貧乏くじ男、東奔西走

野森ちえこ

第1話 迷子のひなこ

 貧乏くじを引いてしまう人間には、おおきくわけて二種類のタイプがいる。うまいこと押しつけられるタイプと、喜々として自分から引きにいくタイプだ。


「おまえはまた……今度はなんだ? 迷子か誘拐か隠し子か」


 いつもいつも、自分からトラブルのど真ん中に頭からつっこんでいく、この顔面偏差値が異常に高い甥っ子の高校生、潤也じゅんやはまちがいなく後者である。今はその足に四、五歳くらいか、痩せっぽちの女の子がひっしとしがみついていた。


「最後からふたつあきらかにおかしいけど、まぁいいや。ていうかおさむさん、笑顔笑顔。ひなこちゃん怖がってる」

「……どこの子だ」

「んーとね、今わかってるのは、〝ひなこ〟って名前と、五歳って年齢だけ」

「…………」


 ふと思う。毎度こいつの尻ぬぐいをさせられる自分こそ、実は一番の貧乏くじなのではないか――と。


 どんぐりまなこのお手本のようなくりくりとした目が、じっと治を見上げている。目が合って、スッと冷たい手でなでられたみたいに背筋が寒くなった。その瞳の奥に見える、深く暗いあきらめ。


 ――ただの迷子じゃねぇな、こりゃ。


 これとおなじ目を、昔見たことがある。あの時は、子どもにこんな目をさせちゃいけない――と、柄にもなく必死になったっけ。


「警察には」

「届けたよ。今のところ該当しそうな捜索願いは出てないって」


 ……だろうな。


青沼あおぬまのおじいちゃんにも、なにか情報はいったら教えてもらえるようにたのんできた」


 青沼のじいさんは商店街にある喫茶店のマスターだが、やたらと顔が広い。ご近所の井戸端レベルからきなくさい裏社会レベルまで、この界隈の情報はたいていじいさんとこに集まってくる。

 じいさんの孫の理久りくと同級生ということもあってか、ずいぶんと潤也を気にいってくれていた。


「あと……」


 なにか言いかけた潤也をさえぎるように「ちわーっす」と、そのまま三河屋でーすとでも続きそうな、威勢のいい女の子の声が響いた。同時に事務所のドアがバーンとひらく。


「なんでも屋の砂原さはらさまー。ご注文の品、お届けにあがりましたー」


 ますます三河屋みたいである。


「……なんだご注文て」

「ひなこちゃんの着替えとか、必要になりそうな身の回りのもの用意してもらったんだ」


 苦笑しつつ答えたのは潤也だ。どうやらさっき言いかけたのはこのことだったらしい。って……やっぱりうちで面倒見るのか。決定なのか。せめて事前に相談するとか、そういう発想はないのか。警察も、なにあっさり未成年に迷子あずけてんだ。いくら保護者が元刑事だからって、いくら前にも家出少年を保護した実績があるからって。保護者たるおれに、確認の連絡くらいよこせ!

 ……はぁ……心ん中でいくらわめいてみても、なんだかんだでいつも最後には受けいれちまうからなあ、おれ。たまには断固たる態度をとらんといかんよなぁ……。


「お金たりた?」 


 潤也とおなじ年頃だろう。少女はほとんど背負うようにして肩にかけている、パンパンにふくらんだでっかいトートバッグを潤也に手渡した。


「うん。おつり、封筒ごとバッグの内ポケットにはいってる」


 女の子につかう言葉ではないが、〝精悍せいかん〟と形容するのがぴったりはまる。髪は短めのショートカットで服装もジーンズにスタジャンと見た目がボーイッシュであることはまちがいないのだが、そうではなくて、身にまとっているキリリとした空気感――だろうか。顔はちゃんと女の子なのに、空気がなんだか男前なのだ。


 ――みかけない顔だ。それにしては親しげだが。


「どうもー、いつも理久ちゃんがお世話になってます。わたし姉の多佳子たかこです」

「ああ、理久の……。どうも、潤也の叔父です」


 ――ん? いや、待て。理久に姉さんなんかいたっけ?


「腹違いなんですよー。わたしの母が父の愛人で。まあ、姉っていっても一か月しか誕生日ちがわないんですけど」


 ……さらっとすごいこと言わなかったか。いや、深くは聞くまい。青沼家にもいろいろあるのだ、うん。というか、このむすめさっきっからことごとく先回りしてくるな。思わず顔をゴシゴシこする。そんなにわかりやすいか。それともおそろしく察しのいい潤也と同類か。


「わたし、小学生のころものすっごくイジメられてまして、そのせいか時々自分でもどん引きするくらい空気の変化に敏感なんです。不愉快だったらすいません」


 ……どうやら後者だったらしい。


 しかしまあ、まったく悪びれたところがないあかるい笑顔に、治もついに笑いだしてしまった。


 しかたない。今回もまた、断固たる態度はとれなさそうだ。

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