策謀の夜―⑦―

午後7:32 バンクーバー市 コール・ハーバー


――ナオト……運の良い奴め。


 苦々しい思いと共に、カイル=ウィリアムスは、瓶入り麦酒を喉に流し込んだ。


 冷えた麦酒の刺激と共に、立ち飲み台の背後に映るバラード海峡に目を向ける。


 石炭が発見された為に、名前を取られたコール・ハーバー。


 カナダプレース、スタンレー・パークに挟まれた区画で、造船所として知られていた。


 水辺で穏やかな環境に集まる、高級住宅地、高級飲食店、享楽用の小型帆船の群れは、自然と人の目を引き付ける。


雲一つない晴天なら、青く映るバラード海峡の水飛沫と共に、青空を駆ける水上飛行機に、息すらも奪われることだろう。


 しかし、に覆われた夜景という何とも皮肉な景観が、刈り上げた金髪の傭兵の眼の前のとして広がっている。


カイル=ウィリアムスは、そんな一画の酒場にいた。


早い時間だからか、それとも、の所為か、来客は余りいない。


装甲ではなく、革ジャケットとストレートパンツを纏ったカイルは、二本目の麦酒の刺激を味わう。


ホテル・ウェイブ・スウィーパーの会合の顛末が、カイルの喉元を過ぎ去ったモノと“”として脳裏で蘇る。


 諸事情でエリザベス=ガブリエル=マックスウェルを始めとした、“ブライトン・ロック社”が抜けた後、カイルとの舌戦に臨んだのは、上司であるナオト=ハシモトだった。


 まず、彼が指摘したのが、“ワールド・シェパード社”の“鬼火”の討伐についてである。


 今回のバンクーバー市で騒がせているものと“UNTOLD”の関連性が見られない。


少なくとも、ロック=ハイロウズ達の様な、命熱波アナーシュト・ベハ使いであり、“”があれば良いだろうが、それをカイルが示さなかったことを問題視したのだ。


 あくまで、ロックとサキは、“で、“鬼火”とは異なる。


それが、ナオトの弁だった。


 更に言うと、サキについては、尋問の対象ではないとも。


スカイトレイン爆破事件の時の様に、実行犯の姿がはっきり分かり、且つ、電子空間のやり取りが組織的に行われていたことがサキによって行われていることが分かれば、彼女を拘束できるだろう。


 オラクル語学学校は、授業中の電子機器の使用を禁止している。通信機能のある物は、尚のことである。


 持参は可能だが、受付で預ける必要がある。


休憩時間に持ち出した時刻も記入し、専用の休憩場所でしか、使えない。


 しかし、彼女が、授業や訓練の前後に、通信可能な電子機器を使っていた場面に出くわした者は誰もいないという。


語学学校の休憩場所で、情報通信端末を使う生徒は多かった。


サキもその中で生徒と会話をしていたが、彼女からそれを見せることは無かったという。


 更に加えると、彼女自身が、通信機能付きの電子端末の類を、受付から持ち出した記録も無ければ、預けた記録も無かった。


 よって、こちらがサキの通信記録を得ることも不可能となった。


 サキの暴走については、彼女の意識が明確ではない様子が疑問視。明確な“ワールド・シェパード社”への敵意も、感じられないという、ナオトからの反論も来た。


 “ブライトン・ロック社”へに、同社の回収した物を“ワールド・シェパード社”の監視下に置くことを認める根拠が弱すぎるとも。


ナオトの持つ上司の権限で、却下されたのだ。


“鬼火退治の依頼者”の提供も、ナオトから求められた。少なくとも、“”である以上、は出来ない。


 鬼火退治については、バンクーバー市、同市警、B.C.ブリティッシュ・コロンビア州政府とカナダ政府からの“”依頼が来ていたことを認めざるを得なかった。


カイルの求めた活動は、結局、前の“スカイトレイン爆破事件実行犯”、及び“同事件捜査班失踪事件”と同じで、警察と一緒でないと行動できない。


 “ブライトン・ロック社”とナオト=ハシモトの繋がりを崩し、主導権を奪う決定打とはならなかった。


 電子励起銃を持ち込める範囲の拡大も当然、認められなかった。


 ナオトを引き摺り下ろす会議は、“ワールド・シェパード社”と警察の周回順路の打ち合わせで幕を下ろした


 “ワールド・シェパード社”の社員は、コール・ハーバーの高級賃貸物件に滞在している。


カイルは、そこへ帰ろうかと思ったが、足が運ばない。


 むしろ、ナオトとのやり取りで――熱暴走寸前の頭にどれだけ効果があるか分からないが――酒の苦味と刺激を欲していた。


 酒を介した熱の放出で“”を伴ったのが、別居の要因の一つである。


あくまでそれはで、カイルがカナダで起こすことについては


 カナダ産の麦酒は、だが、渇きを潤すには十分だった。


尤も、二、三本では足りなかったので、四本目を空け、五本目を店主に頼んだ。


 カイル=ウィリアムスが、二つの音声ファイルの受信を携帯端末で確認したのは、五本目を受け取った時だった。


 右手の瓶入り麦酒をカウンターに置いて、送信者と、危害素子の有無を、携帯端末に備え付けた機能で走査。


 画面に緑色の検査結果が画面に表れると、中距離無線通信機を右耳に付けて再生。


聴こえてきた内容に、五本目のカナダ産麦酒に伸びた右手が止まる。


 二つの音声ファイルの作成時期は、数時間前。


 一つは、ホテル“ウェイブ・スウィーパー”で行われた対策会議。その時の休憩時間に行われた、ナオトと“ブライトン・ロック社”の面々の会話だった。


『鬼火も大事だが……問題は、アイツらが求めているものだ。オブラートに包んでいたが、ここにあることも理解している』


 その次は、録音場所:スプリング・プレイスと記載されていた。


『二人の女の子の存在を感じることがあったの。大体、無視するようにしていたのだけど……最近、それが強くなって体が勝手に』


 当事者である、サキ=カワカミの告白である。同時に、ナオトが隠していたことの動かぬ証拠とも言えた。


 カイルは、右手の麦酒をカウンターに置いて、二通の音声を“ある場所”に電子転送させる。


――これで、”ハティ”に良い顔が出来るな。


 カイルは、喜びと共に、五本目の麦酒を一気に飲み干した。


 ”ワールド・シェパード社”は大きく分けて、二つの部門がある。


一つは、実働部隊の”スコル”。今回の度重なる”ウィッカー・マン”の襲撃と現場で戦うことを主にし、カイルは先陣を切っている。警邏活動もこれが行う。


“ウィッカー・マン”や“UNTOLD”に関係する情報分析、及び兵器や武器などの技術開発は、二つ目のハティの担当だ。


それぞれ、太陽と月を追う北欧神話の狼から名前を頂いている。


よく言われている、背広組と制服組の対立は無い。


あくまで、畑の違う部門が協力をして業務を行うのは、民間団体だろうと公的機関だろうと変わらない。


良い組織は、その割り切りがあった。


――ナオトをこれで、引き摺り下ろせる。


 “ハティ”もナオト=ハシモトが専務となったことに、不満を抱いていた。


 “ハティ”と“スコル”を擁する“ワールド・シェパード社”自体、911が起きる以前のとして、アメリカで支配されている三角ピラミッド構造にして、税金を消費する公的軍隊に成り代わるものと期待されていた。


 しかし、中東動乱で、となるどころか、という悪名を広げる羽目になった。


正規軍から“”として、正式採用されてない兵器を使った虐殺に加担しているとも指摘された。


“ワールド・シェパード社”の悪行は――外国で行われたアメリカ人の犯罪の訴訟として――は、現地原告者の数が、全米史上最多とも言われている。


世論の流れにより、“ワールド・シェパード社”による災害救助や紛争派遣は、前よりは減り、中東での儲けのすべてを頂ける特権もなくなった。


 カイル=ウィリアムスは、自分を戦争狂と名乗った覚えは一度も無い。


しかし、紛争や災害が自分の生活の糧となっている以上、どっちかと言えば程度だ。


それに、離婚した時に命じられた養育費の支払いも滞る。


“スコル”の様な実働部隊は、基本、諸手当が多く付いていた。


しかし、普通に得られる金の多さなら、“”事務職が良い。


は、のが世の常である。


まして、情報分析なら、組織を支配し、出世でも有利に働いた。


もし、“UNTOLD”に関する兵器を差し押さえたなら、昇進と配置換えは円滑に進むだろう。


だが、


――語学講習については、割のいい子守だと思っていたが……。


 サキ=カワカミは、カイルの“”の対象である生徒の中では、意外としっかりしていた。


授業で使われた武器や武術の弱点も聞いてきて、自分を高める為の踏み台としてカイルを利用している。


日本人に限らず、東洋の留学生は“”と“”につく目標を設定し、学んだ内容の精査をしない。


こそ、


英国の公共放送の古典喜劇、”哲学者の蹴球大会”の中の「審判の孔子に自由意思はない」というオチパンチラインは、カイルにとって、笑えなかった。


 サキは、他の極東からの留学生と違い、向上心を以て常に実力を自分の手で高めようとする。


敵ながら向上心に満ち、自身の知的好奇心を擽られる生徒だった。


“UNTOLD”に深く関わっていなければ、その結果が“”ものによらなければ、彼女と討論が出来たことだろう。


 あり得ない仮定の最中、“ハティ”から連絡が来た。


 専用の通信端末内の記述式会話機能に、着信が来た。


『カイル。“望楼ヴェルヴェデーレ”に人が立った』


 その言葉が、カイルの意識を酩酊状態から覚醒状態に移行させる。


 “UNTOLD”という技術と力は、侮れないどころか信用できない。


 そう考える団体は、枚挙に暇がない。


“ワールド・シェパード社”もその中の一つである。


決定的な違いがあるとすると、UNTOLD語られざるモノで使えるようにすることで、利益を得る。それに慎重姿勢を見せているのが、現専務のナオトだった。


しかし、”望楼ヴェルヴェデーレ”は企業ではない。


の集まりである。


大企業や公的機関の電磁記録の漏洩に、監視社会への批判も展開。


また、環境保護活動家の面もあるが、警戒されている。ついでに言えば、左右問わず、市民団体からも疎まれていた。


一言で言えば、変な団体である。

 

だが、カイルは、こういう“”を警戒していた。


交渉の出来る余地もなければ、付け入る隙もない。


“UNTOLD”にどれだけ関わっているかも未知数。


 情報が足りない分、相手の持つ主導権は揺るがない。


望楼ヴェルヴェデーレ”と言う言葉に目を取られながら、ハティに返信した。


『“蹄鉄”を使う』


 返信が間髪入れず、届く。


『使って良いのか?』


『行政と民間の協力だ。カナダの市場を守る為には、持って来いだ。“”は、間違いなく、“”に繋がっている』


 携帯端末の向こうで戸惑う“ハティ”の知人が、思い浮かぶ。


 本来、TPTPは環太平洋の加盟国を対象にした協定だ。


“UNTOLD”を研究し、協定国内に利益をもたらす。


しかし、そこに入らず、利益を求める者――或いは、利益を侵害する者――が、バンクーバーで暴れていることに不平不満を抱く者たちは、こちらも官民関係なく把握していた。


望楼ヴェルヴェデーレ”に敵意を抱いている者は、バンクーバーにも当然いる。


――ナオト。そちらも隠し事をしていた。お互い様だ。


 ハティの知人から添付された画像に改めて、目を向ける。


 画像に写っていたのは、一組の男女。


 一人は、長い髪を一つの房に結んだ少年。


もう一人は、毛糸の帽子を被った少女である。

 

 彼らが映っていたのは、無人の街であるバンクーバー市街の東部――所謂、“”。その一画に眠る“ウィッカー・マン:クァトロ”に、少女は手を置いている。


 カイルの所有する端末内臓の画像検索機能を使い、“クァトロ”の周囲に立つ二人の名前が出てきた。


『音声ファイルと共に、そこの二人の名前を、“ハティ”の幹部に知らせろ。俺は、バンクーバー市の協力者にも伝えておく。許可は下りる。「“ウィッカー・マン”対策の人型兵器の試験、訓練」と言えばな。それに“仕返し”と共に“試運転”も出来る絶好の機会だ!』


 カイルが電子鍵盤を打ち、補足修正した画像も添付して、送信。


添付画像に写った少年少女に、文字が刻まれていた。


毛糸の帽子の少女の名前は、“Sharon Cage(anon.)”。


そして、長髪の少年に出た名前は、“Samuel Highlows”だった。

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