姦計―②―

「ケネス!!」


 炎柱の中心で浮かぶヘンリー=ケネス=リチャーズが、目の前にいる理由をブルースは考えたが、止める。


 自分とナオトでやっと捕まえられたものを、”ワールド・シェパード社”と警察が何とか出来るものとは思えなかったからだ。


 迫りくる炎の竜巻に照らされた、左側の顔が銀色と化した皮膚が、警告灯を壊した警察車両で仰向けになっているブルースの眼に映る。


 顔の皮膚の多くが銀鏡色に覆われていた。


先程着ていたトレーナーの上下が炎で焼かれ、裸体は銀鏡とかしている。背後に揺れる爆炎に照らされたケネスの全身は、溶鉱炉を巡る流動鉄と化していた。


 ”リア・ファイル”のケネスへの侵食は、人間として絶望的な段階に達している。


「車は欲しいが、のご執心は持ち得ねぇな、ブルースよぉ?」


「ケネスの様に、は、マシだぜ?」


 ブルースの皮肉に応えるように、ケネスのウィゾ・バターによる火球が並ぶ。


その数は五つ。しかし、轟音がブルースの背後を震わせた。


 ”ワールド・シェパード社”の人型戦車の脚部強化型から、放たれた小型噴進爆弾がブルースの脇を抜ける。


 目の前の爆発が苔色の外套を翻しながら、ブルースの体は宙を舞った。


 熱風に、運ばれたのではない。


「サミュエルもしょうがないな……」


 ブルースの腹は、少女の左腕に支えられていた。


 彼女の足下の滑輪板は、銀色の鰻が這っている。


路上に音もなく着地した少女の蛇行に、


「シャロン……!?」


 ブルースは、驚きながら少女の名を叫ぶ。


 桃色のトレーナーの少女の細腕が、成人男性を左脇に抱えている図は、見るものを戸惑わせるだろう。


 それを見て、三体の内、”ラ・ファイエット”とコシュチュシュコの二体の動作が、遅れた。


 ナオトの青いSUVに、ブルースは目を向ける。


三体目の脚力特化の人型戦車が、黄色の竜巻に覆われていた。


黄金の粒が渦に運ばれ、二足の鉄塊を蔦の様に覆う。


黄金の砂と風は、特殊繊維で作られた関節を裂いた。胴体の配線という配線の焼かれる音を奏で、腕部に炎の華を咲かせる。


 ただ、だらしなく弛緩した鉄塊の上半身を、脚部のキャタピラの惰性が運んだ。


「ブルース、だけど、不思議とのは面白いよ」


 キャタピラしか動かないラ・ファイエットを包む黄金の竜巻に乗る少年――サミュエルの皮肉に、思わずブルースは笑って、


「あのな……女の子に抱えられても、格好いい男は、格好いいんだよ」


 サミュエルにそう言い返すが、返答が無く、ブルースの目の前で笑顔を絶やさなかった。


だが、笑顔の奥に、冷たい眼光が含まれているのをブルースは感じ取る。


「気持ち悪い一言話すと、放り投げるよ!」


「ちょ……ま」


 戸惑った声も一言と、シャロンが捉えたのかもしれない。ブルースの体が、シャロンに放られて、弧を描く。


苔色の外套が、土瀝青の路地に叩きつけられる前に、肩部発達型の人型戦車に到達――もとい、ブルースの背中が、蹄鉄の頭部に突っ込んで止まる。


シャロンとブルースいた場所を、一条の火炎が焼いた。


その火炎を予知していたのか、シャロンは桃色の風になって、脇道に駐車されていた車両を飛び越える。


歩道の上で、ナオトの車両と並走。


「ブルース、君はなんだから、落ち着いたら?」


 金の竜巻に乗るサミュエルの言葉に、


「取り敢えず、その竜巻に乗せて、これからの人生を考えさせて?」


「残念ながら、この”報復の車輪クウィレ・ド・イーオラウ”は一人乗り。人生について考えたいなら、目の前の炎を出す馬鹿を倒すこと」


 ブルースの提案に対し、サミュエルがやんわりと代案を示した。


「良い考え。を倒すのに使えそうだから、これに乗っておく」


 ブルースの目の前には、二体目の脚部強化の人型兵器と、炎を伴いながら浮かぶケネス。


 しかし、二体目のラ・ファイエットの脚から出てきた小型噴進爆弾が、炎の怪物だけでなく、サミュエルとブルースにも牙を剥いた。


 噴進爆弾が、ケネスの炎に溶かされて爆発。


爆破の衝撃が、空間を揺らす。


 しかし、ブルースの前に広がる砂嵐が、更なる爆炎を生んだ。


 サミュエルの”報復の車輪クウィレ・ド・イーオラウ”は、巨大な集塵機と言っていい。


集塵機の爆発事故は、集められた塵に荷電し、爆発することで起きる。


 その衝撃と熱風によって、二体目のラ・ファイエットが横転。


思わぬ炎が発生し、ケネスの視界を奪った。

 

ほぼ銀色と化した男は、爆炎を払いながら、


「そういや……ブルースの横の奴、お前も久しぶりだな。まぁ””でしかもてなせないが、受け取れや?」


 ケネスの両手で振り払う様に、ウィゾ・バターの火球群を解き放つ。


周囲に十を超える数を超える、炎弾がサミュエルに向かった。


「サミュエルだ、この、テカテカしたカナダ原産の粘液ナメクジ男!」


――いや、金属の皮膚だけどな。


 ブルースは内心、突っ込んだ。


シャロンから言わせれば、この国に生息していると、は、彼女の不快指数を等しく上昇させるらしい。


車道に飛び出したシャロン。


彼女の乗る滑輪板の下で、”柔らかく薄っぺらい銀牛”が、“ウィゾ・バター”の火球を受け止めた。


 九つの炎の弾が、煙を上げて消える。


しかし、残りの一球が滑輪板の少女の目の前で爆発。


 シャロンは滑輪板と共に爆炎の膜に遮られながら、歩道に着地する。


 しかし、その時にはブルースは、既に行動を起こしていた。


ケネスを囲む車両の屋根を目指す。


日本の中世初期の武士が行った”八艘跳び”よろしく、警察車両と”ワールド・シェパード社”の車両の上を移動し、炎の魔人との距離を一気に縮める。


ケネスと一直線に並んだ警察車両の警告灯を壊して、降りた。


 炎に照らされるケネスの眼が、ブルースを捉える。


だが、ほぼ銀色に染まった顔の双眸が大きく見開き、銀色に染まる口から、赤黒い血塊を吐き出した。


 彼の口から吐き出された血の滝が映したのは、彼の腹部にめり込んだブルースの右脚。


美神霹靂クラハ・ガイヴィク


 トッケイヤモリの分子間ファンデルワールス力を使った瞬間高速移動による、跳び蹴りだった。


分子はに存在する。


も例外ではない。


E=mc^2の”c”が速さなら、からもも足らされる。


 そうしてブルースは、蹄鉄と警察官の視界に触れることもなく、ケネスに人間砲弾の一撃を食らわせたのだ。


辛うじて残ったケネスの人間としての双眼を、紫電が覆う。


ブルースのショーテル、”ヘヴンズ・ドライヴ”による、交差斬りの緑の双閃が、ケネスの顔と右半身をそれぞれ刻んだ。


“リア・ファイル”に包まれた体に刻まれた剣閃に沿って、青白い熱線が血の様に噴出する。


ブルースは痛みに悶える、ケネスに“ヘヴンズ・ドライヴ”の銃口を突きつけた。


「目には目を。歯には歯を。そして、火を以て火を制すだ」


「そして、になる……、な!!」


「少なくとも俺は、今じゃない」


 ブルースの言葉を聞いたケネスは、中空で蹴りを放った。


 蹴り飛ばされたブルースとの間に、人ひとり分の間合いが開く。


 刹那、一際大きな炎がケネスに煌いた。


「サロメ、俺の熱を有りっ丈、くれてやる!」


 大きな音を立て、空間に衝撃を走った。


ケネスの中心で、青白い光の爆発が広がる。


 青い光が、雨に濡れたバンクーバーから、一時的に冷気を奪うと、東の空を飛んでいった。


 炎の熱気が消えぬ中、前の車の硝子が宙に浮くブルースに告げる。


“コシュチュシュコ”が、背後から迫ってきたことを。


 振り向く力が無くなり、動作が遅れていると、ブルースは黄金色の風に包まれた。


 そこから延びるサミュエルの右手が、ブルースの外套の背を掴む。


ブルースの背後を捉えた、蹄鉄コシュチュシュコ。


その大きな胴体が、大きく崩れた。


サミュエルの竜巻に覆われていた一台目の”ラ・ファイエット”の残骸が、”コシュチュシコ”の正面に躍り出る。


正面で組み合う”コシュチュシコ”の右膝に、ナオトがSUVを当てたのだ。


 ナオトの駆る青い鉄の塊が、鉄拳の蟹を大きく揺らす。


 ブルースは、“ヘヴンズ・ドライヴ”を二丁に構え、引き金を引いた。


 放たれたナノ加工銃弾が、甲羅の胴体部分を大きく抉る。


ナノ強化された銃撃の雨が、胴体から上半身を覆い、強肩に到達すると、衝撃で人型戦車が止まる。


サミュエルの砂嵐は、それを見逃さない。


掴んだブルースを離すと、大きな旋毛風に乗せる。


 眼の前の竜巻が、人型戦車を覆い、粉砕機の様に四肢を蹂躙した。


脚部は目立たない損傷だが、上半身は、動力機、関節駆動機が音を立てながら壊れていく。


土瀝青の大地に呑まれる勢いを利用して、ブルースは右腕から前に回転。


痛みを半減させた受け身を取る。


立ち上がると、”コシュチュシコ”の破砕音が叫び声の様に聞こえた。


「……少なくとも、……な」


 ブルースは機械の上げた断末魔に似た何かへ、ケネスに反論を呟く。


彼と死線を駆け抜けたロックなら、どう答えるのか考えたが止めた。


 蹄鉄と警察車両によって、凹凸だらけになった青いSUVから降りるナオトの姿を、ブルースは認める。


遅れて、ブルースの目の前に降り立ったサミュエルと、シャロンの視線の先。


 黒と白に二色に包まれた兵士たちが、男女問わず、電子励起銃を構えていた。


「ブルース……君がいると、本当に休まる時が無いよね?」


 隣のサミュエルが、前に出ながら言った。”パラダイス”の大鎌を跳ね上げ、臨戦態勢を取る。


「兄さんをこんな運命に引き込んだ……その責任は取ってもらうまで、殺さないよ?」


「ブルースの死も、正義の結果よ!」


 サミュエルの言葉に、シャロンは力強く相槌を打つ。


――お前は、サミュエルの敵は自分の敵だろ!?


 心の中で突っ込むと、その彼らより前へ進み出たナオトをブルースは見た。


 ブルース達と、”ワールド・シェパード社”の間に立つ、日本人の青年。


その瞳は、大勢の前にしても輝きが揺れなかった。


 しかし、彼の瞳があるものを捉えて、鞭を構える。


 得物の鞭は、”ウィッカー・マン”専用兵器。彼の眼が揺れた理由は、からに他ならない。


「僕の体を君たちに預ける。取調には応じよう。その代わり……」


 警察と”ワールド・シェパード社”の包囲網を”ウィッカー・マン:クァトロ”が、飛び越した。人間たちの間を縫う様に、白銀の咢が目当ての首を高々と掴み上げる。


「ブルース、君たちはロックを探し出してくれ! カイルよりも前に。ここにいる隊員より、から早急に頼む! 残りは……」


 黒髪の日本人から放たれた”クァトロ”の皮膚と同じ色の鞭が、空を裂いた。


 一体の”四つん這い”の右脚を切断し、左胸部を突き刺す。


「街から、”ウィッカー・マン”を遠ざけるぞ!」


 ナオトの宣言が、ケネスの恨みの炎よりも響いた。


 彼を追いかけていた、”ワールド・シェパード社”の隊員は、白銀の軍勢に銃口を向け直す。


 電子励起銃の音が、ブルース達の耳から遠ざかった。


 しかし、彼の耳に鋼板が割れ、土瀝青の地を叩く音が入る。


先程、熱波と爆発で横転した、鉄蟹の甲羅から、”ワールド・シェパード社”の兵士が顔を出した。


彼の顔を覆う犬耳兜の防御面。


その樹脂部分はを、大きく反射していた。

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