチと言われるこちらの身になってほしい。


「まぁそれじゃあ、本題に入りましょうか」


 今日一番で真面目そうな表情をした湯佐野。

 なんだよ…本当に話あったのか


「本当にあるのかよ…手短に頼むぞ」


 特にこのあと予定があるとかそんなことはないが。

 こいつといると頭がおかしくなりそうになるんだ。歩くたび話すたび誰かが振り返るのが面倒くさい


 俺がぐるぐると考えていると湯佐野はそっと口を開けた


「ねぇ西園寺くん。あの人たちのこと、覚えているわよね?」


 そっと目を閉じて俺に同意を求めるかのような仕草を取る。

 これは湯佐野が高校のときからしている仕草で俺しか知らない癖である。


「あの人たち、ねぇ…随分可愛らしい言い方するな。あいつらのこと」


「あら、意外に動揺しないのね」


「まぁ、もう大人だからな。確かに最初は恐怖で震えてたけど、俺だってあの頃よりも成長してるさ。しかも今はあいつらにも会ってないし、忘れてたよ」


「へぇ、私もっと恨まれてるかと思ってたわ」


「確かにあのときは嘘だって、何度も思ったけど、今はそんな思ってないよ。今じゃこんな美人な元カノがいたんだって自慢するほどだな」


 ふーん、とあからさまにつまらなそうな相槌を打つ湯佐野に少しの苛つきが起こる


 お前から話題を振ってきたんだろ!もう少し興味を持てよ!と心の中で呟き、表情には出さない。


「まぁ、そんなことはおいておいて。」


「置いておくなよ…」


「あなたが恨んでいるであろう人たちの中の一番下で目立ってなかった霧下って人いたの覚えてる?」


「霧下?あー…なんかいたような気がする」


「その人、実は先週…死んだのよ」


 いつになく冷酷な目をしている。

 俺は何故かそう言われたとき、実感が沸かなかったのか、それとも恨んでいたからか分からないが、曖昧な返答しかできなかった


「…あなたも不幸な人間よね。前のことがあるからって私に目をつけられちゃうなんて」


「は?なんのこと…」


「ねぇ、これからのあなたの人生に関わる話聞きたい?」



 ¤



『本日未明、神崎池で二十代と思われる男性の遺体が発見されました。まだ詳しい身元は特定できていなく、警察は捜査を______。』


 俺は今、湯佐野の家で霧下についての事件のニュースを見させられている。

 何故かという詳細は、後でいいだろう


「ふーん、なるほどな」


「やっぱり西園寺くんはニュースとか見てないのね」


「別に見ても得なことなんてないし」


「あら?意外にそうでもないかもしれないわよ?」


「どーだか」


 呆れたようなため息を付かれ、次はこっちねと急いで別の録画に変えられる


 まぁ随分多く録画したことだ。

 そんなに見る必要もないだろうに…


「ここからよ」


『それでは続いてのニュースです』


 明瞭なニュースキャスターの声を耳にし、もう一度無駄にデカイテレビに向き直った。


『神崎池で見つかった死体の身元が特定されたそうです。

 ___名前は霧下翼さん、22歳、頭を刃物で刺された跡があり、他殺だと推定し、警察は犯人の捜査を急いでいます。』


「へぇ…霧下って翼って言ったんだな。翼って書いてたすくって読むんだ…知らなかった」


「西園寺くん…あなたどこ見てるのよ。今西園寺くんの頭の悪さは関係ないでしょう」


 さらっと遠回しに傷つけられた…

 何という女だこいつ。


「私のことはなんとでも思っていいけど、今はこっちのことに集中してくれないかしら?」


「なんてこった顔に出てたか…」


「西園寺くんあなたいつからそんなフラットになったのよ…最初と大違いよ?」


「まぁ、そんなことはいいだろ。それで、この話がなんだって?」


「やっと聞く気になったのね、じゃあ話してあげるわ」


「おう。手短に頼むぞ」


 そこから湯佐野は簡潔に話をしてくれた。

 霧下について、高校時代のことについて、そしてこれから起こるであろうことについて…。


「つまりなんだ。これからあと6人も死ぬってのかよ」


「まぁそうよ、簡単に言えばね。詳しく言えば私も…」


 最後に湯佐野が口籠って言った言葉には耳を向けないことにした。

 聞き直したら、戻れなくなりそうな気がするのは俺がまだ湯佐野のことを想っているからなのだろうか


「これから死ぬのが…高校時代のあいつらって訳か」


 ぼそっと呟いてみたが、にわかには信じがたい話だった。

 まさか、俺の高校時代の出来事がこんな形で戻ってくるとは…


「でもなんで湯佐野がそんなことを知ってるんだ」


「これ、見てほしかったの」


 小さく丁寧に織り込まれた薄い水色掛かった紙をカバンから取り出し、俺に差し出してきた。


 なんだよこれ、と一応受け取り中を開く


 紙に目を通すと思わず目を見張ってしまった。

 そこには新聞の切り抜きでありえない言葉が並べてあったのだから…


『この恨みは忘れない。必ずお前らのやり方でいたぶり殺してやる』


「これ、って…」


「その紙ね、私と後7人全員に届いたの。“あのとき”と全く同じ。それを知ってるのは西園寺くんくらいだと思ってたんだけど?」


「…まさかお前、俺のこと疑ってるのか」


 恐る恐る、夢から覚めるようにと願いを込めるように湯佐野に向き合った


 湯佐野は特に何を言うわけでもなくそっと目を閉じ、同意を求めるかのような仕草を取った

 これは…俺しか知らない湯佐野の癖


「おいおい…嘘だろ」


「悪いけど、動機なんて西園寺くんにしかないじゃない」


 湯佐野苺飴は薄気味悪く笑った。

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