7.あなたに結末を

「おねーちゃん、クロエさんがお昼だって」

「おう、すぐ行く」


 昼食だと呼びに来たアメリアに返事を返し、ペンを置く。

 報告書の内容を昼間のうちにまとめて置けば徹夜しなくて済むとエリックに言われ、それもそうだとこの惑星の筆記用具を使って見た。少し書いて見てわかったのは、とても手が痛くなるということ。なんだろう。使っていない筋肉というか、指を固定したらそのまま固まったというか。

 書類仕事は肩が凝るものだと認識はしていたが、それ以上に手が痛くなるとは驚きだ。


 アリッサは雑貨屋の鍵を閉めて、宿屋へ向かう。

 勇者の仲間達を制圧しアメリアを助けた後、保護官達は扉の奥の調査を行った。

 そこはアリッサの予想通り宇宙船で、基本的な運航システムの他にもいくつかの培養槽や人形用の修理調整槽、人用の調査槽といった中央の病院のような設備が揃っていた。

 培養槽の一つは稼働中で、データを見ると人型の男性を培養している最中だった。これはその後の調査で勇者本人のクローンだったことが確認されている。


 脳の細部まで含めた構造、脳内物質の分泌状況、電気信号の伝搬状態。脳の構成を完全にコピーすることで、その時の記憶、感情を再現したクローン体を作ることは可能だ。だが、中央では倫理上の問題から禁止されていることでもある。

 不慮の事故のために、今の自分の全データを保存しておく。それは不幸を回避するためのとても魅力的な技術ではある。しかし、修復不能な怪我を負った場合に、本人を殺してクローン再生することは許されるのか、死んだと思われていた本人が生きていた場合に、本人とクローンの立場はどうなるのか。そして一部の宗教家が根強く主張した「魂」の存在の有無。魔物や人形へも議論が膨らんだこの問題は、完全な禁止をもって終結したのはそれほど昔ではない。


 勇者が何を思ってクローンの培養を進めていたのかはまだ不明だ。

 勇者の宇宙船の発見と、培養槽の停止を伝えたことで、勇者が取り調べに応じ始めたという報告が届いた。培養槽の起動は勇者の仲間が行ったことが判明している。勇者がその可能性を承知の上で黙秘を続けていたのならば、それは勇者の意志なのだろう。


 食堂の席には先にアメリアが座っていて、その隣の席にも配膳が終わっている。


「今日はハンバーグなんだよ」


 朝食の後は、報告書を作っていたアリッサとは別に、ハンバーグの準備を手伝っていた。アメリアは笑顔だ。

 勇者の宇宙船にあった調査槽を使って調べたところ、アメリアの喉のあたりに魔道具が埋め込まれていたことが分かった。自意識の低下や人形に対して位置や映像を送信する機能を持った魔道具だ。その魔道具が邪魔をして、アメリアは声が出せなかったらしい。

 その場で魔道具を除去し、気絶したままの勇者の仲間達も調査槽に入れてみたら、こっちは胃の中に隷属の魔道具を始めとして、生命力の魔力変換や痛覚の低下など、いくつもの魔道具が張り付いていた。


 全てを壊すだけならアリッサにも可能だが、あの二人は宇宙船に乗り込んでいくつもの機材に触れている。勇者の不法の証拠として、中央の知識を得た者として、どう扱うのかは現地本部と中央とで調整中だ。

 そんなことを思い出しながら昼食を終える。


「もう、おねーちゃん。ちゃんと味わって食べてる?」

「おう、食べてる食べてる。美味しかったぞ。アメリアも料理上手くなったな」


 抑制されていた反動なのか、それとも元々の性格はこうなのか、魔道具から解放されたアメリアはよく喋る。

 喉にあった魔道具が原因だったのだろうか。前は食べるのが遅かったが、今はそうでもない。それでもアリッサの食べる速度には敵わないが。


「これで終わってくれりゃあいいんだがなー」


 勇者の不法入星事件は、証拠集めと容疑者の確保までで数カ月もかかった。

 その後、バラまかれた魔道具の回収や、勇者の仲間が起こした誘拐やクローン培養と、すでに数カ月が過ぎている。

 今はやっと勇者が取り調べを始めたところだ。勇者の宇宙船も入口を封印しただけで回収の予定は立っていない。洞窟の奥に埋め込まれた宇宙船。アリッサ達の宇宙船のように、いずれ出すことを前提にした埋め方をしていればいいが、そうでない場合は岩山を吹き飛ばすことになる。


「面倒くせえ、他のチームに回せねえかな」


 この先の仕事を予想して、思わず言葉が漏れる。

 事件はいつだって、後始末のほうが手間が掛かるのだ。

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未開惑星保護機構 工事帽 @gray

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