第46話 聖人ドミニクと聖女の真実

 法王の私的区画の中にある接見の間……泣き崩れる老人達をそっと退出させた法王は、謁見の間の天井から長くかかっている薄いベールの後ろへ待機していた人物へ声をかける。



『エドワードよ、待たせたな』


その言葉と共に静かに出てきたエドワードは


「とんでもございません。 ですが賢老会を解散までさせるとは思いませんでした」


『あやつらは忠義心だけは厚いのだが、先を読むことや外交も全く考慮せぬものが多くてな。 もはやこの先は害悪にしかならぬ故、大人しく隠居生活をさせるのが一番だ』


「なるほど……たしかに今が一番、穏便にすませる好機でございましょう」


『ところでエドワードよ、大魔導士からの返事はなんと?』


「【仔細問わず不問に】と頂いております」


『そうか……それは助かる』


「もう過去の事で、今更蒸し返すこともないだろうとおっしゃってました」


『そうか……しかしあの当時の賢老会の者たちは本当にとんでもないことをしてくれたものだ、お祖父様が昔なんども話してくださったが、勇者マサタカが話の分かる人物で本当に良かった』


「……普段は、突拍子もない事ばかり考えつくとんでもないお方ではありましたが決して理不尽な事をなさる方ではありませんでしたから」


『私は直接面識はなかったのだが、エドワードがそこまで言うほど奇矯な者であったのか?』


「ええ……そのあたりはアドルファスが丸ごと受け継いでおりますので大体ご想像いただけるのではないかと」


『前フィルド王か……確かに彼は一風変わっておる。 なるほどな』


なにやら納得した法王。


「しかしエリクシールの件、まさか賢老会が独断で動き出すとは予想外でございました」


その言葉に法王は頷き


『60年近く前の話だからな……いくら賢老会といえども当時の事をに知っておる者はおるまい』

と答えたのであった。


* * *

 

 ……事は勇者マサタカが召喚され『魔王』と称された者を討つために旅立ち、もうすぐ最後の決戦が始まろうとしていたあたりに起こった。

 当時のウォルセアだけでなく大陸すべての国が色々な支援にあたり、万全の態勢でイザ敵の本陣へ乗り込もうかという時に、当時の賢老会トップに立っていたドミニク元大司教が独断で、当代の聖女であった法王の娘を娶らせるために勇者マサタカを篭絡させようとしたのだ。


ドミニク自身からすれば、勇者の計り知れない力を恐れるが故に他国に先んじてウォルセアの首輪をはめ、縛りつけておきたい狙いがあったのであろうが、やり方がまずかった。


 勇者に直接仕掛けたのなら対処もしやすかったのだが、聖女本人に『失敗したら破門した上に背教者の烙印を押す』と散々脅しつけてから、表向きは慰問と傷病者の世話をするとして勇者の元へ送り込んだのだ。

 敬虔なウォルセア教徒である聖女にとっては、破門など生きたまま地獄に落ちるに等しい扱いである。

なりふりなど一切構わず勇者にすり寄り、媚を売り、ありとあらゆる手段を持って勇者に結婚を承諾させようとした。


そしてとうとう最後の手段として薬を盛られ寝所に裸で特攻された事が引き金となり、ガマンの限界はとっくに超えていた勇者がきれた。


「もう魔王討伐などいかない」


そう言われ、事情がなにもわからない各国は慌てた。

早急に聖女を引き離し、どういうつもりかと詰め寄り糾弾したのだ、聖女はすべてを諦め事情を話し『破門される前に神の慈悲を賜りたい』と号泣した。

事のあまりの重大さに、各国はウォルセアに厳しい対処を迫った。

その際に法王は


『すべての責任を元大司教ドミニクと賢老会に必ずとらせる、そしてどのような処罰でも勇者本人が望むままに対処する。 必要だと言うなら自分が退位しても【神の慈悲】を賜ってもいい』

と答えたのだ。


その言葉を聞いた勇者は、ならば魔王討伐が終わったら自分で処罰すると矛を収め、改めて魔王討伐への士気を高めたのであった。

 

 それから間もなく無事魔王は討伐され、勇者の意向で法王は討伐後の事後処理の負担を増やす事、そして元大司教らの処罰としては、修行場送りが決まった。


 だが、話はそれだけでは終わらず「ウォルセア教徒にとって死が救いだというなら、ずっと生かすことが罰になる、だから大司教だけは神の慈悲にすがることは許さない」と勇者の意向で修行が終わるまで30年の間、密かに人員を配置し監視させ続けたのだ。


 老体に厳しい環境でもギリギリ耐えられるよう、弱く身体強化をほどこし、病気にかかれば密かに薬を用意させた。

そう、その為に使用された薬がエリクシール薬である。 そこで使用されず残っていたエリクシール薬が、監視員から返却され勇者の手元に残されていたのが回りまわってブサイーク侯爵家へ渡ったのだ。


「本当は3年もたたないうちに『もう許していい』とマサタカ師匠はおっしゃっていたそうなんですが、聖人ドミニク本人が生きていられる限りやり遂げたいと希望されたそうですね……」


『彼もまた敬虔なウォルセア教徒であった故、罪滅ぼしという心以上に修行の中で行う神への祈りを大事に思っていたのであろう……それからは、首枷に施された弱い身体強化以外は一切干渉しなかったそうだが、病気一つせず30年やり遂げたのだ、まさに奇跡という他あるまい』

と神妙な顔で話す法王。


「お戻りになられたときはすでによわい90をいくつか超えていらしたとか……まさに偉業と呼ぶにふさわしい行いですね」


『それもまた神の慈悲であられたのであろう、病にかかり亡くなる時もそれは安らかな顔だったそうだ』


と手を祈りの形にして軽く目を閉じた。


『それで今回の件だが、いかがする? 希望があるのなら聞き届けよう』


「では、聖女はハリーテ公女殿下としていただきたいのですが」


『フィルドは聖女誕生国の名誉はいらぬと?』


少し面白そうに法王は問いかける。 その言葉にエドワードが不機嫌そうに


「聖下はご存じでいらっしゃるはずですよ? ブサイーク侯爵家がそれを望むはずがないではありませんか」


『ははは、すまぬ。 意地の悪い問いかけであったな……だが先々代聖女の孫であり我が法家の血をも引いている令嬢なればこそ聖女にふさわしいのではないかと思っておったのだが……』


「先々代聖女様は、魔王討伐の際の傷病者の看護中に敵の襲撃に会いお亡くなりになられました。 キャサリン様のおばあ様である先代の侯爵夫人とは何の関係もございませんよ聖下」

とくぎを刺すエドワード。


『あぁ分かっておる。だがあのキャサリン嬢、もう少し痩せておったら気づかれておったかもしれんぞ。 あの顔は我が祖母にソックリだ』


「それは……危ないところでございました。 ご忠告感謝いたします」


神妙な顔で法王へ言うエドワード。


『まぁ今後会うことも、そうないであろうがウォルセアにいる間は気を付ける事だ』


「承知いたしました」


と深く礼を取るエドワードであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


・マサタカ爺ちゃんの話は詳しくやると長くなるので簡単に説明させていただきました。


当時の聖女様は計画がすべてばれてしまい、もう神の恩寵にすがるしかないと魔物に食われようと身を差し出そうとして、当時後方支援に当たってた先代侯爵に助けられ、その後何だかんだあって結婚することになりました。


・当時もうすでに両想いだったマサタカ君と大魔導士ちゃんは聖女様のせいで、それはもう大変こじれにこじれて


魔導士「もう別れる!」  


と出ていかれてしまい爺ちゃんブチ切れたというのが真相です。

後日結婚した後に、聖女様は二人に誠心誠意 謝って許してもらい大魔導士様とは親友となりました。


・別作品に登場している「大聖女ミリア」様とは別人でございます。(この当時はただの神聖魔法の使い手として参戦していました)

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