流転―③―

午後 10:52


「兄さん!」


 サミュエルがロックに駆け寄ろうとし、寸前で止まる。


 ブルースとシャロンも、口を開けたままロックに釘付けになっていた。


「これか……?」


 三対の目に映る、ロックの姿。


 紅い外套が、赤と黒の鱗の様な鎧に包まれている。


額の鉢金から、一対の剣が竜の角の様に立ち昇り、頭部を覆っていた。


 翼剣”ブラック・クイーン”を併せると、ロックを翼竜と見間違う外装である。


「俺の命熱波アナーシュト・ベハの能力を引き出した」


「”剣の洗礼”か……ロック、扱えても”グランヴィル・アイランド”ののがやっとだったんじゃないか!?」


 ブルースが、サミュエルの前に出て、叫んだ。


 狐色の髪の美丈夫の懸念は、尤もで、その能力の発現に、ブルースも何度か居合わせている。


 強すぎるが故に、制御が出来ない代物として、ブルースの手を焼かせたことも少なくない。


で安定させている」


 外見への疑問が出ることを想定しつつ、ブルースの苦言を制し、


「時間が惜しい。リリスを止める」


 ロックは、そう言って東の空に目を向けた。


青い光が街中から天に向かい、夜を照らしている。


「ナオトから連絡があった。”ウィッカー・マン”がいきなり、東ヘイスティングに向かった……恐らく、”救世の剣”の欠片で、リリスが何かをするつもりだ」


 ブルースは目の前の状況と共に息を呑み、話した。


「”ウィッカー・マン”の視点を同期させたら、街中でリリスに燃やされている人たちが見えた!」


 シャロンの言葉に耳を傾けていると、


「兄さん、どっちに行くにしても……準備が必要だよ。それに現場へ行くも――」


ある。それにもある」


 足を込め、サミュエルに向く。


 弟の眼には、ロックが口の右端を釣り上げている姿が映り、


「””だ!」


 雨を浴びながら、ロックは地面を蹴り、空を舞う。


 体から軛がなくなり、体重すらもない様に感じた。


――集中させる……。


 目を閉じ、耳を体内に集中させる。


 体重が無いから、上下もない。


 ただ、広がるのは、曇天に包まれた空と、惨劇にも関わらず輝き続けるスパンコールに包まれた夜景。


――リリス……”ファンの力”が、なら――!!


 リリスのナノマシンの熱出力に溢れたこの街で、ロックを見つけ出した方法。


 夜景と曇天が消えた闇が視界に訪れる。


 夜景に浮かび上がる人影が火柱となり、花火が何かの後を追う様に続いていた。


火柱の先を進む、青白い炎と赤黒い炎の二つが、ロックに見えた瞬間、


「リリス、火遊びはそこまでだ!」


 黒と白の翼槍を背に、空を飛ぶリリスの背後が、ロックの眼に飛び込んだ。


 彼女を振り向かせる余裕を、ロックは与えない。


黒と白の翼槍に浮かぶリリスの背中へ、ロックは右足を撃ち込んだ。


 蹴りで生まれた応力の鏃が、リリスの見開いた目の寸前で止まる。


 彼女の放った磁向防スキーアフ・ヴェイクターが、深紅の外套の戦士の蹴りから生まれた熱出力の華を咲かせた。


磁向防スキーアフ・ヴェイクターを作った反動で振り返り、リリスはロックの脚槍の穂先一つ分の隙間を作り、後退。


だが、体勢を立て直したものの、リリスは蛇行飛行を取らずにはいられなかった。


 狂わせる月の女神の名を得た彼女の声が、御伽噺の醜き魔女の様な怨嗟で、


「その力……何で、私は……?」


お前なら分かるだろ……?」


空中でロックが向き合い、リリスの両肩を掴む。


彼女の左頬を、ロックは護拳で狙いながら、


「俺は勿論、サキ本人もだろうから、考えながら落ちろ!!」


 夜のビル街を浮かびながら、彼はリリスを突き放し、右回転。


 右手の護拳の痛打が、リリスの顔に吸い込まれる。


 ヴァージニアのフォトニック結晶の刃が、リリスの前で踊る様にロックへ向かった。


ロックの右拳は、白い両端投槍ピルム=ムルスの穂先を砕く。振り切った拳から出た衝撃波が、結晶の欠片を迸らせた。


命熱波アナーシュト・ベハである我の熱源を辿ったか……?」


じゃないが、な。ヒントを言うなら、目立つからな!」


 リリスの歪めた口に、ロックは鼻を鳴らした。


 彼の出した謎についての解を突き止められず、彼女は眉間に皺を寄せる。


 夜輝くビル街を飛びながら、ロックは翼剣”ブラック・クイーン”の肩から”怒れる親父の一撃”を、歯軋りをしているリリスの脳天に放った。


革帯で覆われた胸部を揺らしながら、黒い両端投槍ピルム=ムルスをロックに嗾けて応戦する。


ロックの剣と一合打ち合った衝撃を翼槍に伝え、リリスは推力を得て、離れた。


「逃がさねぇ!」


 ロックは、半自動拳銃型命導巧ウェイル・ベオ、”イニュエンド”を構える。


 水平にしたリリスの体から放たれた牽制替わりのフォトニック結晶の鏃へ、”雷鳴の角笛アヤーク・ジャラナッフ”を撃った。


 無音の爆発と、不可視の波が、空中を浮く二人の間から広がる。


 ロックのナノ強化銃弾から放たれた熱出力の波紋が、リリスの飛ぶ空間を揺らした。


波紋に流された彼女は、ビルの壁面へ前面から衝突。


肺から圧し潰された息と共に、リリスは落ちる。


 だが、彼女の月白色の眼の煌きがロックを捉えると、黒い翼が羽ばたいた。


 彼女を守る為に翔ける黒い翼槍の斬光が、一陣の雷を作り、ロックを貫いた。


「残念だったな……」


 しかし、貫く光はロックの赤黒い甲冑に焦げ跡は愚か、傷一つも付けられなかった。


ロックは、勢いを殺さずに、全身を時計回り。


月白色の魔女の眼に獰猛な笑みを映しながら、彼は右後ろ回し蹴りを彼女の胴に叩きこんだ。


 リリスの前で、棺の蓋の様な黒と白の二翼が、ロックの追撃を防がんと彼女の前に出る。


二つの翼剣が重なってロックの右脚の猛攻を止めると、リリスは突進した。


リリスに押されたロックは、背中で建築物の瓦礫を抉り出す。


リリスは優越感で三日月の口を作るが、雨粒混じりの瓦礫にロックの血が一向に混ざらず、揺れた湖面の様に口を揺らした。


狼狽する月白色の顔の魔性に、彼は交差させた両手を向け、右手から剣を突き出す。


ロックは右手を振り上げ、リリスの前に出た白の翼を弾いた。


黒い棺の蓋の様な翼にも、彼は右肘を叩きつける。


黒い翼越しに叩きつけられたリリスの背から、雨雲が無ければ見えるであろう星屑を思わせるビルの硝子片が輝き、雨雲の夜空に舞った。


ナマコには、陸に出ると柔らかくなり、海中では固くなる種類が存在する。体を作るコラーゲンの脱着に由来するものだ。光によってコラーゲンの分子結合を切り、流動性を与える。


光源の供給を止めると、元の分子結合に戻り、ナマコは固くなる。


ロックの外装は、そのナマコと同じ分子結合による鎧でリリスの光の刃を防いだのだ。


、悪くねぇな」


 ロックの釣り上げた眼光を映すリリスは、ビルの残骸を纏いながら、宙を蛇行。


その軌道は、揚力を充分に得ていない為か、彼女はロックの足下から睨み付けながら、飛行している。


リリスにとって、サキの体は捨てがたい為、力場を緩衝材として使い、傷を付けていない。


だが、ロックの攻撃を防ぐ為に作った力場の熱出力は膨大なもので、熱力を無駄にした彼女の顔に、悔恨の表情が浮かぶ。


「何故……そんな力を……そうか……ファンか。あの小娘によるものか!?」


 リリスは、黒い両端投槍ピルム=ムルス――ライラを物質化させたもの――の一撃を猛る雷と共にロックへ狙った。


 

「……、正解だ」


 ロックは口端を右に釣り上げながら、”ブラック・クイーン”の切っ先を”黒い翼槍”に向ける。


 刹那、ロックの切っ先で星屑の様な輝きが生まれた。


 ライラを描いた翼槍の雷が、ロックの目の前の切っ先に広がる”光の霧”に吸い込まれる。

 

 光の霧が目を奪う程の閃光を含むと、一斉に光が跳ね返された。


「ヴァージニアの結晶を霧状に……でも、どうして、使のだ!?」


 ロックの攻撃に、リリスは感情を隠さず、露わにして叫んだ。


 彼は獰猛な加虐の笑みを浮かべたまま、答えない。


“ブラック・クイーン”の一振りを、粉塵となったフォトニック結晶をリリスに向けた。


リリスは、黒と白の翼を呼び戻して前に並べて光を防ぐ。


 だが、粒子越しに伝わった光の熱力量と衝撃に黒と白の翼諸共、彼女は揺らされた。


黒と白の棺の蓋に覆われる様にリリスは、背中を土瀝青の路地に叩きつけられる。


 しかし、フォトニック結晶の塵に含まれた光は、仰向けのリリスを逃さない。


サキの体を守る為に、リリスは命熱波アナーシュト・ベハの不可視の壁を展開する。


だが、粒子によって形成されたフォトニック結晶の雲に、足場の土瀝青諸共、削り取られていった。


まるで、不可視の波に揺られた土瀝青の欠片が、激痛でのた打ち回る蛇の胴を連想させる。


「リリス、逃げるのです!」


 赤い唾帽子を着たサロメが、ロックの前に立ちはだかる。


 土瀝青の欠片に塗れて喘ぐリリスを背に、両手に付けた雄羊頭蓋の命導巧ウェイル・ベオ、”スウィート・サクリファイス”を、紅黒い龍騎士と化したロックに向けた。


 赤い唾帽子の下で二つの象牙色が煌き、雄羊の頭蓋から、ナノ強化銃弾が放たれる。


 四つではなく、それ以上の数が瓦礫の中から、銃声が轟いた。


 発射光が、同じ目を持ったサロメの変わり身たちを照らす。


 彼女たちの銃から放たれた光が、瓦礫ばかりでなく、空き建築物の輪郭も浮かばせた。


 周囲の光景をロックは目にして、


――イーストヘイスティングか?


 思案しながら、サロメ達から放たれた”洗礼の炎バプティズム・オブ・ファイア”に、ロックは仁王立ちとなる。


 象牙眼の魔女とその眷属の放つ銃撃が、ロックの赤と黒の装甲を削り取っていった。


 サロメ達のナノ加工銃弾の弾幕は、剣の角の付いた鉢金も塵に変えていく。


 それを見届けると、ロックは右手で”ブラック・クイーン”を構えた。


 黒い刀身に刻まれた、紅い紋様が揺らめき、サロメ達から放たれる銃声が届かなくなる。


 刹那、ロックの目の前で、破片が飛び散った。


 ロックの眼前を舞う破片は、灰褐色の粉塵と化した。


「その力は、アンティパスの混凝土!?」


 赤い唾帽子のサロメの叫び声が聞こえると、ロックの目の前に、灰褐色の塊が現れる。


 壊れた赤黒い装甲を纏うロックの目の前で、塊が灰褐色の壁を築いた。


 ロックは翼剣を右に薙ぐ。城砦の様な壁に、翼剣の軌跡が刻まれる。


翼剣で刻まれた箇所から、光と雷撃が迸った。


 熱力の衝撃で放たれた礫弾が、雄羊の角を生やしたサロメを模した”フル・フロンタル”をイーストヘイスティングの空き家や瓦礫ごと、一体ずつ貫く。


 ”フル・フロンタル”が破片に潰される中、赤い唾帽子のサロメは、ロックの剣圧で放たれた礫弾を避けながら、正面を突き進む。


 二頭の雄羊の骸骨を突きつけるが、彼女の眼は縦に見開いた反面、口が横一文字にきつく閉じられていた。


 恐怖で瞼を忘れた象牙眼が、口端を釣り上げたロックを捉えると、


「サロメ……だ。!」


 彼女の右腕の雄羊頭蓋を覆う圏の刃が、ロックの首の前で止まる。


 灰褐色の混凝土柱が、サロメの右の細腕を挟んでいた。


 雄羊の頭をした圏を付けたサロメの右腕が、鎌首を擡げ、


「その力……アイツは、眼の前でリリスが……」


お前が、って冗談は笑えないぜ?」


 ロックは”ブラック・クイーン”の護拳を、灰褐色の二柱へ放つ。


 サロメの細腕ごと、グラファイトを伝わった電撃熱力が灰褐色の柱も砕いた。


その時の応力から発生した破壊熱量が、サロメの右腕どころか右肩から鎖骨に加えて、脇腹も抉り取る。


 赤い唾帽子を被った象牙眼の魔女は、恐怖ではなく、戸惑いに美貌を引きつらせながら、両膝を付いた。


ただ、サロメの口は、肩を大きく動かした呼吸しか出ていない。


 どれだけ体の代わりを持ち得ても、転移できる義体が近くに不在で、且つ寄生している義体の損傷が激しかった場合、その魂もただでは済まない。


 負傷したサロメに注意を払いながら、ロックは周囲を見渡す。


 ”ウィッカー・マン”が活動している地域で、隔離されていることはロックの周知だった。


だが、目の前にあるのは、サロメとその変わり身となった”フル・フロンタル”のみで、“クァトロ”はおろか、”ガンビー”も見当たらない。


 その答えは、バラード湾にあった。


 湾上空に浮かぶ”救世の剣”の破片を臨む様に、”ウィッカー・マン”が集まる。


 ”クァトロ”、”ガンビー”に”フル・フロンタル”が、青白い光を”救世の剣”の破片に送っていた。


「まだ、死ぬわけ……消える訳には行かない!」


 ロックの目の前で、サロメに逃がされたリリスが跳躍。


彼女を追おうとしたロックを、”ウィッカー・マン”からの青白い光が、妨げる。


 彼女を守る様に包む、青い光のヴェールが、ロックの立つ道路を照らした。


 電気がすっかり通らなくなり、周囲の夜景の光によって、灰色となった道路の上に、鋼鉄の甲虫が敷き詰められている。


甲虫の近くには、首なし騎士デュラハンも多く、捨てられていた。


それらから放たれる、紅黒い光も上空に昇った。


 青と赤の光は、螺旋を幾重にも作りながら、”救世の剣”を囲む。


 六〇メートル程だろうか。


 バラード湾上にの光の人形が立っていた。


 そカエサルのガリア戦記で記録された、神へと捧げる罪人を生贄に呑み込む、大陸のケルトの奇祭――”枝網の大人形ウィッカー・マン”そのものだった。


 湾の近くで並ぶ、”クァトロ”や”ガンビー”、”フル・フロンタル”を構成する”ナノマシン:”リア・ファイル”が、”大人形”に向かう。


 グランヴィル・アイランドで見た、バンクェット像に着脱する、白い血肉をと化した。


“リア・ファイル”で形成された肉体を得た、”ウィッカー・マン”の心臓部が輝き、恒星となる。


その前で、リリスが浮かんでいた。


恒星を光らせているのは、”首なし騎士”の”ウィッカー・マン”、“デュラハン”。


 ロックは、胸部の大きく割れたデュラハンの中に、宿と同じものを見た。


 下から見上げるロックを尻目に、リリスは恍惚の表情を浮かべる。


「私があなたを生き返させる。あなたと共にこれからこの世界を生きる。貴方の見たモノを教えて、触らせて……そして、感じさせて!」


 その顔は、サキの体を乗っ取っている故か、今までロック達を翻弄させた”妖艶さ”とかけ離れた、”子供らしさ”に溢れていた。


 リリスは赤と黒の光を口から迸らせ、アンティパスの依り代となっていた肉体を抱きしめる。


偉丈夫の頭を両手で掴み、口から頭蓋骨も貪らん程の激しい接吻を交わした。


ロックの眼は、リリスの口から放たれた赤黒い魂が、短髪の偉丈夫の体内で溶岩の様に猛る様が映す。


 リリスは偉丈夫から唇を離し、


「これで、。この街の人間を使って……私たちを、の魂を使って!!」


 まるで、上質な葡萄酒か神酒を飲み干したかの様に、瀝青の夜の下、雄叫びを上げた。

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