第5話 ゴトーの戸惑いと怒りと悲しみ 1
彼はひどく落ち着かない雰囲気の場所に連れてこられ、とても戸惑っていた。
男がどこへ行くのかと警戒していたらなんと娼館へ着いてしまったのだ。
部屋へ案内されると男は先に話をするからと、女達に金を渡して下がらせ優雅にソファで用意された酒を片手に寛いでいる。
「……おい、おっさん」
仕方なく向いのソファに腰掛けて彼は口を開いた。
「あぁ? なんだオニーチャン娼館は初めてか? こういう場所のほうが内緒話にもってこいなんだぜ、まぁ今日は綺麗なおねぇちゃんもおごってやるから話し終わるまで待ってろよ、それと俺の名はアドルファスだ、特別に呼ばせてやるよ」
と、偉そうに言い出した。
「はっ!? おっ……俺はそんなつもりはねぇぞ! それになんで初対面のおっさんに偉そうにされなきゃいけねぇんだよ……この世界のおっさんはみんな偉そうで自分勝手な奴ばっかりなんだな!」
最初は慌てていた彼が吐き捨てるように言った。
「おい……それまさかショカンシタのクソ王と俺が同じだっていいてぇのかよ?」
不機嫌な様子でアドルファスがブツブツと嫌そうに言う。
「なんでショカンシタ王だって分かった……?いやそんなことよりなんで俺の事知ってるんだよ」
「それだけどよ? オニーチャンは【日本人】で間違いねぇんだよな?」
「ああ、それとおれには『ゴトー』って名前があるんだ。気安くニーチャンなんて呼ぶなよ」
嫌そうにゴトーは吐き捨てた、それを面白そうにニヤつきながら見てアドルファスは続ける。
「ほーう……『ゴトー』ねぇ、一応『真名』を名乗らない知恵はもってたんだな……なるほど、それで都合よく操れないからショカンシタのクソ王はお前さんを厄介払いの旅に出したってわけか」
ゴトーは驚きながら
「やっぱり異世界ってそういうやつがあるんだな……【ラノベ】の知識で助かるとかマジで運がよかった……」
ため息をつきながらゴトーは話をつづけた。
「あのクソ王最初からなんか挙動不審でさ……他のことは一切聞かないくせにしつこく名前をききたがったんで怪しいとおもったんだよ」
「なるほどな、それにあのクソ王のことだ、お前に一切この世界について教えなかっただろ?」
「どういうことだ?」
「実はな、この大陸にはいくつかの国があるんだが、その国すべてがある条約を結んでいる。その名も『勇者召喚基本条約』ってやつだ」
「はっ? なんだそれ」
困惑したゴトーが問いかける。
「それがな。この世界実は今まで何回か滅びの危機とやらに陥ったことがあってなぁ、前回は確か50だか60年前だったかな『魔王』とか自称してた奴が大陸を荒らしまわったんだと」
「それ……マジで【ラノベ】の世界まんまじゃねぇか」
「それでよ、どうにもならなくなったこの大陸の王達で古代技術を復活させて、すべての国の力を集めて勇者を召喚したんだとさ」
「そ、それで魔王は死んだのか?」
「ああ、お前さんの先代の勇者である『勇者マサタカ』が魔王を討ち果たした」
「マジかよ……すげぇな……」
ゴトーはつらそうな顔で下を向く。
「それでな、勇者マサタカは魔王を討ち果たした褒美として自分を呼んだ各国の王に願ったんだよ、【世界の存亡がかかってるなら仕方がないが、それ以外で勇者召喚を行わないでくれ】ってな、本当は2度と誰も呼ぶなって言いたかったんだろうがな……その約束を守るためにできたのが『勇者召喚基本条約』だ」
珍しくしんみりとしたアドルファス、だがそんなことに気づかないゴトーは
「なぁ、その勇者は元の世界に帰れたのか?」
と恐る恐る問いかける。
「勇者マサタカはこの国で天寿を全うしたよ」
アドルファスはきっぱりと答えた、その言葉にゴトーは激しいショックを受けながら叫ぶ
「てことは俺は2度と日本に帰れないのかよっ!」
とソファから立ち上がりバァン!とテーブルに拳を叩きつけた。
「あ? あぁ、別にそんなことはねぇぞ? 帰れる帰れる」
と、のほほんと言い放つアドルファスに、一瞬殺意が沸いたゴトーだったが帰れるという言葉に安堵して気が抜けたように床にへたり込んだ。
「悪い悪い、勇者マサタカは魔王を倒す旅の道中で、恋仲になった女と結婚したからこの世界に残ったんだよ」
「そ、そうだったのか……」
「貴族のしがらみとかメンドクサイことを嫌ってこの国の下町で庶民としてずっと暮らしてた、俺が初めて会ったときはただのジジイだったぜ」
懐かしそうにアドルファスは思い出す。
「あんた、勇者マサタカに会ったことあるのか?」
「ああ、子供のころからほとんど毎日のように、ジジイの家に入り浸って冒険の話とか故郷の話をきいたもんだ、そのおかげで【日本語】も多少話せるぜ」
「なるほど、そういうことか……」
とゴトーは納得した。
「ところでお前、今まで人はおろか動物なんかも傷つけたことねぇだろ?」
「えっ……なんでそんなこと聞くんだよ?」
「あのジジイが言ってたぜ『この世界に来るまで剣や魔法なんて見たことなかった』ってな、この世界にきてから戦う事がつらかったし何度も逃げ出そうと思ったらしいぜ、笑いながら話してくれてたけどな……」
「それは……」
ゴトーは勇者マサタカと呼ばれた日本人の事を想った……自分が同じような立場に立ってどんなにつらかったことか……。
「うっ…………うぐっ……」
一気に色々な話を聞いてしまい、感情を抑えきれなくなったゴトー。
それを黙ってアドルファスは見ていたが
「だからよ、そんなジジイの同郷のお前さんはこの俺が責任をもって帰してやるよ、
ニヤリと笑うアドルファスの顔をゴトーは嗚咽しつつも恐れと期待を込めて見上げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
・人物紹介をご覧になった方はピンときたかもしれませんが、アドルファスの転がり込んだ下町の爺さんの家というのが今回出てきた『勇者マサタカ』の所です。
・実は幼少の頃から手が付けられない子供だった為、昔から親交があったアドルファスの父王がコッソリお願いして自分の代わりに面倒を見てもらっていた感じです。
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