年明け
月満輝
一月一日
遠くで鐘の音がした。いつもなら百八回聞く前に眠ってしまうが、今日は最後まで聞いた。
「百八回、ほんとに叩いてるんだ」
ぽつりと呟くと、隣で彼が笑った。
「当たり前だろ?回数誤魔化してるとでも思ったの」
「だって百八回数える人なんてそういないでしょきっと。数える前に寝ちゃうし」
「それはお前だろ」
そう言われて「確かに」と頷き、少し間を置いて二人で笑った。一息ついてぬるくなった煎茶をすすった。冷えてきた手をこたつの中に突っ込むと、彼がその手を取り、優しく握った。
「…冷たい」
彼の手は冷えていた。彼は悪戯に笑う。
「あっためてもらおうと思って」
「温めてくれるんじゃないのね」
仕方なく握り返した。彼の手はとても冷たくて…
「ねぇ、外出ない?」
彼が言った。窓の外を見ると、ハラハラと雪が舞っていた。
「いやよ、絶対寒いし」
「だからいいんだよ」
彼は立ち上がって窓を開けた。吹き込む風に震えながらこたつに潜ろうとする私を尻目に、彼は裸足でベランダに出る。彼は柵に手をかけ空を見上げ、戻ってくる気配を見せなかった。覚悟を決めてこたつから出た。靴下を履き、スリッパを履いて彼の隣に立った。
「何か見える?」
「なーんにも」
彼はそう言って部屋に入っていく。せっかく出てきたのに、と腹を立てていると、部屋が暗くなり、彼が戻ってきた。そしてまた柵に手をかけ空を見上げる。
「ほら、見えた」
私も空を見上げると、雪を落とす黒い雲の隙間から空が見えた。
「あ、星」
彼は私を見て自慢げな顔をした。
「綺麗でしょ」
「うん。いつもより綺麗に見える」
「寒い日の空って、いつもより空気が澄んでいるから綺麗に見えるんだよ。ほらあそこ、あれがオリオン座」
彼は空に指を伸ばして星をなぞる。その指先を追うと、大きなオリオン座が見えた。
「さそり座はどこ?あなた、さそり座でしょ」
私がそう言うと、彼は笑った。何がおかしいのかわからず、彼を見ると、彼は優しい笑顔を私に向ける。
「さそり座は夏の星座だよ。前も話た気がするけど」
「んー…あ、あの神話か」
「そうそう」と彼は嬉しそうに、オリオン座の神話を話し始めた。とても寒いし、前も聞いた話だったが、楽しそうに話す彼を止める気にはならない。彼の横顔を眺める。とても愛おしく、寂しくなった。
一通り話終えると、彼は「寒いね」と言って部屋に入っていった。私もその後に続く。二人で暗い部屋の中のこたつに潜り込んだ。テレビは付けたままで、二人は眠りについた。
朝が来た。テレビではニュースキャスターが新年の挨拶をしている。冷え切った手に息を吹きかる。私は、今年も鐘の音を百八回数えられなかった。彼を見た。笑っている。いつもと変わらないその笑顔。もう神話の話は聞かせてくれない。彼は写真の中で笑っているだけ。こたつから出て、鍋に水を入れて火にかける。テレビのチャンネルを変えると、美味しそうなおせちをめぐってタレントや芸人が争っている。その様子を見て笑った。おかしくて笑った。おかしいはずなのに、涙が出た。
彼のいない日々が、また始まる。
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